V候補阿部一二三に厳しい組み合わせ、対抗馬は相性でロンバルド、競技力でアンバウル/東京オリンピック柔道競技男子66kg級階級概況解説・シード予想
階級概況
優勝候補の筆頭は日本代表の阿部一二三(パーク24)。ライバル丸山城志郎(ミキハウス)との熾烈な代表争いを経て確実に一段強くなった。右小内刈や右小外刈などの足技、かつて苦手としたケンカ四つ相手の展開力など具体的な技術の獲得はもちろんだが、なにより己の長所をはっきり意識したことが大きいと見る。優れた動体視力と強い体、そして柔らかい肩という己の資質をフルに使った「引き手一本で遠間に構え、飛び込みながら体をぶつけて一気に投げる」唯一無二のスタイルを先鋭化。「居合い抜き」とでも呼ぶべきその柔道はさらに凄みをましている。いわゆる「二本持ってしっかり崩し、投げに繋ぐ」という正統派とは少々異なるが、これも日本という土壌からしか生まれえない面白い柔道。阿部にしか出来ない唯一無二のニッポンスタイルである。この1年は夾雑物を除き、必要とされるものだけを足し、本質的な強化が出来ているように見受ける。純競技力では間違いなくナンバーワンだ。
対抗馬はアン・バウル(韓国)とマヌエル・ロンバルド(イタリア)。アンは純粋な競技力、ロンバルドは相性という観点からも阿部を打倒し得る可能性がある。
アンと阿部の対戦成績は、阿部の2勝0敗。とはいえシニアでの対戦は2018年バクー世界選手権の1度のみで、しかもこれは試合時間6分半に及ぶ大接戦だった。2-0というスタッツほどの圧倒的な差はない。最高到達点の高さでは間違いなく阿部が上だが、担ぎ技系としての完成度や安定感ではアンに分がある。相性的にも実は決して戦いやすいわけではない。阿部の最も得意とする形は引き手一本のみを持った形だが、アンとは引き手の持ちにくいケンカ四つで、どうしても互いに釣り手一本からの攻防が増えるはず。阿部にこの状態から一発で仕掛けられる技はあまりないが、アンの側は左の「韓国背負い」を仕掛けられるため、片手の進退が続くようであれば一方的に攻められる状況すら考えられる。ここで生きるのが、ライバル・丸山との戦いを経て得た右小外刈や釣り手一本の右袖釣込腰といったケンカ四つにおける具体的な手札の数々。楽に勝たせてくれない相手であることは間違いないが、粘り強く戦って勝利に繋げたい。
ロンバルドと阿部の対戦成績は1勝1敗。2019年グランドスラム・パリでは肩車を2度決めたロンバルドが合技「一本」で勝ち、同年の東京世界選手権では右釣腰「一本」で阿部がリベンジを果たしている。しかし、後者はロンバルドの抱分「一本」が取り消されるという不可解な判定を経た上での結果であり、実質的には阿部の2敗と考えて良い。この2-0というスタッツは阿部-アンの関係とは質が異なり、相応に重い。ロンバルドの得意技は右方向への肩車。釣り手のみを持った片手状態がその起動スイッチであり、引き手のみを持った状態が得意な阿部とは棲む形が噛み合っている。つまり阿部が良い形のときはロンバルドも良い形になっているという鏡合わせの関係である。以前はこの片手状態の練度の差でロンバルドに軍配が上がっていた。あのままの柔道であれば今回も阿部の不利は否めないというところだが、この1年間の阿部の、己の柔道を見つめる目の鋭さには刮目すべきものがある。おそらくしっかり対策が出来ているはず。ロンバルドがコロナ禍明け以降はあまり良いパフォーマンスを見せていないことからも、阿部の勝利の可能性が高いと読んでおきたい。
メダル争いに関しては、よほど荒れない限りここまでの3名でメダル3つまでは埋まるはず。残る1枠は「実力推測マップ」上の第1、第2グループの選手を中心に争われることになるが、全ての選手に実はそこまで大きな力の差はない。デニス・ヴィエル(モルドバ)とヨンドンペレンレイ・バスフー(モンゴル)がやや抜けているものの、ともにワールドツアーでは勝ったり負けたりを繰り返しており、それほどの絶対性はないというのが率直なところだ。ヴィエルはコロナ明け以降不調が続いており、混戦模様はさらにいや増す。
シード予想
【プールA】
第1シード:マヌエル・ロンバルド(イタリア)
第8シード:サルドル・ヌリラエフ(ウズベキスタン)
【プールB】
第4シード:阿部一二三(日本)
第5シード:ヨンドンペレンレイ・バスフー(モンゴル)
【プールC】
第2シード:アン・バウル(韓国)
第7シード:アルベルト・ガイテロ=マルティン(スペイン)
【プールD】
第3シード:ヴァジャ・マルグヴェラシヴィリ(ジョージア)
第6シード:バルチ・シュマイロフ(イスラエル)
優勝候補の阿部は準々決勝でヨンドンペレンレイ、準決勝でロンバルド、決勝でアンという最も厳しい配置に置かれた。「有力選手紹介」でも書かせて頂いたが、ヨンドンペレンレイはスタミナ抜群で体の力が異常、そしてとにかく受けが強い。常に「相撲」状態の投げ合いを強いながら結果としては投げることも投げられることもなく、しかし見た目投げ合うゆえに「指導」を与えられることも少ないままひたすら相手の体力を削り続ける、序盤戦で絶対に当たりたくない消耗戦の鬼だ。ちょっと足技以外で投げ勝つことは考え難い選手なのだが、ただし阿部は過去2試合を戦って、いずれも本戦4分間で投げを決めて勝利している。投げたのは、いずれも組み際の技。出来れば早い段階で投げて試合を終わらせる、あるいは余裕を持って残り時間を戦う展開に持っておきたい。怖いのは、最近阿部が新技として頻繁に繰り出す低い背負。ヨンドンペレンレイに得意技があるとすれば掛け潰れた相手を抱いての(肩から落ちかけた相手を引き起こして抱き直すことすらある)返し技で、展開を散らす際にはこれに十分注意したい。
準決勝のロンバルド、決勝のアンについては前述「概況」で触れたので割愛するが、とにかく準々決勝以降は楽に勝たせてくれる相手が1人もいない。まずはヨンドンペレンレイ戦を消耗少なく乗り越えること。これが金メダル獲得への第1ハードルだ。
メダルに絡む有力選手ではヴィエルがシードから漏れているが、阿部、アン、ロンバルドの3選手に関しては仮にヴィエルとの試合が組まれたとしても、相性的にそれほど大きな問題はないはずだ。
有力選手名鑑
「有力選手名鑑」に実績、組み手や得意技、柔道の特徴をまとめてあるので参照されたい。
ピックアップ選手は、阿部一二三、マヌエル・ロンバルド(イタリア)、アン・バウル(韓国)、デニス・ヴィエル(モルドバ)、ヨンドンペレンレイ・バスフー(モンゴル)、ヴァジャ・マルグヴェラシヴィリ(ジョージア)、アルベルト・ガイテロ=マルティン(スペイン)、サルドル・ヌリラエフ(ウズベキスタン)、オルハン・サファロフ(アゼルバイジャン)、バルチ・シュマイロフ(イスラエル)、ズミトリー・ミンコウ(ベラルーシ)、ヤクブ・シャミロフ(ロシア)、イェルラン・セリクジャノフ(カザフスタン)、ゲオルギー・ザンタライア(ウクライナ)、ダニエル・カルグニン(ブラジル)、アドリアン・ゴンボッチ(スロベニア)、セバスティアン・ザイドル(ドイツ)、キリアン・ルブルーシュ(フランス)、モハメド・アブデルマウグド(エジプト)の19名。