「二回戦~決勝」/eJudo版・令和2年全日本柔道選手権予想座談会「『令和最初の全日本』を語りつくす」(下)
加藤博剛(推薦・千葉県警察) - 佐々木健志(東京・ALSOK)
古田 三回戦第5試合、加藤博剛選手と、佐々木健志選手です。
西森 これも大変なカードですね(笑)
林 これは加藤選手が勝つ気がします。フィーリングですが。
朝飛 上がって来たのが垣田選手だったらわからないですけどね。佐々木選手だとしたら撒いた餌に食いつくけどなかなか取り切れないというような、ちょっとややこしくて面白い展開もありそうです。佐々木選手がもう全部のチャンスに入って来て、加藤選手がそれをわかっているんだけど実際には逃し続けて、最終的にどう取るのかというような展開が思い浮かびます。
西森 寝技戦になりそうな可能性もありますかね。
朝飛 それも面白そうですね。
西森 佐々木選手はだいぶブラジリアン柔術をやっているようです。もともと柔術的な寝技は上手いんですけど、加藤選手が巴投を打ってくるところに合わせて寝技に持ち込む可能性はありますよね。
古田 佐々木選手の今の持ち技術で「加藤さんとどう戦おう」と考えたら、その作戦を懐に呑んできている可能性は十分にありますよね。
朝飛 巴投を側転で受けて、そのまま関節技を狙いに行くというような絵が考えられます。
西森 僕もそのパターンだと思います。
朝飛 ブラジリアン柔術と言ってよいのかわかりませんが、加藤選手がブラジルのフラビオ・カント選手に関節を取られて負けたことがありますよね。
林 世界団体ですね。
朝飛 一回は場外で「待て」になった後、また取られた試合でした。…加藤選手が後ろに回られるような状況が生まれたら、面白い攻防が見られるのではと期待してしまいますね。考えるだけでも面白いですよね。
古田 加藤選手もその可能性を考えていますかね。
朝飛 加藤選手が透かそうと腰を曲げて構えているのに対して、それを透かせるもんなら透かしてみろ、という感じで佐々木選手が内股に入っていきそうですよね。
林 加藤選手、色々な餌を撒いてきそう。
西森 あとは加藤選手といえども年齢的に体力は下降線に入ってきているわけで、一方の佐々木選手の方はゴリゴリ伸びてきているから、そのあたりもありますよね。
朝飛 考えれば考えるほど面白いですね。
古田 加藤選手が罠を張ったとして、それが際(きわ)勝負になるようなものであれば、体力差で佐々木選手が持っていく可能性もあります。意外と佐々木選手の目もありそうですね。どうしましょうか。
朝飛 巴投を仕掛けられて上を向く体勢になるというのは佐々木選手だと考えづらいですね。重量級だとあれでコロッと回りそうですけど、佐々木選手は全部倒れずにそのまま立ち上がりそう。…最終的に決するのは両方が抱き合ったときだと思います。どちらも抱きつきますよね。佐々木選手も横車を狙うし、加藤君も小外掛にいくような感じで抱きつくし。
古田 その勝負をやらなければいけなくなった時点で佐々木選手有利かなという気はします。その形、彼としてはおそらく望むところですよ。
西森 でも加藤選手も小外掛が上手いんですよね。過去の戦いでも長尾翔太選手であったり石内裕貴選手であったりが、この小外掛で沈められています。
朝飛 あと巴投でいかないとなったら、横捨身(浮技)というのも考えますよね。横捨身気味の、ちょっと立っていられないような飛ばし方をすると思います。ああ、難しい。楽しい(笑)。
古田 楽しいですね。
林 年齢的には加藤選手、結構きついでしょうね。
西森 でも、トータルで見たときに佐々木選手の方が組み合わせが厳しいですよね。古田選手に勝って、垣田選手に勝ってとなると。そもそもの勝ち上がれる率でいっても相当微妙なところではあります。加藤選手の方は海老沼選手に一回勝ったらここにたどり着くわけですから、ハードルの高さはかなり違います。
古田 佐々木選手にこの試合勝てる可能性があるかもしれない、そしてそれは「際」勝負だという博打的な見立てをお話したわけですが、実はこれまでの2試合も同じく、かなりギャンブル的に佐々木選手にベットというのを続けてきているんですよね。乗るか反るかなら佐々木選手だ、という見立てに吸い寄せられて。つまりこれで3回同じことをしようとしているわけですが、佐々木選手の魔法にそこまで乗ってよいのかというのはありますよね。すこし怖くなってきました(笑)。佐々木選手の柔道がそれだけ魅力的ということなんでしょうけど。
西森 純粋に勝つ可能性でいうと加藤選手の可能性の方が高いと思いますよ。
古田 ここは加藤選手の勝ち上がりにしておき、でも佐々木選手が勝つかもしれない、とファンにみどころを残す形が良いかもしれませんね。
西森 これで佐々木選手が本当に勝ち上がってきたらものすごく面白い大会になりますよ。
古田 それでは勝利に至るシナリオの多さとここまでの総合的な展開から加藤選手の勝ち上がりを推させていただきます。いや、今年は本当に面白い。
佐藤和哉(東京・日本製鉄) ― 王子谷剛志(東京・旭化成)
古田 三回戦第6試合、佐藤和哉選手と王子谷剛志選手の激突です。前戦の加藤選手と佐々木選手の試合とまったく質の違う、そしてやっぱり非常に面白いカード。
朝飛 ここも凄い(笑)。
林 先日の講道館杯では佐藤選手がGS延長戦の「指導3」で勝っていますよね。
朝飛 佐藤選手の方が全体的に攻撃が早そうですよね。去年の全日本選手権で王子谷選手とウルフ選手が試合をしたときも、ウルフ選手の方が圧倒的に攻めて小外刈、小外掛を狙っているという感じがしていました。相四つで(圧が掛かりやすい)はありますが、足技もありますし、攻めの早さで佐藤選手なのかなと思います。
古田 講道館杯の内容は「指導1」対「指導3」なんですよね。最初が両者でその後に王子谷選手に2つ「指導」が積み重なった形です。朝飛先生の見立てに叶うスコア進行ではあります。
西森 直近の結果と最近の安定感を踏まえると佐藤選手ですかね。
古田 そうですね。1ヶ月前の段階で「指導」2つの差があるというのは判断材料として大きいと思います。また、朝飛先生が仰ったとおり、詰将棋をしていくと攻め手が早いのは佐藤選手。ここは佐藤選手の勝ち上がりを推したいと思います。
太田彪雅(東京・旭化成) - 向翔一郎(推薦・ALSOK)
古田 三回戦第7試合、太田彪雅選手と向翔一郎選手の一番です。まさに席を立つ暇がない。
朝飛 いやー、これも面白い。
林 普通に考えたら太田彪雅選手なんでしょうね。
古田 太田選手はインサイドワーカーとしての側面も非常に強いので、こういう選手を封じて取るのは上手な気がします。
西森 基本的にはその評価で間違いないと思います。ただ、向選手も佐々木選手と同じで何をやってくるかわからないところがありますからね。
林 しかも今はその2人が一緒に練習をやっていますからね(笑)。ナショナルトレセンに2人で行ってやったりしているらしいです。
古田 何をやってくるかわからない人達が一緒にやっている。掛け算効果が出たりするかしら(笑)。
西森 純粋に実力を発揮すれば太田選手だと思うんですけど、講道館杯のあまりの元気のなさとか色々考えると迷ってしまいますよね。
古田 向選手は大舞台と言うか、こういう注目される場になればなるほど力を発揮してきますからね。ただ、具体的に何をやってくるのかというのはありますが。メディアは「何をするかわからない」という文脈で彼を解説することが多いわけですけど、意外と手持ちの技術にそんなに奇矯な技はないんですよ。
林 本人は優勝するつもりでいますからね。誰にも負けないと。
古田 うーむ。良い意味で根拠なくものが言えるタイプでもありますからね。その発言をどこまでどう捉えればいいのか(笑)
林 でも練習では全日本チャンピオンになったこともある原沢選手を投げることもあるらしいですから(笑)。わかりませんよ。
朝飛 太田選手はセオリーどおり組み勝つ形ですよね。組み手が早いので軽量級相手でも上手いと思います。そこに向選手の組み際の背負投や袖釣込腰が通じるかですよね。
古田 やはり太田選手のコンディション次第ですよね。そこで崩れないようだと向選手はノーチャンスの気がします。
朝飛 なかなか崩すのは難しいでしょうね。
西森 僕の、これはまったくもっての偏見なんですけど、向選手は相手が弱り目だと思うとガーッと嵩に懸かっていくと思うんですよ。
林 そういう嗅覚がありますよね。
西森 だから太田選手が弱ったら付け入られる気がします。
古田 ということは太田選手のちょっとのコンディション不良が、向選手の攻勢として増幅される可能性があると。
西森 そうです。
林 対ベイカー茉秋選手のときなんかも、相手が弱ってきたとみるやうわっと行きました。
西森 機を見るに敏というか、そういうところがありますよね。
古田 講道館杯の太田選手を見る限りだと、そういうシナリオもありえますね。でも読者に「筋」を見せて、そこからの揺れを楽しんでもらうのがこの座談会だとするなら、順当だと…。
林 太田選手ですよね。
朝飛 ですね。
西森 この文脈での太田選手推しには、異論はありません。
古田 順当シナリオとしては、太田選手が完調であればしっかり手順を踏んで向選手のできることが少なくなっていって、最終的には無理に出てきたところを投げる可能性もある。これを揺らす鍵は太田選手のコンディションということですね。では、進行上は太田選手の勝利とさせていただきます。
飯田健太郎(推薦・国士舘大4年) ― 松村颯祐(東京・東海大3年)
古田 三回戦第8試合、飯田健太郎選手と松村颯祐選手の対決です。
一同 これも面白い!
古田 このあたりが、このブロックから松村選手が上がってきた場合の面白さですよね。田中選手が来ても尾原選手でも、飯田選手は上手くずらして内股に持っていく気がするんですけど、松村選手だとこのハードルがかなり上がります。
西森 腰が重いですし…。
林 足技も上手いですよね。小学校の頃から支釣込足なんかすごく上手い。
朝飛 小学校のころは真面目でしたね。
林 今は真面目じゃないんですか?(笑)
朝飛 そういうわけじゃないんですけど、真面目さが面白い方面に発揮されているといいますか。昨年の世界ジュニアの団体戦で、決勝のロシアとの試合で松村選手が取れば勝ちが決まる場面だったんですね。そこで絶対に行くなよと言われていた裏投に行って、相手は小内刈を引っ掛けて上に乗って「ヤー!」と言ったんですよ。でそれが「一本」になって、日本は大将戦まで勝負が回ってしまった。結局は日本が優勝したんですけど、表彰から帰ってくるときに日本選手団の先頭で一番ガッツポーズしながら「やったぜ!」って喜んでいたのが、松村選手だったんですよね(笑)。
一同 笑
古田 ちなみに、そのときの相手であるヴァレリー・エンドヴィツキー選手、今かなり伸びてますよ。先日の欧州ジュニア選手権で見ましたけど、すごく日本人的な良い柔道をしていました。
朝飛 裏投だけは行くなよ、行くなよと言われていたそうなんですが、やはり彼の裏投は強力なので、本人も自信を持って行ってしまうんですよね。
古田 さて、飯田選手との試合に話を戻しましょう。
朝飛 松村選手が押し切ってしまうような気もしますよね。飯田選手は線が細いですからね。
古田 松村選手が両足を地につけてズッズッと出ていったらそれはきついですよね。裏投みたいに体を捨てたり、片足技にこだわるとういうようなことがなければ、分がある気がします。そういう戦い方で距離を詰め続けることにまず徹せるかどうかがポイントでしょうか。
朝飛 ただ、この間たまたま国士舘大学に行くことがあったんですけど、そのときに飯田選手は横移動からの背負投とかを練習していたんですよ。片足で引っ掛けたりだとかではなく、そういった技で攻められると松村選手の良いところは出しにくいのかなと思います。
古田 松村選手の方も、飯田選手が自分と勝負してくるなら担ぎ技というのは想定していますよね。
朝飛 そう思います。松村選手も出足払が上手いですからね。
西森 飯田選手も小外刈とか、足技は上手い。足技同士かち合う可能性もありますね。
古田 具体的に、飯田選手はこの間の講道館杯決勝で燕返を決めたばかりです。
西森 松村選手が不用意に足を飛ばしたところを飯田選手が切り返すようなこともありえますよね。
古田 それが、まさにさっき言ったところの「片足」状態。やはり松村選手が我慢できるかどうかが鍵ですかね。
西森 さきほどの朝飛先生の話を聞くにつけ、松村選手の状況判断力がひとつカギになるのかもしれませんね。
朝飛 決して我慢が利くタイプというわけではないと思います。
古田 松村選手がこの試合に勝とうと思ったら我慢して圧を掛け続けて、飯田選手が前に出てきたところに袖釣込腰を掛けるのが手堅い気がしますが…。
西森 そういうところには留まれない気がします。もう少し色気というか、野心のあるタイプの気がします。
古田 少なくとも、つまらない柔道ができるタイプではありません。作戦が上手く行ったら行ったで、ゴールの投げを狙いにいくタイプ。何しろ持ち技が全て強力、しかも出口が多いですから。
西森 やはり自分に自信がありますからね。
朝飛 そうですね。そしてそうなると、飯田選手が上手く捌きますね。
西森 はい。現段階だと飯田選手の方が良いんじゃないかなという気がします。
古田 飯田選手はそういう試合が良く動くような仕掛けを使って、展開自体をモビリティの高いものにしていくということですね。
林 逆に、飯田選手が行けるぞと思って接近したら松村選手の裏投が炸裂する気もします。
古田 そこも我慢比べですよね。飯田選手が本当に投げられる展開まで我慢できるか。
林 松村選手は頭を下げられてもそんなに気にならないタイプですよね。
古田 逆に頭を下げたままやらせてしまうところもありますよね。
西森 飯田選手は去年太田選手に大内返を食らっています。これは、まさに相手が待っているところに呼び込まれてしまった形ですよね。
林 それが飯田選手の脆さというか、あと一歩突き抜けられないところですよね。そろそろそれを越えてほしい。
西森 この間の講道館杯の西山選手との試合なんかは、飯田選手もそれができるようになってきたなという感がありましたけどね。
古田 確かに、我慢の利いた試合でもありました。…先程、影浦選手と羽賀選手の試合のときも話しましたけど、ここで齧りついておかないとキャリアが終わるぞという切迫感とか、そういうバックグラウンドの熱量に関しては飯田選手の方が強い気がします。我慢比べだとして、これに耐える肚は飯田選手の側にあるのではないでしょうか。ここでは松村選手の強さを十分飲み込んだうえで、飯田選手を推したいと思います。