• HOME
  • 記事一覧
  • ニュース
  • 「二回戦~決勝」/eJudo版・令和2年全日本柔道選手権予想座談会「『令和最初の全日本』を語りつくす」(下)

「二回戦~決勝」/eJudo版・令和2年全日本柔道選手権予想座談会「『令和最初の全日本』を語りつくす」(下)

準々決勝

古田 準々決勝です。ついにベスト8まできました。何時間経ちましたか。…これは大変なことになった(笑)。

西森 地上波だとここから中継が始まるわけですからね(笑)。

一同 笑。

ウルフアロン(推薦・了徳寺大職員) ― 熊代佑輔(東京・ALSOK)

古田 準々決勝第1試合、いきなり難題です。ウルフアロン選手と熊代佑輔選手です。

朝飛 ウルフ選手にとってはここが最大の山場ですね。お互いを良く知る同士の対戦です。でも、読み合いになってもウルフ選手が読み勝つような気がします。熊代選手の払巻込も袖釣込腰も、反対の小さく入る一本背負投も、組み際の大外刈も、全てを理解した上で試合を組み立てそうですよね。

西森 熊代選手が対ウルフ選手ということでまだ見せていないものを持って来ることはありますかね。ウルフ選手が熊代選手を恐れるのはフィジカルにプラスして、そういう己の想定を超えてくるものの有無ですよね。

古田 はい。単なる「実力比べ」ではないですよね。知恵比べの側面が他の試合よりもだいぶ強い。林さんからお聞きするところだと、ウルフ選手は熊代選手についてかなり濃く言及している。ただそれは、同時に、対熊代選手に掛けた思考量の多さも物語っています。同じ東海大で稽古をする中で、ウルフ選手が密度高く想定した、その上のものを熊代選手が持ち込んでくるかどうか。

西森 多分ウルフ選手は、熊代選手以外の選手には勝てると思っていると考えます。実力以外の要素が勝負を支配する、ここが山場と見ているんじゃないでしょうか。

林 熊代選手はここまで何度も本命食いを演じて来た選手でもあり、その意味での底知れなさ、意外性があります。羽賀龍之介選手が絶対に優勝すると誰もが思っていた選抜体重別で袖釣込腰を決めて勝ってしまったり。

朝飛 大内刈の時もありましたよね。…熊代選手を推してしまいますか(笑)。

古田 ここで熊代選手がウルフ選手を食ったら今年の全日本はもう、「戦国」どころの話ではない大混戦状態になってしまいますよ(笑)。

林 遅れてきた本命で優勝してしまうかもしれませんよ。

朝飛 32歳とか33歳でもまだ強くなっていく、それは柔道人の希望ですね。

西森 夢と浪漫ですよ。

林 金野潤さんが2度目に優勝したときでしたっけ。篠原信一さんら優勝候補が皆早い段階で敗退して大混戦になって、気がついたら金野さんが優勝していた。一気に大混戦になる可能性もないことはないですよね。

西森 あくまでも勝ち上がりはウルフ選手なんですけど、もし敗れる可能性があるとすればここだという評価でよいのではないでしょうか。

林 それが順当というか、正統派の予想ですよね。

西森 ここで熊代選手を推すと本当に予測不能の大混戦になってしまう(笑)。予想座談会はあくまで皆さんに筋と見立てを持って貰うのが趣旨でもありますから、もうしばらくの間、正統派ルートで話を進めたほうがいいかもしれません。

古田 こうして見ると人材が一杯いて本当に面白い全日本ですけど、実はひとつ通った「芯」はウルフ選手であることがよくわかりますね。ウルフ選手という屋台骨を1つ抜くと収拾のつかない大混戦になってしまうということが、話がここに至って見えてきた感じがします。

西森 ウルフ選手が抜けたら誰が優勝してもおかしくないですよ。決勝が熊代選手対加藤選手の可能性もありますよ。円熟した柔道家が覇を競った、昭和30年代の全日本選手権への回帰です(笑)。

林 熊代選手対飯田選手になって飯田選手が初優勝という展開もありえます。

西森 本当に誰が勝ってもおかしくない。

古田 確かにそうですね。とはいえ、ここは順当に。先ほど西森さんが仰った「あるべき筋を見せる」をベスト8までは堅持するという格好で。ここはウルフ選手を推したいと思います。

講道館杯準決勝で相まみえた両雄。この時は影浦が「韓国背負い」で「技有」を得ている。

小川雄勢(東京・パーク24) ― 影浦心(推薦・日本中央競馬会)

古田 準々決勝第2試合、小川雄勢選手対影浦心選手です。これは先月対戦したばかりという補助線がありますので、比較的話しやすいのではないでしょうか。

西森 この間の講道館杯では影浦が投げているんですよね。

古田 終盤に担いでいます。「韓国背負い」で「技有」。

西森 小川選手は、これまで投げられて負けるケースがほとんどないですよね。小川選手を投げられるというのは、影浦選手は相当力がついているということですよね。

朝飛 同意します。順当なら影浦選手かと思います。

古田 影浦選手は相手の圧を食らいながら背負投を掛けるのがすごく上手ですよね。私たちが「ウチムラ」と呼ぶところの、内村直也さんばりの、相手の組み方をそのまま投げの力に変換するような軸足回転の足さばき手さばきが巧み。これがあることが大きなポイントと思います。小川選手が圧を掛けにいくのが影浦選手の背負投のスイッチになっていて、さらに影浦選手はそれでワールドクラスの相手を投げることを想定して練習をしている。逆に小川選手は圧を掛けないと勝てないタイプの選手ですから、これはなかなか厳しいと思います。

林 やっぱりそこがポイントですね。影浦選手は先日の講道館杯の準決勝で初めて小川選手に勝ったのですが、それまでの対戦ではやはり「指導」で負けている。それも先に「指導」を取られて相手にペースを握られたまま敗れるケースが多かったんです。だから講道館杯では先に「指導」を取られないように考えて戦ったという話をしていました。それが実際に出来たということは、自分のなかに先に「指導」を取られない戦い方を作れているのかもしれません。

朝飛 前までは圧力で下がらされていたような気がしますけども、その圧を利用して技に入れるようになったので、小川選手が上から被さってくることができないような形になってきましたね。ですから「指導」が来ることもないし、攻めやすくなっている印象です。進むべき方向が見えて、的確にその方向に進化したのだと思います。

古田 では「指導」の累積という展開上のファクター、ゴールとしての技、どちらも影浦選手に分があるということで。ここでは影浦選手を推させていただきます。

加藤博剛(推薦・千葉県警察) - 佐藤和哉(東京・日本製鉄)

古田 準々決勝第3試合、加藤博剛選手と佐藤和哉選手の想定です。

西森 恐らく公式戦での対戦はないと思います。全日本では当たっていないので。でも加藤選手は日大によく稽古に行っているので、練習ではやっていると思います。対戦をしたことがないと、試合での加藤選手の感じは佐藤選手にとってはやりにくいと思います。

林 そうですね。初顔合わせでどっちが嫌かというと、加藤選手と戦う方が嫌でしょうね。

古田 ほかに似たようなタイプが誰もいない選手ですからね。

朝飛 あと、加藤選手は全日本に出て嫌なことは何もないんじゃないですかね。楽しくて仕方がないと思います。失うものがない。佐藤選手の方がプレッシャーは掛かりますよね。今この地位まで来たのに、加藤選手に巴投で投げられたらどうしよう、というのがありますよね。

林 去年の太田彪雅選手のことも頭をよぎるでしょうね。同じ超級で世代も近いライバル選手が、あんなに綺麗に投げられてしまった。

西森 重量級のベスト4クラス、ファイナリストクラス以外はみんな引っ掛かって居ますからね。代表的なのは百瀬優選手、実は棟田康幸選手も加藤選手には2回負けていますからね。

林 完全に防御できていたのはウルフ選手くらいじゃないですか。

朝飛 ウルフ選手も投げられていますよね。

西森 2017年のこの大会で巴投「有効」を取られています。その後攻めて攻めて「指導3」の反則で逆転勝ちしていますけど。

古田 試合後に「投げるのが早すぎた」とコメントしたときですね。

林 そういえば、そうでしたね。

西森 だから去年の再対戦では加藤選手はずっと仕掛けず、GS延長戦に入って最小ポイントを取れば勝てるという段階になって、初めて仕掛けたんですよね。

林 それが不発に終わって諦めたそうです。「ダメだもう力が出ない」と。

古田 いわく言語化できない勝負力みたいなところでは加藤選手を推したくなりますね。・・・しかし、詰将棋をしていっても佐藤選手が勝つシナリオがなかなか見出しがたい。純技術で考えていくと、足技の出会い頭くらいで、なかなか加藤選手を凌ぐイメージができません。

朝飛 そうですね。投げると考えると、何で投げるのかイメージがしにくいですね。

古田 体力的なファクターを加えていくと見えるものがあるのかもしれませんが・・・。それでは「指導」を取るなりして展開を引き寄せて、佐藤選手が焦ったところに「何か」を仕掛けるということで、加藤選手を推させていただきます。35歳加藤選手、ついにベスト4まで来てしまいました。

昨年度大会でも対戦している飯田と太田。

太田彪雅(東京・旭化成)  ― 飯田健太郎(推薦・国士舘大4年)

古田 準々決勝第4試合、太田彪雅選手と飯田健太郎選手の一番です。先ほども話題にあがりましたが、昨年は太田選手がGS延長戦の大内返「一本」で勝利しています。飯田選手が我慢できずに飛び込んでしまった形でした。

林 同じ轍は踏まないと思いますが。

古田 ただ、先日の講道館杯では飯田選手が素晴らしい出来で優勝、一方の太田選手は近年のなかでは一番良くないパフォーマンスだったという補助線があります。

西森 全日本では一本負けしましたけど、確か学生体重別団体では引き分けたんですよね。国士舘大が100kg級の飯田選手を敢えて超級の枠に出して、太田君にぶつけたんですよね。

古田 先鋒の100kg超級枠でこの2人が引き分けて、その後もずっと引き分けが続いて、決着は代表戦まで縺れ込みました。

西森 あのときは太田選手が若干押し気味で、飯田選手が背負投等で凌いでという形での引き分けだったと思います。決定的な力の差はなく、飯田選手が取る可能性も十分にあると思います。

古田 ここまで太田選手の勝ち上がりを見るなかでコンディション次第と言ってきたわけですが、昨年は一本で決着しているものの、本来実力的には拮抗している。これを前提として、両者の講道館杯の出来を補助線に、飯田選手を推すということもできると思います。

朝飛 ものすごく難しいですよね。

古田 実際にどちらの可能性もあると思います。

朝飛 …私は飯田選手に期待するところが物凄く強いのですが、素晴らしい投げの一方で、意外な脆さがある。渡邊勇人選手を投げた綺麗な内股とか、遥か体格が上の上川大樹選手を出足払で投げることもある一方で、転んでしまう場面もよく見る。安定性がないというよりは、柔道が綺麗なゆえ、美しい柔道ゆえという印象です。昨年の太田選手の試合では、GS延長戦まで我慢して機を狙って、それでぽっと行ったわけですが、本来ああいう試合の組み立てが多い選手ではないんです。この試合は普通に考えれば我慢比べも必要になってくると思うんですけど、飯田選手は敢えて早い段階で勝負に行くのではないかと思います。もしそれが良い方向に出ればスター選手からスーパースター選手への脱皮があり得るのではないかと期待してしまいます。

西森 それこそ一昨年初めて全日本に出たときに王子谷君に「やぐら投げ」を仕掛けにいって、自滅して抑え込まれましたからね。

古田 あれは最高でしたね。これぞ投げの切れ味で売り出した飯田選手という、スター性を感じさせました。

朝飛 ああいうところが飯田選手の良いところですよね。

古田 朝飛先生にそう言われてみれば。確かに高校時代の彼は、我々凡人の予測を超えて、規格外の「一本」を見せてくれました。この相手にこんなに早い時間の勝負で、それもこれほど鮮やかな「一本」を取ってしまうのか、という。実際にやってしまうことはもちろんですが、これをやろうとすること自体にスター性を感じましたよね。

林 100kg級は井上康生・鈴木桂治・穴井隆将・羽賀龍之介と、脈々と系譜が受け継がれた日本の花形階級。それを受け継ぐ男としてずっと期待されている選手だと思いますので、それに応えるためにもここはしっかりと勝ってほしいという気はしますね。

古田 それでは講道館杯から透けて見えるコンディション差と、期待も込めてということで、飯田選手を推させていただきます。

関連記事一覧