「二回戦~決勝」/eJudo版・令和2年全日本柔道選手権予想座談会「『令和最初の全日本』を語りつくす」(下)
準決勝
古田 さて、べスト4が出揃いました。ウルフアロン選手、影浦心選手、加藤博剛選手、飯田健太郎選手です。
朝飛 それぞれ東海大、国士舘大同士の同門対決になるわけですね。
ウルフアロン(推薦・了徳寺大職員) - 影浦心(推薦・日本中央競馬会)
古田 まずは準決勝第1試合、ウルフアロン選手と影浦心選手の試合から参りたいと思います。
林 同級生対決。
朝飛 これはお互いに手の内も、力も良くわかっている同士の試合ですね。
林 去年ウルフ選手に話を聞いたときには「一番やりたくないのは影浦」と語っていました。「色々な罠を仕掛けてくる」と。それでこの話を今年影浦選手にぶつけてみたら「今年もウルフ用にいっぱい罠を張ります」と(笑)。
古田 このやりとりは面白いですね(笑)。
林 でも「ウルフは頭が良いのでその先を考えてくるかも」とも言っていました。
古田 読み合いをしているんですね。互いの思考量の多さが伺われます。
西森 ということは、影浦選手は対ウルフ選手というところで自信があるんですね。
林 自信はあると思います。優勝する、今年はもう優勝出来ると思っていると、堂々語るくらいですから。
朝飛 「用意をする」。去年垣田選手を投げた払巻込は、まさに「用意していた」技と感じました。…次の試合では加藤選手に用意されてしまっていましたが。
林 あの異常な絵、実は飛んでいるんですよね。自分から。
古田 加藤選手の支釣込足ですね。あれは影浦選手の回避行動ですよね。
林 まずいと思って自分で飛んだ。だから背中を着いているわけではないんだけど、勢いがついてしまって「一本」を取られてしまったという形ですよね。
朝飛 そうですね。ああいうところの運不運はあるかもしれないですね。
西森 確かに。…しかし、昨年のことを言えば、ウルフ選手はやはり初戦から圧倒的に強いという感じがありました。勝ち上がりがもっともよい選手がそのまま頂上に辿り着いたという形です。優勝する予感を存分に感じさせた。一方、影浦選手の初戦は愛媛の影野選手だったんですけど、割と手堅くポイントを取って勝って、次に垣田選手との試合も上手いな、準備してきたんだろうなというのはあったんですけど、圧倒的な勝ちぶりとまではいかなかった。そういうウルフ選手みたいな圧倒的なものがなくても、優勝はできるのかもしれないですけど…。
林 柔道スタイルを変えていることも、影浦選手の自信の根拠になっていると思います。大学に入って大きな相手が多くなった中で、背負投中心のスタイルに変えた。ただ、それだけでは勝ち切れないということで今度は内股や大外刈にも打ちこむようになった。このハイブリッドスタイルが馴染んでいないことで勝ったり負けたりしているところがあったと思います。それが確実性のなさという評価に繋がっていたと思うんですが、先日話を聞いたところ、これがようやく自分の中で馴染んできたと。ようやくアジャストして来たんだと。それが自信に繋がって、結果として講道館杯ではきちんと勝ち切れた。そしてその結果がさらに自信を呼ぶという、いい循環にあります。
古田 なるほど。技術的な進境が自信と結果を呼び込み、結果を得たことでさらに自信が深まったと。
西森 これはどうしましょうかね。
古田 僕たちはウルフ選手の試合を1年見ておらず、一方でこの間、影浦選手がテディ・リネール選手を倒すのを見、さらに優勝した試合を見たばかりというのはあります。これまでの全日本、世界での戦いぶりからはウルフ選手を推さざるを得ないんですが、考え込んでしまいます。
林 本当に怪我とその回復具合、あとは試合勘ですよね。
古田 とはいえ、去年の世界選手権でウルフ選手がチョ・グハン(韓国)に放られているシーンを僕達は見てしまっているんですよね。コンディションが良くなかったとはいえ。影浦選手はチョ・グハン選手みたいな担ぎ技ができますからね。ウルフ選手はあの世界選手権のあと試合をしていないわけで、我々の記憶を更新する機会はまだ訪れていない、とも言えます。
西森 今の純粋な実力としてはここが事実上の決勝ですよね。実績的に考えても。
林 だって、リネールを破った男ですからね。
西森 そういう意味では影浦選手なのかな。
古田 では影浦選手でいきますか?
西森 いずれ、どちらが上がってもその選手が優勝の可能性が高いですね。…ウルフ選手が上がったら過去の対戦実績と内容からして加藤選手も飯田選手も勝てないのではと思います。…影浦選手だと加藤選手が息を吹き返す可能性もあるか。
古田 ウルフ選手が完調ならばまだウルフ選手だとは思います。影浦選手のやりたいことをやらせないと思います。とはいえ、影浦選手がこの1年で変わったことは認めなければなりませんよね。
林 悩ましいですね。
西森 でも、羽賀選手戦で根拠としたように、モチベーションの高さという意味で影浦選手を推すこともできますよね。
古田 プラスこの間の講道館杯で実際に試合を見せて勝っている。さらにテディ・リネール選手、小川雄選手とこれまで勝てなかった強敵に勝っていますからね。それではここは影浦選手を推すことにしましょう。…話してみないとわからないというか、事前評からすると少々意外な結果になりました。影浦選手が決勝進出です。
加藤博剛(推薦・千葉県警察) - 飯田健太郎(推薦・国士舘大4年)
古田 では準決勝第2試合、加藤選手対飯田選手です。さきほど皆さんがお話されていた、加藤選手はリーチがあって跳ねる内股のある選手を苦手としているという見立てからしますと、
朝飛 そう。タイプとして飯田選手は一番嫌なタイプですよね。でもその一面、飯田選手は柔道が素直で策士タイプの加藤選手には嵌めやすい、という見方も出来ます。…加藤選手は左の小外掛にいくと跳ね上げられてしまいますから、それはしないと思います。そして、餌を撒きまくると思います。飯田選手の性格的な人の良さに対して、色々なことを仕掛けて揺さぶると思います。小内刈に入ってから頭を抜いて肩車みたいに落としたり、飯田選手が行こうとするその端に横捨身や巴投に入ったりとか、やれることは多いと思います。ただそれでも、一番可能性があるのは飯田選手の内股が決まる展開だと思います。
西森 飯田選手があまり考え込まずに、七戸選手がやったようにファーストコンタクトで思い切り行けるかですよね。考え込むとだんだんと術中に嵌っていくと思います。
古田 加藤選手が絡みつきにくるところを、芯を食われる前にバチッと投げるようなことが出来るか、ですよね。
林 なにか、飯田選手が投げているイメージが湧いてきました(笑)。
古田 七戸選手の2発の映像が、我々の脳裏に焼き付いていますからね。…ここまで来たら飯田選手も肚が決まっていると思うんですよね。加藤選手を相手に慎重にやっても嵌るだけだという思い切りはできそうな気がします。しかし、何もかも仮定で、喋っていて面白いは面白いのですが、だいぶ「仮定を前提にさらに仮定を重ね塗り」感が強くなってきました。自分の想像を土台にさらに想像することを重ねているというか。
西森 「座談会が5時間を越えたので後半戦は各自妄想が入っています。ご容赦ください」とあらかじめ但し書きをしなければいけないかもしれないですね(笑)。
古田 あと1試合ですからなんとかお付き合いください(笑)。それでは飯田健太郎選手がここまで勝ち上がってくるなかで肚が決まっているだろう。その場合にはタイプ的な相性としてそもそも分があるということで、ここでは飯田選手を推させていただきます。
決勝
影浦心(推薦・日本中央競馬会)- 飯田健太郎(推薦・国士舘大4年)
古田 さていよいよ決勝。影浦心選手と飯田健太郎選手というカードとなりました。皆さんは座談会の前にこの組み合わせを予想していましたか?
林 飯田選手は予想していました。ただ、その段階では相手をウルフ選手と想定していました。話し合ってみないと見えないことというものは、あるものですね。
古田 それでは邪念を捨てて、それぞれの予想をお聞きしたいと思います。
林 影浦選手と飯田選手という顔合わせですと、やっぱり罠をたくさん仕掛けられるタイプの影浦選手の優位を感じます。
朝飛 影浦選手は右の奥襟を叩いてくる背が高いタイプが大好きですよね。一番やりやすいタイプだと思います。原沢選手もリネール選手もそうですよね。
林 飯田選手は、まだ影浦選手に免疫がないですからね。原沢選手は何度も対戦して免疫が出来て、なかなかやられなくなりましたけど。
古田 叩けば担ぎ、内股に行けば透かし、ですよね。
朝飛 そうですね。
林 新たに内股、大外刈なんかも仕掛けるようになっても来ていて、手札は増えています。
古田 飯田選手はまず足を飛ばして弾幕を張り、不十分な体勢で担がせて潰しながら展開を握る、みたいな戦い方になってきますかね。西森さんいかがでしょう。
西森 基本的には皆さんの仰るとおりですよね。影浦選手が優勝する可能性が高い。それだけの力の持ち主であるのは知っているけど少々驚いた、という読者もいるかもしれない。でも、1つ1つ考えていくとやっぱり影浦選手優勝の可能性が高そうです。
古田 ウルフ選手と影浦選手、この戦いを勝ち上がった方が優勝というのは、トーナメントの偏り方から見ても、順当な結果ではあります。ここはウルフ選手という難敵に勝った後に最も得意なタイプが来たということで、勝利へのシナリオの数、相性から影浦選手を推すという形ですかね。
林 西森さんはこの秋から愛媛勤務。地元では大変な騒ぎになるのではないですか(笑)
朝飛 去年もあの加藤選手に食らった一撃が「一本」でなくて「技有」だったら、その後はどうだったんだろうとか、考えてしまいますよね。勝てば、次はやり口を良く知っている後輩の太田選手ですから、もう1試合勝ってウルフ選手と決勝を争った可能性もある。ですから、やっぱり力を練っていて、それだけのものを持っていたんだなとあらためて思っているところです。
古田 全日本の洗礼だったのかもしれません。勝つにはハートと頭、両方が必要だよと、昨年加藤選手が示してきたことをクリアして、1年間成長してきたという見立てが出来ますね。
朝飛 そうですね。
古田 それでは影浦選手を推したいと思います。…ここまでなんと5時間20分。毎回決勝戦までたどり着くと皆さんヘトヘトだったりするわけですが、今年は本当に凄いことになってしまいました。お疲れとは思いますが、最後にまとめの言葉を一言ずつ頂いて締めさせていただきたいと思います。それでは西森さんからお願いします。
西森 純粋に参加人数が多いということももちろんですが、3年間予想座談会をやらせていただいていて、今年が一番面白いカードが多いなと思いました。いまから当日が楽しみでならない。とにかく負傷であったり体調を崩したりで欠場者の出ることなく、この豪華メンバーによる大会が無事に行われることを期待してやみません。
古田 ありがとうございます。それでは林さんお願いします。
林 史上最多、50人がエントリーした大会ですが、単に人数が多いというだけでなく、非常にレベルの高い選手が密度高く集まっている、絶対に面白くなるトーナメントであることがあらためて確認出来ました。12月26日といういままでにない日に開催されるこの大会、新型コロナによって色々大変なことがありましたけど、新しい歴史が生まれることに感謝しなければいけないと思います。また、本当にこの厳しい状況のなか、選手たちも十分な練習環境にないなかで、必死にここに向けてコンディションを整えてくるはずです。その選手たちの頑張りをしっかり見届けたいと思います。…色々辛い思い、悲しい思いをしている方もいると思いますから、この楽しい大会を年末に見て、一緒に楽しめたらと思います。
古田 ありがとうございます。では最後に朝飛先生お願いします。
朝飛 すごく楽しかったです。先程お2人が仰った参加人数の多さ、それから五輪代表選手、あるいは惜しくも漏れてしまった代表補欠選手の参加、それから若手の選手の伸び方、全てが楽しみです。でも、この予想をしていく中で、代表選手・代表候補選手が必ずしも上がっていくということではなくて、地方から予選を勝ち抜いて来た選手、あるいは年配でもまだまだ頑張っている選手が勝ち上がるという予想ができて、日本柔道の層の厚さ、奥の深さをあらためて感じることが出来ました。…どうか皆さん体調を整えて、怪我のないようにこの日を迎えて欲しいと思います。頑張ってください。
古田 ありがとうございます。当初3時間程度を想定していたこの座談会は、5時間27分の長きに亘りました。お三方には感謝しかありません。まことにお疲れさまでした。あとは当日、この素晴らしい全日本選手権を楽しみましょう。
林 古田さんと朝飛先生は、当日ライブ中継の解説をされるんですよね。
古田 はい。恐れ多いことですが、もうひと仕事ですね。
朝飛 選手に負けないくらい、我々もがんばりましょう。
一同 お疲れさまでした。
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