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【東京世界柔道選手権2019特集】素根輝みごと初優勝、決勝は難敵オルティスを力と理で退ける・78kg超級速報レポート

初優勝の素根輝 Sone Akira
初優勝の素根輝

日時:2019年8月31日
会場:日本武道館

取材:eJudo編集部/文責:古田英毅
撮影:乾晋也、辺見真也
→東京世界柔道選手権2019組み合わせ(公式サイトippon.org内)
→特集ページ「東京世界柔道選手権2019・完全ガイド
→女子78kg超級直前プレビュー
→女子78kg超級全試合結果

東京・日本武道館で行われている東京世界選手権2019は31日、個人戦最終日の男子100kg超級と女子78kg超級の競技が行われ、女子78kg超級は素根輝(環太平洋大1年)が優勝した。素根は初優勝、決勝は第1シードのイダリス・オルティス(キューバ)を破った。昨年度の世界王者朝比奈沙羅(パーク24)は準々決勝でカイラ・サイート(トルコ)に敗れ、3位に終わった。

準決勝、素根がカイラ・サイートから左体落「技有」
準決勝、素根がカイラ・サイートから左体落「技有」

素根は組み手を制し、相手の出口を塞いだうえでしっかり決めるという手堅さと取り味を両立させた柔道で決勝進出。2回戦でハン・ミジン(韓国)を1分10秒上四方固「一本」で退けると、3回戦はアナマリ・ヴェレンセク(スロベニア)をGS延長戦の小外刈「一本」、準々決勝はラリサ・セリッチ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)を3分41秒「指導3」と強豪相手に順調に勝利を重ね、準決勝では前戦で朝比奈を破ったカイラ・サイートを僅か27秒体落と崩袈裟固の合技「一本」で一蹴。危ない場面ないまま、全試合一本勝ちで決勝まで勝ち上がった。

準決勝、イダリス・オルティスがマリア=スエレン・アルセマンから左一本背負投「技有」
準決勝、イダリス・オルティスがマリア=スエレン・アルセマンから左一本背負投「技有」

一方のオルティス、予選ラウンドは動きが重く、調整失敗が疑われるほどのスロースタート。2回戦はモニカ・サグナ(セネガル)を3分14秒「指導3」、3回戦はホーテンス=ヴァネッサ・ムバラ=アタンガナ(カメルーン)をGS延長戦1分16秒の「指導3」と、いずれも無名選手を相手に長い時間を戦う、煮え切らない立ち上がり。しかし準々決勝、ベアトリス・ソウザ(ブラジル)を3分47秒の崩袈裟固「一本」で破った試合から動きが冴え始め、積年のライバルであるマリア=スエレン・アルセマン(ブラジル)を畳に迎えた準決勝はほぼ全開。「指導2」対「指導1」でリードした延長戦31秒に一本背負投「技有」を奪ってしっかり決勝まで辿り着いた。

素根輝が金メダル
オルティスとの知恵比べとなった決勝は「指導2」対「指導3」で素根の勝利に終わった。

決勝は極めて戦術性の高い、見ごたえのある一番。詳しくは後述の戦評に譲るが、戦術派の極みであるオルティスが次々手立てを繰り出して罠を張り、しかし素根があっという間に適切な引き出しを開けてその上を行くという展開が続く。地力に勝る素根の前進をオルティスがその陣地深く引き込んで嵌めんとするというこの試合は互いが「指導2」を得た状態で6分以上の長きにわたったが、最後は素根の釣り手のこじ上げを面倒とみたオルティスがこれを抱え込み、しかしすぐさま素根が抱え込ませたまま圧力を掛けて下げる、という場面で収着。主審がオルティスに場外の「指導3」を与えて試合が終わった。

オルティスの柔道はまるで深い森。迂闊に足を踏み入れるといつの間にか自身が「指導」を貰う杣道に誘い込まれ、最後は崖から突き落とされてしまう。世界選手権に極端にフォーカスし、他の大会を捨てることも多い「本気のオルティス」を相手に、しかも「指導」の取り合いというステージで勝利するのは大変なこと。素根の安定感、強さとともに、オルティスというレベルの高い敵役を得たことでその戦術性の高さや引き出しの豊かさが確認出来た大会となった。

3位決定戦、朝比奈はアルセマンを払腰「一本」で破って銅メダルを確保。
3位決定戦、朝比奈はアルセマンを払腰「一本」で破って銅メダルを確保。

連覇を狙った朝比奈は前述の通り、準々決勝でサイートに敗退。ここまで2勝1敗、2018年グランプリ・ザグレブで思わぬ黒星を喫した経緯のあるサイートに奥襟を叩かれ、防御姿勢の咎で「指導」失陥。以後、再三首抜きの「指導」を狙う相手の意図を弾き返せず、いずれも首抜きで2つの「指導」を失って本戦トーナメントから脱落した。敗者復活戦と3位決定戦をいずれも「一本」で勝ち抜けてしっかり銅メダルは確保したが、初戦でロチェレ・ヌネス(ポルトガル)に「一本」級の裏投で放られる(判定は「技有」)など、攻めも守りも精彩を欠いた。

3位には朝比奈のほか、日本人2名と激戦を繰り広げたサイートが入賞。表彰台には素根と朝比奈とオルティス、残る1枠にその日好調の選手が入るという事前予測とほぼ違わぬ顔ぶれが揃うこととなった。

入賞者と決勝ラウンドの戦評、日本代表選手全試合の戦評は下記。

入賞者

78kg超級メダリスト。左から2位のイダリス・オルティス。優勝の素根輝、3位のカイラ・サイートと朝比奈沙羅。
78kg超級メダリスト。左から2位のイダリス・オルティス。優勝の素根輝、3位のカイラ・サイートと朝比奈沙羅。

【入賞者】
(エントリー40名)
1.SONE, Akira (JPN)
2.ORTIZ, Idalys (CUB)
3.ASAHINA, Sarah (JPN)
3.SAYIT, Kayra (TUR)
5.ALTHEMAN, Maria Suelen (BRA)
5.SOUZA, Beatriz (BRA)
7.CERIC, Larisa (BIH)
7.KINDZERSKA, Iryna (AZE)

【成績上位者】
優 勝:素根輝
準優勝:イダリス・オルティス(キューバ)
第三位:朝比奈沙羅、カイラ・サイート(トルコ)

決勝ラウンド戦評

【3位決定戦】
カイラ・サイート(トルコ)○横四方固(2:53)△ベアトリス・ソウザ(ブラジル)

SAYIT, Kayra and SOUZA, Beatriz
3位決定戦、サイートは負傷のソウザが膝を着くと押し込んで抑え込む。
SAYIT, Kayra and SOUZA, Beatriz
「参った」を受けて、サイートがソウザを気遣う。

右相四つ。開始早々、ソウザが左構えのサイートに対して右払腰。サイートが左体落をかち合わせると軸足を引っ掛けられたまま前に潰れるが、この際おそらく膝を負傷。しばし立ち上がれず、片足をひきずってなんとか歩くことだけは出来るという体。ようやく試合が再開されると右大外落に打って出るが軸足を踏み込んだ瞬間痛みゆえか両手を離して潰れてしまい、33秒偽装攻撃の「指導」。サイートは引き手を折り込み、片襟を掴んで近い足への支釣込足の形で蹴り崩し、浮落様に捩じる。決定的な怪我をさせぬよう、しかししっかり結果は取ろうという手堅い作戦。ソウザ捩じられると膝から崩れ落ち、またもやしばし立てず。
以後もサイートが蹴り、ソウザが右大外落に潰れて立てないという絵が続く。見た目はサイートがどう仕留めるかだけが焦点の試合になったが、しかしサイートの側は1分過ぎの左体落からの巻き込み潰れ以外にこれという技がなく、ソウザが3度目の右大外落に潰れた直後の2分2秒にはサイートにも消極的の咎による「指導」。
さすがにもう情けを掛けているわけにはいかないサイート、足元を蹴っては左袖釣込腰と捩じる動きを続けてチャンスを探す。ソウザ右小内刈から右払腰と繋いでいま一度の攻撃を試みるがまたしても潰れ、痛みに顔を歪めて立てず。残り時間は1分半を切る。

ここでサイートが時計回りの支釣込足で2度大きく回旋運動を強いると、踏ん張れないソウザが両膝を着いてしまう。一瞬ウォッチしたサイート意を決して膝を腹に当てる形で乗り込み、ソウザは逆らえず真裏に転がって背中を着く。サイートがそのまま横四方固に抑え込むと観念したソウザが「参った」を表明し、2分53秒「一本」で試合が終わった。サイートは2年連続の銅メダル獲得。

【3位決定戦】
朝比奈沙羅○払腰(3:56)△マリア=スエレン・アルセマン(ブラジル)

3位決定戦、朝比奈はアルセマンを払腰「一本」で破って銅メダルを確保。
3位決定戦、朝比奈がアルセマンから払腰「一本」

朝比奈が右、アルセマンが左組みのケンカ四つ。朝比奈支釣込足で先制攻撃、アルセマンにたたらを踏ませて試合がスタート。朝比奈は両襟、アルセマンも応じてじりじり両者の距離が詰まる。アルセマンが背筋を伸ばして近づき、近づいては釣り手を奥に回して左払腰を狙い、頭を下げられた朝比奈が支釣込足で剥がし、払腰を打つという形で試合が進む。
朝比奈は1分56秒の組み際に両襟の右払腰、アルセマンを膝から潰すも投げ切れず。2分42秒には組み負けた形を切る意図で右内股に潰れるも、手数が認められてここで消極の「指導1」をもぎ取る。2分58秒の両襟から放った右払腰も引き手が切れて潰れて「待て」。作りが足りず、技のボタンを押すタイミングに必然性が感じられない。残り1分には両襟で釣り手を内側から得る良い形を作るが自身の頭が下がってしまい、アルセマンに奥襟を許すこととなってしまう。大枠優位も予断を許さぬ試合展開。

しかし残り4秒、支釣込足で一旦間合いを整えると両襟組み手からひときわ思い切って右払腰。アルセマンの釣り手に内側を許す決して良い形ではなかったが、肘を挙げることで距離が詰まり、ともども前に倒れる形で畳にバウンド。そのまま間をおかず回旋を呉れて乗り込んだことで、形としては相手が一回転して背を着いた格好となる。主審が「一本」を宣告して試合終了。朝比奈しっかり銅メダルを確保。

【決勝】
素根輝○GS反則[指導3](GS4:09)△イダリス・オルティス(キューバ)

決勝は熱戦8分、オルティスが場外で3つ目の「指導」を失って決着
決勝は熱戦8分、オルティスが場外で3つ目の「指導」を失って決着

素根が左、オルティス右組みのケンカ四つ。素根が良い形で釣り手を入れるがオルティスすぐさま外から肘を載せる圧で嫌わせてやり直させ、以後は釣り手の位置の良し悪いを細かく交換しながら、引き手争いが続く。オルティスが左一本背負投、素根が左体落と見せて互いに加速のチャンスを探しながら試合は拮抗。オルティス右大内刈で開いて右小内刈、さらに左一本背負投と見せるが技自体は軽く素根は動ぜず。圧力に勝る素根が重心を低く保ったまま前に出てオルティス場外に出されるが、出ながら右払腰、さらに左一本背負投と2つ続けて仕掛けて展開はいつの間にかオルティス優位で終わってしまう。このあたりがこの人の恐ろしさ。直後、数秒両者が手先を絡ませて駆け引きすると主審すぐさま動き、2分44秒双方に「取り組まない」咎による「指導」。

ここでオルティス突然構えを左に替えて、左手で素根の奥襟を叩く。一種受け入れてしまった素根袖を絞って脱出、自らの左体落に繋ぐがこの際首を抜かされてしまっており、3分11秒素根に首抜きの「指導」。続く展開、オルティス二匹目の泥鰌を狙ってまたもや左で叩くも素根素早く引き出しを開けて対応、これを中途でブロックするなり絞り落とし、自身が引き手をしっかり握った組み手に変換してしまう。素根が左体落を2度繋いだところでタイムアップ、試合はGS延長戦へ。

延長開始早々、素根は引き手から持つと斜めからなんと組み手とは逆の右大内刈で攻撃。さらに今度は左大内刈で前に出る。オルティスは展開を切るべく浮技に身を捨て、素根が潰して「待て」。

素根左大内刈と左体落を繋いで良く攻め、延長1分4秒ついにオルティスに消極的の咎で2つ目の「指導」。あと1つの「指導」で優勝が決まる素根勢いを得て前に出ると、オルティスは左組みにスイッチして左で奥襟を叩きに来る。「指導」で試合が動いた直後の大事な時間帯に早い判断の攻撃、しかし素根良い反応でブロックすると絞り落とし自分の組み手に変換。するとオルティスこれまで見せなかった右内股を、それも思い切り仕掛けて決して素根に展開の優位を与えない。素根左体落と左大内刈を組み合わせて攻め、一歩抜け出そうと図るが、オルティスは左へのスイッチと左一本背負投、さらに左背負技で追走。前に出、優位を取っているのは素根なのに気付けば数秒で展開上の優位はオルティスに移ってしまうという気の抜けない状況が続く。

オルティスがまたもや左にスイッチせんとすると素根一瞬で対応、今度は下がりながらスペースを空けて前に煽り出す巧さを見せるが、オルティスなんとこの引きに合わせて今度は右で奥襟を叩き右大外刈。双方いったいどこまで引き出しがあるのか、なぜ初見の戦術に初回でしかも一段上の対応が出来るのか、まことに見ごたえのある駆け引き。素根釣り手の肘をこじあげて左体落を見せるがオルティス回り込んで右払腰で対応、この肘の操作が厄介とみるや続く展開では釣り手で下から腕を抱え込み、いったんこの動きを封じてしまう。

しかし素根は抱え込まれたまま釣り手側での圧の掛け合いに応じ、オルティスを一歩、また一歩と下げる。引き手を争いながら前進、オルティスが回り込もうとすると瞬間大内刈を掛けて崩し、そのままたたらを踏ませて場外へと出す。オルティスここは場外に出るしか出口がなく意外なほどあっさり畳を割るが、もはや残されたスコアの猶予はゼロ。主審がオルティスに場外の「指導3」を与えて試合終了。素根が世界選手権初優勝を飾ることとなった。

オルティスの柔道はまるで出口のない森。下手に足を踏み入れればいつの間にか自身の「指導」に至るルートに誘い込まれてしまう。この戦術派の鬼であるオルティスに「指導」で勝つのは大変なこと。極めて見ごたえのある試合であり、相手の役者のレベルが上がったことで、普段は見えにくい素根の戦術性の高さがしっかり確認出来た一番であった。

日本代表選手全試合戦評


素根輝(環太平洋大1年)
成績:優勝


【2回戦】
素根輝○上四方固(1:10)△ハン・ミジン(韓国)

2回戦、素根はハン・ミジンを袖釣込腰で転がすとそのまま腕を制する
2回戦、素根はハン・ミジンを袖釣込腰で転がすとそのまま腕を制する

左相四つ。素根、引き手で前襟を掴んで接近。持たせたくないハンは左右の手を順番に出しては自ら切る「突っ張り」状態で試合にならない。素根は右袖釣込腰を仕掛けるが浅く、「待て」。再開後またも「突っ張り」を続けるハンに素根が敢えて引き手で袖を持たせると、ここまで偏狭だったハンはいったん納得した様子。足技を出して僅かに素根の引き手に持ちどころを与える。素根すかさず肘抜きの右袖釣込腰。相手を頭越しに抜け落とすとそのまま腕を制して上四方固。問題にせず「一本」。

【3回戦】
素根輝○GS小外刈(GS0:24)△アナマリ・ヴェレンセク(スロベニア)

素根輝とアナマリ・ヴェレンセクRound 3, Sone threw Anamari Velensek with kosoto-gari and got Ippon.
3回戦、素根がアナマリ・ヴェレンセクから小外刈「一本」

超級にあってはひときわ低身長の素根、もと78kg級ながら女子柔道きっての長身のヴェレンセクという対照的な絵面の一番。この試合は素根が左、ヴェレンセク右組みのケンカ四つ。高所から奥襟を叩くヴェレンセクに対し素根巧みにこれをずらしながら前進。下げられるヴェレンセクは両襟も交えて素根の前進を止めようとするが腰が浮き気味、大枠は前に出る素根有利の形で試合が進む。52秒両者に消極的の咎で「指導」。素根は釣り手の肘を入れて手首との角度を直角に保ったまま顎下に掌を入れ、このいつでも担ぎ技に入れる形のまま引き手を求めて前進。ヴェレンセクが下がれば大内刈で追い、踏みとどまれば体落で崩してと自在の進退。ヴェレンセクが場外に逃れて展開が切れた2分27秒には、防御姿勢の「指導2」をもぎ取る。この時点ではすぐにでも勝負が決まっておかしくない情勢に思われ、かつ以後も素根が肘を畳んでの大内刈をベースに前に出続けたが、主審はヴェレンセクの下がりながらの足技をひとまず攻撃と解釈したか、あるいは投げによる決着を期待したか敢えて3つ目の「指導」を与えず試合を注視。2分50秒には素根の大内刈でヴェレンセクが真裏に転んだがこれも尻餅でポイントとは認められない。続いての右袖釣込腰もあまりの身長差ゆえか今少しで決まらず、このまま試合はGS延長戦に縺れ込む。

延長開始早々、ヴェレンセクが釣り手を前襟から背中に持ち替えた瞬間に素根が深く左小外刈。これまでとは異なる外側の技、しかもそもそも下げられながら組み手を持ち替えるタブーを犯していたヴェレンセクは到底これには耐えられない。転がって「一本」。試合展開を考えれば時間が掛かったという印象だが、素根面倒な長身選手をしっかりクリアしてプールファイナル進出決定。

【準々決勝】
素根輝○反則[指導3](3:41)△ラリサ・セリッチ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)

素根(SOEN AKIRAとラリサ・セリッチCERIC, Larisaの準々決勝
素根とラリサ・セリッチの準々決勝

素根が左組み、両組みのセリッチは意外にも左相四つの形で試合をスタートする。素根先んじて引き手で袖を得、両袖で絞ろうとするセリッチの右を引きはがしては相手の肘下に左釣り手の拳を押し込んでの左体落、さらに右袖釣込腰で攻める。時折セリッチが右に構えを変えて奥襟を狙うが構図を変えるまでの脅威にはならず、大枠この図式のまま試合が進行。前に出ながらこの2つの技の組み合わせで仕掛ける素根を止める手立てがセリッチにはなく、左体落で崩された1分37秒「指導1」、右袖釣込腰に左大内刈と素根の攻撃で終わるシークエンスが2つ続いた2分33秒には「指導2」と着々反則が累積。視界良好の素根に作戦を変える必要はなく、一方時折右に構えを変えるセリッチは素根に左を絞られると慌てて左組みに戻してと腰が定まらぬまま苦しい進退。目を瞑る体で思いきり仕掛けた右払腰も素根に捲られかけて却って危機、採り得る作戦の幅がどんどん狭くなっていく。
素根が左体落で転がし、さらに右袖釣込腰で大きく崩してと有効打を2つ続けた3分41秒主審が動き、セリッチに「指導3」。派手さはないが一方的、危なげのない試合であった。

【準決勝】
素根輝○合技[体落・崩袈裟固](0:27)△カイラ・サイート(トルコ)

素根輝(SONE AKIRA)とカイラ・サイート((SAYIT, Kayra)
準決勝、体落でサイートを転がした素根はそのまま崩袈裟固で抑え込む

素根が左、サイート右組みのケンカ四つ。サイート時計回りに動きながらまず引き手で袖先を得るが、素根はこの手先に右で対応しながらこの間にすばやく左釣り手で前襟を握る。いったん引き手を切り、すかさず握り直すとほぼ完ぺきな組み手が完成。釣り手で外側から浅く奥襟を持たされる形となったサイートは大きく釣り手を振って下から巻き返そうとするが、素根釣り手の肘を畳んでがっちりブロック。サイート仕方なしにこれを外側に戻さんとし、一瞬どこも持っていない完全な片手状態。掴もうと手を伸ばしたところに素根が左体落を叩き込むとサイート躓くように一回転「技有」。朝比奈は半身のサイートと畳の間に体を乗り込ませ、引き手を強く引っ張りながら崩袈裟固。敢えてこの形を直さず体重を前に掛けながら10秒を抑え切る。合技「一本」、この間僅か27秒という完勝で素根は決勝進出決定。

【決勝】
素根輝○GS反則[指導3](GS4:09)△イダリス・オルティス(キューバ)

※前掲のため省略

朝比奈沙羅(パーク24)
成績:3位


【2回戦】
朝比奈沙羅○GS払腰(GS1:23)△ホシェリ・ヌネス(ポルトガル)

朝比奈沙羅とホシェリ・ヌネス Asahina Sarah and Rochele NUNES
初戦から大苦戦の朝比奈、払腰「一本」でホシェリ・ヌネスを振り切る。

朝比奈が右、もとブラジルの3番手で今年からポルトガルに移籍したヌネスが右組みのケンカ四つ。両者ともに組み手は両襟、ヌネスはこの際釣り手を内側に入れる有利を得てじわりと前へ。ともにこのまま場外に出て、37秒双方に防御姿勢の「指導」。続く展開もヌネスは先んじて両襟、先に釣り手を内側で閉められて持ち所がなくなってしまった朝比奈は背中を僅かに探り、次いで内を潜らせながら右払巻込。これは明らかに掛け潰れ狙いで単に展開を切るにとどまり「待て」。続く展開も朝比奈釣り手を内側で閉められてやや苦境、下から巻き返しながらの右払巻込に潰れるがこの技も可能性のないまま「待て」。どうやらこの試合の前線はこの両襟釣り手の内側-外側の攻防にある気配。

攻めのきっかけが掴めない朝比奈だが、2分が近づくところで先に釣り手を絞ってブロック。ヌネスが内側から奥襟を掴もうと手を伸ばしたところに思い切った右払巻込を打ち込む。ヌネスほとんど腹這いに落ちるが接地の一瞬肩が入った模様で1分58秒「技有」。朝比奈これは巧みな一撃であったが、しかし2分46秒、ヌネスがしっかり内側を得ているにも関わらず再びの払腰に打って出る軽挙。ヌネスいったん襟を突いて止め、続いで腰を抱えこんで裏投一撃。朝比奈完全に死に体で一回転、見た目は完全な「一本」。しかし主審の判定はなぜか「技有」に留まる。朝比奈命拾い。

以後は互いに巻き込み技に潰れる展開が続く。朝比奈は得意の支釣込足が冴えず展開が硬直。終盤、ようやく支釣込足で相手を開いて払腰に入り込む作りの効いた仕掛けがあったが肘が抜けて潰れてしまい「待て」。ヌネスの側は左大内刈から左払巻込に繋ぐ良い展開を作るがこれは朝比奈の体格に押されて投げ切れない。試合はタイスコアのままGS延長戦へ。

同様の展開が続いたGS1分22秒、朝比奈が先に両襟を得ると、ヌネスは一瞬持ちどころを探ってその手が空を切る。機と見た朝比奈気合いの一声とともに右払腰。崩しが足りず、ヌネスが耐えて一瞬技は止まったが巻き込む形で強引に投げ切り「一本」。朝比奈なんとか初戦突破。

世界王者としては少々不格好な滑り出し。2度払巻込でポイントを取っているがいずれも作りに理が薄く、単に相手の体勢によって成否が決まったという印象。そもそも2分46秒に食った裏投は完全な「一本」である。果たしてこれが初戦の硬さによるものなのか、朝比奈の柔道自体の閉塞なのか。評価は次戦以降に委ねられる。

【3回戦】
朝比奈沙羅○払腰(3:10)△ミリカ・ザビッチ(セルビア)

3回戦、朝比奈がミリカ・ザビッチから払腰「一本」
3回戦、朝比奈がミリカ・ザビッチから払腰「一本」

右相四つ。朝比奈は両襟、ザビッチは横変形にずれて圧を避けながら足を出す。朝比奈支釣込足を打つが踏み込みがなく崩せず、ザビッチが場外に向けて右背負投を放って展開が切れ「待て」。53秒には双方に「指導」。続くシークエンスも相似の展開、朝比奈じわりと前に出続けるが横変形にずれるザビッチを捕まえきれず、またもや場外への右背負投を許す。初動で出遅れて返すことは出来ず、直後の1分56秒朝比奈に消極的との咎による「指導2」。朝比奈、なんとビハインドである。

朝比奈は前へ。切り合いの中で引き手一本で前襟を持つ形が出来上がるが、これで軸が出来、ザビッチは却って横変形にずれることが難しくなる。朝比奈大きく踏み込んで膝車、ザビッチ残したものの大きく崩れる。ようやく効く技が出始めた印象

再び切り合いの中で朝比奈が引き手から先に持ち、次いで釣り手で横襟を得る。横変形にずれたいザビッチ押し込みながら相手の右に移動するが、そこに朝比奈が気合いの声とともに右払腰。移動とかち合い、釣り手側に呼び込む形となったこの一撃はまともに入り、ザビッチ吹っ飛んで「一本」。

【準々決勝】
朝比奈沙羅△反則[指導3](3:44)○カイラ・サイート(トルコ)

朝比奈沙羅とカイラ・サイート
サイートに奥襟を叩かれた朝比奈、支釣込足を打ちながら首を抜いてしまう

右相四つ。以前朝比奈に「指導3」で勝利した経験のあるサイートは自信満々、一呼吸で引き手で袖、釣り手で奥襟を得て支釣込足を放つと朝比奈あっさり崩れて腹ばい「待て」。朝比奈両襟で対峙もサイート引き手で袖、釣り手で奥襟を叩いて良い形。朝比奈は頭が下がってしまい、ゆえに支釣込足は効かず。釣り手の肩が下がったまま、払腰を狙ってか下を向いて進退するため頭を上げることが出来ず、1分10秒防御姿勢で「指導」失陥。

サイートは朝比奈の引き手をブロックするとまたもや釣り手で奥襟を高く叩き、引き手で袖を折り込むほぼ万全の形。苦しくなった朝比奈頭を下げたまま支釣込足、しかしこれで柔道衣がさらにずれ、打った瞬間首を抜く形となってしまう。サイート抜かれた形を確信的にそのまま維持、主審はしばし注視したのちに試合を止めて朝比奈に首抜きの「指導2」。前段の「指導」失陥からここまで僅か26秒。スコアは0-2、朝比奈一方的ビハインド。

サイートは奥襟で密着し、足元に蹴り崩しの支釣込足を入れ続ける。釣り手の肩が下がった朝比奈、サイートが絞って左に重心を掛けるこの形を利用する体で2分すぎに支釣込足で大きく崩すが、この試合効のあった技は結果的にこれのみ。サイートが奥襟を叩き、引き手で袖を絞ると絞らせた手を流しての右払巻込に打って出るも、あきらかに展開を切るためだけのエスケープ。続いて放った両襟からの支釣込足もサイートが崩れ際に腕を抱え、外巻込の形で自身の攻撃に変換して展開が終わってしまう。

終盤、サイートが奥襟を叩き、支釣込足を数度放つと頭を下げられた朝比奈が姿勢の直し際に首を抜いてしまう。これは柔道衣が頭に引っ掛かったと判断したか主審がスルーして朝比奈は命拾いしたが、サイートは続く展開でも奥襟を叩いて頭を下げる朝比奈をウォッチ。明らかにもう1度首を抜かせる作戦。しかし朝比奈圧に窮して支釣込足を打ちながらやはり首を抜いてしまう。2つ目の「指導」失陥時とほぼまったく同じ形。主審が朝比奈に「指導3」を宣告して試合が終わった。指導差0-3、朝比奈は完敗である。

朝比奈の柔道の混乱極まった一番。右払腰を狙ってか相手の足元を見続けるが、これまでの支釣込足仕様のフォームを直せずそもそも釣り手の肩が下がったまま。ゆえに釣り手の高さが必要な払腰は打てず、しかもこれまで腹を出して姿勢を良くすることで作りが出来ていた支釣込足も利かず、この体勢から無理をして支釣込足を打てば打つほどさらに頭が下がる。払腰の切れ味復活を目指して減量したところが、相手を下げる圧がなくなり、ゆえに表の右技を怖がらなくなった相手には裏の支釣込足も利かない。以上は構造的な問題であるが、この試合に関して言えば、そもそも力的に負ける相手ではなく、現場で「頭を上げる」というシンプルな原則に立ち戻るだけでも十分修正が利いたはず。この点に関して言えば、敗戦歴のある相手にリードされてメンタル的なパニックを起こした可能性もある。準備から現場の戦い方まで、自滅と評するほかはない。己に負けた大会であった。

【敗者復活戦】
朝比奈沙羅○支釣込足(2:20)△ラリサ・セリッチ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)

朝比奈沙羅(Sarah Asahina)とラリサ・セリッチ(CERIC, Larisa)
朝比奈がセリッチを支釣込足「一本」に仕留める

朝比奈が右組み。両組みのセリッチは右構えを選択、いきなり朝比奈の奥襟をガッチリ深く叩く強気。格上にはケンカ四つで対峙するセリッチが世界王者を相手にこの挙動、前戦を見て朝比奈与しやすしと判断しての行動であることは明らか。朝比奈奮起せねばならないところだが組み負けて頭が下がり、セリッチは本来朝比奈の頭があるはずの空間を超えて釣り手で腕を抱え、右外巻込で先制攻撃。頭が下がる朝比奈はセリッチの行動を改められず、1分53秒には防御姿勢の「指導」を受けてしまう。

しかし朝比奈前に出、右外巻込を仕掛けて展開を押しとどめると、セリッチが左に組み手を変えるミスを犯して下がった2分20秒に支釣込足。釣り手はしっかり相手の腕を通して内側から前襟を握っており、この手で制動を効かせて体ごと乗り込み「一本」。朝比奈、しっかり3位決定戦進出決定。

【3位決定戦】
朝比奈沙羅○払腰(3:56)△マリア=スエレン・アルセマン(ブラジル)

※前掲のため省略

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