「二回戦~決勝」/eJudo版・令和2年全日本柔道選手権予想座談会「『令和最初の全日本』を語りつくす」(下)
加藤博剛(推薦・千葉県警察) - 海老沼匡(推薦・パーク24)
古田 続いて二回戦第9試合、先程の試合を今大会のハイライトと言ったばかりなのですが、その次に加藤博剛選手対海老沼匡選手の試合という超大一番が来てしましました。
一同 笑。
西森 これだとトイレに行く時間もないですね。
古田 今年は息がつけません。
林 加藤選手の苦手なタイプはどんなタイプだと思います?
朝飛 右の跳ね上げ内股を使うタイプ。高木海帆選手や七戸龍選手に飛ばされたところを見たことがあります。
林 まずはリーチがある選手。これはいま仰った七戸龍選手タイプですね。そしてもう1つが、ちょこまかと動く選手だそうです。ですので、海老沼選手はどちらかというと苦手な選手だと思います。
西森 ちなみに加藤選手が全日本で一番初めに負けた選手は庄司武男さんなんですね。次が東海大にいた谷口徹さん。2008年に僅差の2対1で負けています。その後は高木海帆選手、七戸龍選手、そして今井敏博選手にも1回負けています。優勝した翌年(2013年)に残りほぼ0秒で引込返で「技有」を取られて。
古田 リーチのある長身ということでは今井選手も典型タイプですね。投げられた場面は加藤選手が寝姿勢に近かったこともあるんですが、2階から手が降って来た感じでした。
西森 そこから後は全日本の優勝クラスにしか負けていないんですよね。七戸、王子谷、ウルフ、原沢、ウルフですから。調べてみましたが、11回出場で25勝10敗ですからね。全日本の舞台で35試合もしているんですよ。
一同 すごい。
西森 毎年コンスタントに勝っていますからね。この「おじさん」は凄いですよ。
朝飛 そして海老沼選手は相手に良いところを出させてしまいますからね。
古田 割とカプっと組んでくるでしょうね。
林 それと加藤選手、知らない技とか変な技をやろうかなと言っていました。それまでに精度を高めておきます、と。
一同 笑
古田 何をやるんでしょう。体格差を考えれば、持ち技では得意の巴投が一番効きそうな気がしますけど。
西森 去年の関東予選で見せた横分などは考えているかもしれませんね。あのときも結構相手と体格差がありましたから、狙ってくるかもしれないですね。
古田 海老沼選手に敢えて組ませておいて捨身技というところまでは見えますよね。海老沼選手はすごく柔らかい柔道というよりも二本持ったら一瞬剛体になる印象。そこに体格のある加藤選手の捨身技は効くと思います。
西森 海老沼選手が加藤選手の巴投に完全に照準を絞って、そこにカウンターの腕挫十字固を狙いに行くとか、そういう狙いがあると面白いかも知れないですよね。
林 虎穴に入らずんば虎子を得ず。
古田 ワクワクしますね。
西森 巴投を掛けてくるのはほぼ間違いないですからね。罠の張り甲斐はあります。
林 加藤選手。スピードについて行けるかどうかの不安がある、というような話はしていました。海老沼選手が潜り込めれば小内刈を決めるイメージも持てます。
朝飛 海老沼選手の技の切れ味は凄いですからね。
古田 海老沼選手が最近やっている低い背負投は、受けようにも受けきれないスピードとキレを感じさせます。
林 加藤選手がわざと受けるような餌を撒いておいてそこからという展開も考えられます。考えるだけで楽しい。
西森 横捨身のような技、あるいは抱分とか、振り回してくる可能性はありますね。
古田 体格差のある相手がそれを志向してきたらやっぱりきついですよね。海老沼選手にとって戦い易いのは、たとえば重量級だとまっすぐ組み合ってちょっと良い技で投げようとしてくる相手のはずですが、加藤選手は全くそのタイプではない。まして組みに行ったら体を捨ててくる、しかも自分より体格があって寝技の上手い選手ですから、これは厄介ですよ。
西森 確かに。
古田 そろそろまとめなければいけないのですが、これは加藤選手の勝ちを推すけれども、勝負の旨味は勝敗にはあらずというところですかね。試合自体を楽しみたいですね。海老沼選手は、体格差を考えれば負けてもともともとかもしれませんが、そもそも海老沼選手が相手を上と規定して失うもののない試合という構図自体がなかなか見られないわけで、これは面白いですよね。
西森 内容に大期待ですね。
古田 これこそ勝ち負けにしか興味のない客は要らん、の世界ですよ。
西森 でも、この次もそんな試合なんですよね。
一同 笑。
垣田恭兵(九州・旭化成) - 佐々木健志(東京・ALSOK)
古田 その、またもや内容自体に旨味たっぷりの一番。二回戦第10試合は垣田恭兵選手に、先ほどの予想では佐々木健志選手がかちあいます。
朝飛 本当に席を立つ暇のない全日本ですね。
古田 垣田選手がどちらのモードで行くんですかね。釣り手で突いて担いだり回ったりの曲者モードか、塗りつぶすべく包みに行くのか。
西森 昔、吉永慎也さんを背負ったことがありますからね。
朝飛 ピタッと入りましたよね、股の中に。
古田 朝飛先生はどう読まれますか。
朝飛 すごく難しいですけど、まず佐々木選手は簡単には良い形で組めないと思います。でも彼は体が強いので、少し無理をして大外刈とか内股に行くと思います。そこを垣田選手が狙うのではないかと思いますね。でも佐々木選手の場合は腰にしがみついて裏を取ったり、何をしでかすかわからない。そこが面白いところですね。
西森 僕は逆に垣田選手のほうが腰にしがみつく展開になると思います。去年の下和田選手戦みたいなイメージですけど。やっぱり佐々木選手にすこし無理をさせるように垣田選手が誘って、佐々木選手の自爆を待つような展開が想像しやすいですよね。
古田 包んで、しがみついて。小川雄勢選手の後帯を引っぱったシーンが思い出されます。
林 私は佐々木選手のパワーを買います。垣田選手のいやらしさを一発で吹き飛ばすような大技で勝ってしまうような気がします。
古田 逆にいうと佐々木選手が勝つにはそのやり方しかない気もしますね。朝飛先生や西森さんが仰るように、垣田選手は佐々木選手に無理をしなければいけない状況を強いると思うんですが、佐々木選手のほうも、もう自分が突っ込んでいって試合を作るしかないと思っているじゃないでしょうか。垣田選手が佐々木選手に無理をさせるシナリオを数限りなく持っているのは承知の上、罠を張られていても突っ込んで行って力で投げるしかないというような覚悟があるのではと。
林 普通だったら垣田選手がそこから自分のペースに持っていこうとするんだろうけど、もう佐々木選手の力でそれを一気に持っていってしまう気がします。
朝飛 私は佐々木選手が勝つとしたら、垣田選手が背負いにきたのをわざと乗っかって横車に行くと思うんですよね。
古田 横車とか抱分ですよね。
朝飛 なかなか払腰とか内股で持っていくのは難しいと思うんですよね。
西森 僕の個人的なイメージだと、垣田が腰を抱きに行きます。そこに佐々木が腰車気味の強引な内股を掛けて…。
古田 危ない!危ない!そして面白い。
西森 その攻防を制した方が勝つ、みたいな感じですね。
林 私はその攻防で佐々木が持っていくと思うんですよ。
朝飛 十分その可能性もありますよね。
古田 つまり佐々木選手はあまり駆け引きはしない方が良いということですね。それは垣田選手の空間であると。駆け引きをやって「指導2」をもらって十分な勝負ができなくなるよりは、罠を承知で行った方が良いんでしょうね。
西森 良い悪いじゃなくて、佐々木選手は行きますよ。
一同 笑。
古田 ではその覚悟ありということで、ここは佐々木選手を推しておきますか。
西森 私はそれで良いと思います。
古田 これは結構思い切った予想ですよ。
西森 ここのゾーンは本当にわからないですよ。
古田 これまでの2年、真面目に予想しては結構外しているわけですからね。…しかし「垣田vs佐々木」、このカードであればどちらにベットしても大博打ですからね。では、ここは佐々木選手を推しておきましょう。
佐藤和哉(東京・日本製鉄) ― 杢康次郎(関東・神奈川県警察)
古田 二回戦第11試合、佐藤和哉選手vs杢康次郎選手です。
西森 ここはもう順当に実力で佐藤選手だと思います。安定して全日本でベスト4に絡んでくる力があると思います。
林 講道館杯を見る限り、佐藤選手はコンディションも整っていそう。
朝飛 1回戦でお話させて頂いた通り、杢選手は警察官。神奈川県警の稽古環境はかなり厳しいものがあります。
古田 杢選手は組み手で凌ごうとすると思いますが、佐藤選手が足技で揺さぶり、そのまま足技か体落で投げる絵が思い浮かびます。佐藤選手が講道館杯くらいのコンディションを持って来られるのであれば、杢選手が凌ぐことも難しいと思います。
西森 同感です。
古田 ではここは順当に佐藤選手の勝利を推し、次の試合に行きたいと思います。
王子谷剛志(東京・旭化成) ― 大町隆雄(中国・山口県警察)
古田 二回戦第12試合、王子谷剛志選手と大町隆雄選手の一番です。
林 ここは王子谷選手じゃないでしょうか。
古田 勝ち負け自体は、そうなると思います。
西森 王子谷選手の力が今どれくらいなのか、モチベーションも含めて気になりますね。もちろん全日本になるとひときわ力を出してくる選手ですけど、やっぱり去年ウルフ選手にああいう負け方をしたというのは大きい気がします。どれくらい強いモチベーションを持って、もう一度全日本選手権に挑めるのか。
林 そのあたりは聞いてみました。「自分としては、あの試合で収穫があった」という捉え方をしていると。ということはまだ向上心もやる気もあるし、勝つ気も十分だと感じました。
古田 その発言、ニュアンスは。百戦錬磨の林さんが聞いて、言外にメラメラ燃える気持ちを感じるようなものであったかどうかが知りたいです。
林 全体として非常に大人な答えが多かったとは思います。ただ、全日本に対する気持ちは今でも強いんだな、と率直に感じました。全日本は俺がいなきゃダメだろう、あるいは復活の場はやはり全日本だという気持ちがあると思いますよ。
西森 ちなみに王子谷選手は7回出場して、25勝4敗です。
古田 凄い。これは圧倒的なスタッツ。
西森 やっぱり近年で見ると全日本選手権での強さは突出していると思います。
古田 時代を作っていますね。
林 彼は3回優勝しているじゃないですか。そして4回以上優勝している選手は3人。
朝飛 鈴木桂治さんが4回、小川直也さんが7回、山下泰裕さんが9回ですね。
古田 3回は吉松義彦さん、神永昭夫さん、篠原信一さん、井上康生さん、そして王子谷選手ですね。
林 それで彼は、恩師の佐藤宣践先生に「4回勝たないと殿堂入りじゃない」と言われていて、この言葉をかなり意識しているんですね。絶対あと1回勝って、歴史に名を残したいという気持ちがあるようです。モチベーション、十分ありますよ。
古田 少し試合の様相を考えてみましょう。大町選手は右組みですよね?
朝飛 両方掛けますけど、担ぎ技も右の方が多いですよね。
古田 担ぎ系、ということで本格派の王子谷選手への相性が良いのではないかと考える向きもあるかと思うのですが、大町選手の背負投は圧力を掻い潜る技巧派というよりは、「力の担ぎ」というタイプです。あくまで地力勝ちがベース。
林 同意します。重量級の王子谷選手とは体格差があり、地力勝負は厳しい。
古田 加えて右相四つで圧が掛かりやすい。かつ、これは結構大事なポイントだと思うのですが、王子谷選手は下がらないので足技が効きにくい。相四つで軽い選手にはこれは本当に厳しい。散らして担ぐという展開が作りにくい。ここは王子谷選手ですね。
西森 王子谷選手の勝利として、この試合でそのモチベーションやコンディションを見るということですね。
古田 はい。そういう要素が見定めやすい構図の試合の気がしますし、技術的な相性からいっても、このあと乗っていけるような試合が出来るのではないかと踏みます。