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【東京世界柔道選手権2019特集】【eJudo’s EYE】現在地は紛うことなき変則柔道、阿部一二三の「出来ること」を検証する・東京世界柔道選手権2019第2日評②

阿部一二三
前2回のコラムに引き続き、阿部一二三の技術的閉塞について考えてみる
(写真は東京世界選手権2019、3位決定戦時)

→特集ページ「東京世界柔道選手権2019・完全ガイド
→第2日目評①【eJudo’s EYE】逆境で「異常性」の蓋を開けた丸山、「後の先の後」にやってくる世界
→[参考] 【eJudo’s EYE】グランドスラムを目前に、阿部一二三の「ライバル不在」を危惧する・バクー世界選手権52kg級、66kg級評(2018年11月23日)
→[参考] 【eJudo’s EYE】阿部一二三の技術的閉塞と「これから」の手立てを真面目に考える(2019年4月4日)

文責:古田英毅

あらためて今大会を見てみて。阿部一二三の投げ勘とセンスはやはり凄まじい。マッテオ・メドヴェス(イタリア)の前襟狙いの手を一瞬で外すなり両袖を殺しての右大外刈「一本」、いったん決めの段階を透かされて投げられかけたマニュエル・ロンバルド(イタリア)を、ならばと絶対に後の先の猶予を与えぬ、釣り手ごと抱き込んで隙間を潰した右大腰「一本」。反射神経といいチャンスを逃さぬ勝負度胸といい、さすがというほかはない。

筆者は、昨年の世界選手権時から一貫して阿部の技術(おもにその閉塞についてだが)を追いかける記事を書いてきたのだが、その「阿部が次に何を盛って来るのか」という観点をあおった者の責任として、また、第2日評で「阿部が出来ることの範囲が広くない」と言ってしまったその説明として、今回も阿部の技術を検証する文章をものしてみたい。その源泉には、圧勝した昨年のバクー世界選手権で感じた違和感、「組み合って柔道が出来ない」と感じさせるあの不自由さは何かをなんとか言葉にしたいという衝動がある。

先に言っておきたいのだが、これは前3回同様、あくまで外野のファンの仮想であり思考実験である。いわば素人の妄想。前回のコラム「阿部一二三の技術的閉塞を真面目に考える」にライターの佐藤温夏さんが「私もよくやる」と与えて下さった名前を借りれば、私なりの「ひとり強化会議」である。もし実相と違う、観察が出来ていない、ということであればそれはそれでアリ。これを下敷きに大いに議論してみてもらいたい。みなさんの思考を刺激することができればそれで十分幸せである。また、以下はあくまで「水準以上の相手の試合」を基準とした観察であることも、あらかじめお含み頂きたい。

 

阿部一二三
阿部の前技は畢竟「詰めて、揚げて、横回転で投げる右技」一種類のみ。 (写真は2018年グランプリ・ザグレブ時)

阿部の最大の武器であり、売りである「前技」について。

何から説き起こすべきか。まず阿部の背負投が本質的には腰技で、かつ阿部が使う足さばきがほとんどすべて右の前回り捌き、あるいは斜めに詰める継ぎ足であることを指摘したい。「多い」のではない。ほぼすべてがこれだ。これしかできないとまで言ってしまって良いと思う。後回り捌きはゼロ。これで、相手を前に引き出すのではなく右肩を相手にぶつけるように自分から「詰めて」相手の体重の下に入り込み、引っこ抜く。相手を前に引き出さない、かつ腰技なので、相手を自分の背を横断させる体で高く捕まえると、縦回転ではなく横回転で投げる。ただし阿部の横回転は体を直角に折るところまで粘って投げ切るので、一見縦回転に見える。「縦回転’」だ。

この「詰める」ことで抜き上げる投げ方は阿部の決めの上手さ(ただし引き落とす技術はあまり巧いとは言えない)や絶対的な地力の強さを前提としたものだが、近づいて右肩を相手の体(出来れば右肩付近)にぶつけることが必要。袖釣込腰であろうが片襟の背負投であろうが、これが阿部の唯一の前技である「右の担ぎ」の、唯一最大の成立条件だ。

ただ、これが組みあって勝負出来ない不自由さの原因でもある。釣り手で自分が前襟を持つオーソドックススタイル、あるいは(決定的なことに)相手に右襟を持たれた状態からではこの「引き出さずに自分の方が詰めて、詰めること自体で抜き上げる」担ぎ技は出来ない。控えめに言って、物凄くやりにくい。だから阿部はこの形ではなく、釣り手で相手の袖を絞りたがる。相手に持たせない防御云々ではなく、そもそもここからでないと前技の起動スイッチが押せないのだ。そしてこれが嫌われると、右肩を相手から遠ざけて、片手を自由にしながら右片襟を狙う。阿部の前技のほぼすべてが片襟か両袖であるのは、このメカニズムとシナリオに則っているわけである。

襟を掴まれると手が詰まる阿部は、殺して袖を持ちたがる。 (写真は2018年グランドスラム大阪決勝)

だから、実は阿部は相手に右前襟を持たれ続けると担ぎ技が打てない。国内で阿部が比較的苦戦することが多いのは、日本の選手が自分の技を出すためにまず普通に襟と袖を持つことが多く、これをいったん切るなり剥がすなりしないと担ぎ技に繋げないからだ。切れないと実は詰む。しかし海外の選手は阿部と組み合うことが怖いと思い込んでいるので、片手状態を作りたがる。実はこれこそ阿部が一番欲しい形なのにも関わらず。

しかしもう気付いている選手はいる。少なくとも今大会2人を阿部に当てたイタリア勢は確実に気付いている。前述マッテオ・メドヴェスは試合が始まるなり阿部の右襟を抑えに掛かり、そしてここを確保している時間帯は阿部が彼を投げられる気配はほぼゼロであった。最後に大外刈で投げたシーンは、メドヴェスが右前襟を欲しがって手を伸ばしたところを阿部が間合いを外して一瞬で袖を掴み(このあたりは本当に非凡だ)、かつ両袖を持たれたことで前技を警戒したメドヴェスが一瞬後退してしまったゆえに決まったものだ。

ここまでが阿部の「出来ること」。以下はしばし、担ぎ技ファイターとして阿部が「出来ないこと」という話になる。

阿部は後回りさばきをやらない。おそらく少なくとも実戦レベルではこの足さばきが出来ない。また、軸足から起こして引き戻す回転(弊社DVD、内村直也さんの「背負投の入り方57」ではこれを後回り捌きというタームで規定している)もやらない。前回り捌きか、斜め継ぎ足による「詰めて投げる」技術、それも右のみ、まさに一辺倒である。

後ろ回り捌き(軸足スタートの回転を含む)の最大のアドバンテージは、手先の運動ではなくその回転という体全体を使った行為自体で相手の上体を強く引き出したり、引き落としたり出来ることにある。秋本啓之さんや「キューバ背負い」で一世を風靡したアシュレイ・ゴンザレス、そして内村直也さんらがその代表的な使い手と言えばイメージしてもらいやすいだろうか。

この、足のスタート位置と「軸足から回転を起こす」後回り捌きを使い分けることによっていかに豊かな世界が広がるか、いかに様々な状況、多彩な間合いで投げを決められるようになるかは内村直也さんのDVD「背負投の入り方57」を参照してもらうとして(これまた余談ながら、いま、特に中量級以上でノシてきている海外の背負投ファイターのほとんどすべてがこの「内村式」ベースである)。

阿部はこれを用いないので、相手を動作一回で大きく引き出したり引き落としたりする技術の引き出しがない。端的にこれが見えるのは自身が腰を引いた場面で、「引き出して、潜る」しか選択の余地のない(そしてほとんどの背負投ファイターはこれが出来る)にも関わらず、これが出来ない阿部は実はこの状態から掛けられる技がない。また、回るべき角度が大きく必ず後回り捌き運動が伴うケンカ四つの左一本背負投も、出来ない。以前阿部の右、左の回転運動の得手不得手を焦点にこの技術について書いたことがあるが、そもそも左右の問題だけではなかったのである。また、その際提示した「韓国背負い」による片手状態の解決という提案も、この「韓国背負い」が軸足スタートの後回り捌き回転運動を前提とする技術である以上、必然的に「出来ない」ということになる。筆者は阿部が「潜る背負投」(基本的に後回り捌き)も本質的には出来ないと思うのだが、実は低い背負投は、やる。体落様に右の片膝を着いて仕掛けるやり方だ。ただそれは阿部の背負投が前回り捌きあるいは継ぎ足のみであることの証左であって、実際にやってみればわかるが、右膝片方を折るような掛け方は前回り捌きか継ぎ足の入りに極めて向く一方、後回り捌きでは難しい。阿部は徹頭徹尾、右前回り捌きの選手なのである。

阿部一二三
両袖は巴投の好餌。 (写真は2018年グランドスラム大阪決勝)

以上のことを、最大のライバルである丸山城志郎との対戦に当てはめてシミュレーションしてみる。

丸山はケンカ四つだから、基本的には阿部の右前襟を持つ。この状態では阿部は実は担ぎ技を掛けられないから、この手を殺して袖を持ちたがる。しかしケンカ四つでここから右の担ぎを仕掛けられる両袖状態を作るためには引き手を求めねばならず、かつ自ら手を伸ばして作る両袖は丸山得意の巴投のまさに好餌である。両袖組み手は巴投ファイターに対しては絶対的に相性が悪いのだ(余談ながら、阿部詩は両袖を好む変則でありながらこのあたり自覚的で、巴投ファイターの極である角田夏実とマッチアップした際は釣り手で袖を殺し、以降は自分からはあまり動かず、相手が手を伸ばしてきた瞬間に内股に入り込んだ)。そして、前述の通り阿部は自らが腰を引いた体勢からは仕掛ける技がないのだが、丸山の内股を怖れて腰を引く場面自体は頻発する。結果技が出ない状態で丸山に内股か出足払あるいは巴投という、同じ形から複数方向への技が撃ち込まれる形を甘受する時間帯が増える。これが、第2日評で少し書いた、「技術的構図だけを考えれば丸山優位」の詳細である。

選抜体重別時に阿部が新兵器として右小外刈を持ち込んだのは一種必然で、両袖を欲しがって釣り手の袖を絞る、阿部がもっとも好むこの形からは、むしろ小外刈くらいしか上積める技がないとも言えるのだ。

阿部一二三
阿部が次に定める方向性に注目
(写真は東京世界選手権2019、3位決定戦時)

「両袖、あるいはこれに準ずる片手状態を一方的に作り、かつ自分の背筋が伸びている状態からしか得意の前技が出せない。しかも前技の手持ちは「詰めて仕掛ける右技」という実質一種類のみ」

これが阿部に感じる不自由感を総括する言葉となる。

大腰や「抱きつき大内刈」も、右手がフリーな特殊な状態から仕掛けるもので、攻防どんな技術も繰り出せる「組み合った」状態から仕掛けられるものではない。切った張ったを繰り返しながらこの極端に狭いシチュエーションただ1つを作ること以外に阿部には攻めの起点がなく、前に詰めること以外に出口もない。これは、選手としてはむしろ海外の一発屋タイプに多い型だ。一本柔道を標榜する阿部だが、タイプとしては王道ではまったくなく、紛うことなき「変則柔道」である。

かつてはもう少しバランスの良い柔道をしていたと思うのだが、強豪との連戦が続く中で、棲み易い技術を増やした結果、偏りが増したのか(例えばかつてほど「肘抜き背負投」は見せない)、あるいは無理のある「縦回転’」を続けて手首や脇腹を痛め、出来ることが減ってしまっているのか。

ただ、これも第2日評で書かせて頂いたのだが、このレベル(育成カテゴリではなく勝負カテゴリ)にあっては「変則」は決して悪ではない。自身がその変則を生かす形を存分に練り上げればむしろそれはアドバンテージになり得る。王道タイプのようにこれまで先人が練り上げたオーソドックスな法則や作りを流用出来ないので、投下せねばならない思考量が増えるというだけのことだ。今回も、変則ということでいえば、阿部と同じく両袖&片襟の前技が得手の81kg級サギ・ムキ(イスラエル)、後の先に嵌める60kg級ルフミ・チフヴィミアニ(ジョージア)、右組み左技しかない本来であればジリ貧タイプのはずの90kg級ノエル・ファンテンド(オランダ)、100kg超級ルカシュ・クルパレク(チェコ)らチャンピオンの座に就いた選手は過たず、自身の変則に相手を嵌めるべくカスタマイズした膨大なシナリオと引き出しを備えている。そもそも、このマイカスタムの技術体系を練りに練り上げることで変則のアドバンテージを最大化するというトレンドを引っ張ったのが、いつも阿部の近くにいる73kg級の世界王者橋本壮市(パーク24)である。変則とは、出口がハッキリしているぶん物事が考えやすい、かつ、自分のフィールドだけに相手に倍する思考量を投下出来るというアドバンテージもあるのだ。

もう少し踏み込めば。大野将平のような王道ファイターですら、柔道の強さ以上にまさにこの思考量と自分カスタムの「入り口、分岐、出口」をしっかり押さえた技術体系の練り上げで他を圧している。いまやこの「技術体系の練り上げ」(今回の世界選手権の評全体を通じた重要事項なのだが、まだ適切な言葉が探せていない。言葉足らずの表現で恐縮である)こそが、チャンピオンの条件であると言っていい。阿部の王座陥落は、変則でありながらこれとまっすぐに向き合い切れず、一種王道スタイルのような進退の中で変則のスイッチを探すという緩い方法論、スタイル的な矛盾、練り上げの足りなさが因。この「練り上げ」の部分で王座に届いていなかったと解釈できるのではないか。

出来ることがこれだけ少なくなりながら、かつそれぞれの技術が連携せず寸断された状況にありながらここまでの結果を残した阿部の投げ勘、反射神経、センスはまさに出色。ただこの先もう一段の躍進を期すのであれば、必要なのは間違いなく「思考量」である。

阿部が現在の方向性を延長して変則柔道を極めるのか、はたまた再び王道の本格派を目指すのか。いずれにせよ現在の彼に必要なのは「変則の自分」を受け入れ、これを生かすべく思考量を投下することであると総括してこの稿を終えたい。

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