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【東京世界柔道選手権2019特集】クルパレク優勝、王者ツシシヴィリ倒した原沢久喜は決勝で苦杯・男子100kg超級レポート

KRPALEK, Lukas got gold medal at world judo championships 2019
ルカシュ・クルパレクが優勝を果たした

取材:eJudo編集部/文責:古田英毅
撮影:乾晋也、辺見真也

→東京世界柔道選手権2019組み合わせ(公式サイトippon.org内)
→特集ページ「東京世界柔道選手権2019・完全ガイド」
→男子100kg超級直前プレビュー
→男子100kg超級全試合結果

東京・日本武道館で行われている東京世界選手権2019は31日、個人戦最終日の男子100kg超級と女子78kg超級の競技が行われ、男子100kg超級はリオデジャネイロ五輪100kg級金メダリストのルカシュ・クルパレク(チェコ)が優勝した。決勝は日本代表の原沢久喜(百五銀行)をGS延長戦の末に「指導3」で破った。

決勝に勝ち進んだ両選手それぞれの勝ち上がりと決勝の経過を追うことから、トーナメントの様相を浮き上がらせてみたい。

準決勝、クルパレクがキム・ミンジョンから縦四方固「一本」
準決勝、クルパレクがキム・ミンジョンから縦四方固「一本」

クルパレクは、ともに優勝候補に挙げられていた原沢と昨年の世界王者グラム・ツシシヴィリ(ジョージア)の2人と山が分かれ、さらに当日のトーナメントの勝敗の転がりの運もあって比較的戦いやすい道のり。2回戦はザルコ・クルム(セルビア)を3分1秒横四方固「一本」、3回戦はシャカーママド・ミルママドフ(タジキスタン)を2分1秒の肩固「一本」。準々決勝はここまでイナル・タソエフ(ロシア)とウルジバヤル・デューレンバヤル(モンゴル)を倒して絶好調のロイ・メイヤー(オランダ)をGS延長戦2分38秒「指導3」で破る。そして唯一最大の山場となった準決勝は、韓国の新星キム・ミンジョンとマッチアップ。5月のグランプリ・フフホトでは試合終了直前に仕掛けた一本背負投を返されての小外掛「技有」で敗戦を喫した相手だが、粘り強く戦い続けてGS延長戦1分28秒縦四方固「一本」で勝利。相性噛み合わぬ相手との苦しい試合を勝ち抜き、力強く拳を握りしめて決勝進出決定。

準決勝、原沢久喜がグラム・ツシシヴィリを浮腰で投げつける。At Semifinal, Harasawa threw Tushishivili with Ukigoshi and got ippon.
準決勝、原沢久喜がグラム・ツシシヴィリを浮腰で投げつける。主審は「一本」を宣告。

一方の原沢は初戦から因縁ある相手と連戦。2回戦は一昨年の世界選手権で敗れ、オーバートレーニング症候群顕在化のきっかけとなったステファン・ヘギー(オーストリア)を内股と横四方固の合技「一本」で一蹴。3回戦は階級きっての難剣遣い、昨年のグランドスラム大阪で思わぬ一敗を喫したナイダン・ツヴシンバヤル(モンゴル)を手堅く追い詰め、最後は今年に入って冴えを見せている右小内刈「一本」に斬り落として完璧な勝利。準々決勝は身長2メートル超えの「大巨人」ラファエル・シウバ(ブラジル)とマッチアップ、敢えて相手のフィールドである「指導」の奪い合いに足を踏み入れてGS延長戦「指導3」対「指導2」で勝利。そして事実上の決勝と目された大一番、昨年の世界王者グラム・ツシシヴィリ(ジョージア)との一番は、終盤相手が仕掛けた密着の投げ合いに応じて右の浮腰で捩じり投げ、力で力を制する「一本」。原沢は審判の「技有」訂正を警戒してそのまま横四方固で抑え込み、最後の一瞬まで隙を見せず。全試合一本勝ちでクルパレクの待つ決勝へと駒を進めることとなった。

KRPALEK, Lukasと原沢久喜
決勝、クルパレクの裏投と原沢の大内刈がかち合い、原沢は頭部を強打

決勝は原沢が右、クルパレクが左組みのケンカ四つ。普段から原沢の活動拠点である日本大に頻繁に出稽古に訪れるクルパレクは原沢を格上と規定、完全に体を横に向ける変則組み手で手数を積みに掛かる。しかし原沢中盤から両手で両襟を一息に高く持つ「両襟奥」で組み止めて着実に展開を取り戻す。クルパレクの深い懐と、敢えて釣り手を低く持って隅落を匂わせる練れた組み手の前になかなか得意の内股は決め切れなかったが、試合通じて展望は決して悪しからず。しかし双方「指導2」で迎えたGS延長戦、原沢の大内刈とクルパレクの裏投がかち合い、この際原沢が額から激しく畳に落ちるアクシデント。頭がバウンドした原沢は脳震盪を起こしたのか以後は明らかに挙動がおかしくなり、これまでの戦略的な組み手が鳴りを潜めたまま、オーソドックスな戦術法則に則った動きと技を繰り返す自動運転状態。もはやすべてを振り切った投げ一撃しか勝利はない状況だが、クルパレクは捨身技を連発して原沢を大きく動かして消耗させると、最後は後帯を握って振り回し無理やり「指導」を取りに掛かる。延長3分50秒、主審ついに「指導3」を宣してクルパレクの勝利が決まった。

「指導3」でクルパレクの勝利が決まった
「指導3」でクルパレクの勝利が決まった

原沢は不運だったが、勇を鼓して攻めていたのは、再三の大外刈や浮腰で投げに出ることで原沢の圧を剥がしたクルパレクの側。原沢は準決勝までの手堅い戦いぶりから一段ギアを踏み込み切れず、「投げに出る勇気」という根源的姿勢を基準点に考えるならクルパレクの勝利は正当な結果であったともいえる。また、懐の深いクルパレクを攻略し切る技がなく、相手が「結局は内股」とヤマを張って待ち構える中で具体的な投げに至る道筋が見えなかったことは大きな課題。グランプリ・モントリオールにおけるテディ・リネール戦と同様、小型の粘戦派や担ぎ技系への対応が進んだ一方で、リオ五輪終了時に以後3年間の最大の課題に据えたはずの大型長身選手への手立てが実は積まれていないという「過ごした時間」への厳しい審判が下った一番でもあった。

BRONZE, KIM won and got bronze medal
18歳キム・ミンジョンが銅メダル獲得

3位にはキム・ミンジョン(韓国)とロイ・メイヤー(オランダ)が入賞。18歳のキムはこの日はまさに主役級の働き、2回戦ではオール・サッソン(イスラエル)との担ぎ技対決を一本背負投「技有」で制し、準々決勝ではダビド・モウラ(ブラジル)を袖釣込腰「一本」で狩って満場を驚かす。準決勝では大熱戦の末にクルパレクに屈したが、3位決定戦では6分27秒の激戦の末にあの難攻不落の巨人ラファエル・シウバを大内刈「一本」に仕留めて観客の喝采を浴びた。巨体のシウバが長い足を振り上げて大内刈に内股で攻め、小型のキムが体格差に怖じずに深々背負投に飛び込み続けたこの一番はこの日のベストバウトの一。先輩キム・スンミンが当日欠場したこともあり、韓国の一番手は名実ともにこの人の手に渡った感ありだった。

At Bronze match, Roy Meyer therw , Guram TUSHISHVILI and got Waza-ari with Tai-otoshi.
ロイ・メイヤーがグラム・ツシシヴィリから体落「技有」

メイヤーは、初戦からイナル・タソエフ(ロシア)にウルジバヤル・デューレンバヤル(モンゴル)と大物を狩り続けるもいずれもGS延長戦「指導3」の長時間試合、敗れた準々決勝もクルパレクと6分3秒を戦う大消耗戦。普段から攻めるも守るも全力、とにかくエネルギー消費の激しいメイヤーの以後の展望は決して明るくないかと思われたが、この日は常のワールドツアーのメイヤーではなかった。敗者復活戦でダヴィド・モウラを裏固「一本」に仕留めると、迎えた3位決定戦ではなんとツシシヴィリを相手に33秒「技有」先行という最高の出だし。ここから約3分半に渡る気の遠くなるような殿戦を「指導2」失陥までで戦い切り、ついに栄光の銅メダルに辿り着いた。メイヤーは前日のジョルジ・フォンセカ(ポルトガル)ばりのダンスで喜びを表現、会場をさらに沸かせていた。

入賞者と決勝ラウンド戦評、日本代表選手全試合の戦評は下記。

入賞者

100kg超級メダリスト。左から2位の原沢久喜、優勝のルカシュ・クルパレク、3位のキム・ミンジョンとロイ・メイヤー。
100kg超級メダリスト。左から2位の原沢久喜、優勝のルカシュ・クルパレク、3位のキム・ミンジョンとロイ・メイヤー。

【入賞者】
1.KRPALEK, Lukas (CZE)
2.HARASAWA, Hisayoshi (JPN)
3.KIM, Minjong (KOR)
3.MEYER, Roy (NED)
5.SILVA, Rafael (BRA)
5.TUSHISHVILI, Guram (GEO)
7.GROL, Henk (NED)
7.MOURA, David (BRA)

【成績上位者】
優 勝:ルカシュ・クルパレク(チェコ)
準優勝:原沢久喜
第三位:キム・ミンジョン(韓国)、ロイ・メイヤー(オランダ)

決勝ラウンド戦評

【3位決定戦】
キム・ミンジョン(韓国)○GS大内刈(GS2:28)△ラファエル・シウバ(ブラジル)

At Bronze match, KIM Minjong threw Rafael SILVA with Ouchi-gari.
3位決定戦、キム・ミンジョンがラファエル・シウバから大内刈「一本」

ともにこの日極めて魅力的な戦いを繰り広げて来た主役級2人によるメダル決定戦。「大巨人」シウバが右、韓国の新星キムが左組みのケンカ四つ。シウバ片足を挙げるだけで凄い迫力、この試合もまず右大内刈を突っ込んで気合いの入った先制攻撃。キムが左背負投に飛び込むと受け止めるだけではなく、意外やひらりと右内股で切り返して場内を沸かせる。一方のキムも引き手で袖を得ると、背中を波打たせるような韓国選手らしいあおりを入れて左背負投、さらに右一本背負投と深い技を連発。どんなに深く入られても背筋を伸ばして崩れぬことで相手の心を折るのがシウバの必勝パターンだが、キムは怯むことなく潜り続ける。両者譲らぬまま試合は一進一退。あっという間に4分間が過ぎ去り、勝敗の行方はGS延長戦に委ねられる。

延長開始早々、シウバが脚を振り上げて右大内刈。ケンケンで長い距離を追い、最後は内股に連絡して捩じるがキムはこの突進を残し切る。2メートルを超える巨体でここまで追い込むシウバ、耐え切るキムともに見事。キムが巴投を一発見せると、以後はシウバが右大内刈、キムが左背負投に右への横落と繰り出して攻め合う。両者疲労困憊だが、あるいは逆にそれゆえにと言うべきか、試合展開はむしろ加速気味。

延長2分半に迫るところで、シウバが右大外刈。片足を挙げることにも相当のエネルギーを擁するであろうその巨体で、それでも投げに出ることが当然とばかりに根性を振り絞っての技であったが、キムは腰を切って回避。腰を差し合う形から、相手の股中に左体落を入れる体で脚を乗り越える。そのまま僅かに左内股様に足を挙げると浮き掛かったシウバ思わず後に重心を移してバランス、そこにキムが振り向きざまの左大内刈を差し入れる。体を開いて上半身を捩じり込んだ決めの動きが良く効き、巨人シウバついに崩落「一本」。勝ったキムも、敗れたシウバもしばし立てず。双方まさに死力を振り絞った一番だった。キムは18歳にして銅メダル獲得。キム・スンミンが当日棄権する中、高らかに世代交代を宣言した形となった。

【3位決定戦】
ロイ・メイヤー(オランダ)○優勢[技有・体落]△グラム・ツシシヴィリ(ジョージア)

At Bronze match, Roy Meyer therw , Guram TUSHISHVILI and got Waza-ari with Tai-otoshi.
ロイ・メイヤーがグラム・ツシシヴィリから体落「技有」

メイヤーが右、ツシシヴィリが左組みのケンカ四つ。メイヤーこの試合もやる気満々、ツシシヴィリが左釣り手を背中に回して肩を包みに掛かるとまず右大外刈で脱出、次いで右体落に飛び込んでと激しくラッシュ。この全力攻撃ゆえ試合後半になると極端に体力が落ちる傾向があるのだが、この試合はこのスタートダッシュが奏功。続く展開、再びツシシヴィリが釣り手で背中を抱くと、メイヤー両襟を掴んでグイと下向きの圧を掛け、次いでこれをいったん揚げて右体落。ツシシヴィリ一瞬耐えて下げられた頭を左に戻し掛けたが、想像を超える力が掛かったのか、それとも股中に入ったメイヤーの外足が内側から引っ掛かったのか、突然弾かれるように再崩落。右前隅に転がって33秒「技有」。

ここからメイヤー必死の殿戦が始まる。世界王者を相手にリードするには明らかにまだ早過ぎる時間帯、ここから3分半近くを耐えねばならないわけだが、まず勇を鼓して前に出、先んじて両襟を掴み、ツシシヴィリが得意の袖釣込腰を狙って袖を絞れば敢えて逆らい過ぎず時には左組みになって粘り、あるいは先に袖を絞り落とし、とシンプルながらも引き出しを次々開けてその攻撃を封殺。こまめに足を出し、切り、必要とみれば珍しい右内股も見せて状況を流し続ける。2分過ぎにはツシシヴィリが左大外刈から左背負投と大技を繋ぐ迫力の攻めを見せるが、メイヤーは股中に潜られながらも背筋を伸ばし、馬乗りで回避。そしてこの攻防で流れを作られたと感じるやすぐさま思い切った右一本背負投で投げ掛かってあっという間に状況をリセットしてしまう。とうとう終盤まで辿り着き、ツシシヴィリの後帯を抱えての突進に屈して偽装攻撃の「指導」1つを失ったところで残り時間は1分1秒。許される「指導」はあと1つあり、これはもはや十分逃げ切り可能なラインである。

ツシシヴィリ走り寄り、背中を抱えて迫るがメイヤー両襟の背負投に潰れて「待て」。メイヤー体力が切れて来たかなかなか立てず、審判に促されて再開を受け入れると、大内刈崩れの右背負投に潰れてまたもしばし立ち上がれず。外周して時間を使い、迫るツシシヴィリを受け止めて思い切った右背負投、しかしこれも潰されてしまう。もはやこれまでとも思われたが、しかしここで主審はメイヤーの手数を認めて逆にツシシヴィリに消極的の咎で「指導」を宣告する。時計の針はついに残り29秒まで進む。

メイヤー体を大きく振って思い切り右一本背負投、ツシシヴィリが背筋を伸ばしたまま馬乗りで潰して「待て」。続いてツシシヴィリが右背負投、立ち上がると左で袖を折り込んで追いかけ、呼び込んだメイヤーが必死の右一本背負投に潰れて「待て」。主審はここで逸るツシシヴィリを制し、メイヤーに偽装攻撃の咎で2つ目の「指導」を宣告。しかし試合時間はついに、あと僅か6秒を残すのみ。

ツシシヴィリが走り込むとメイヤー僅かに下がって時間を使い、掴まえたツシシヴィリが左腕を抱え込んだところでタイムアップ。メイヤー、驚きの3位入賞である。

Roy Meyer's wiining performance
メイヤーのパフォーマンスに観客は大喝采

攻めるも守るも常に全力のメイヤー、今日はその喜びを全力で表現。礼を済ませて試合場を出る段になると、100kg級のジョルジ・フォンセカばりの陽気なダンスを披露。会場の喝采を浴びていた。

【決勝】
ルカシュ・クルパレク(チェコ)○GS反則[指導3](GS3:50)△原沢久喜

原沢久喜
決勝、原沢が右内股もクルパレクの懐の深さの前になかなか投げ切れない

原沢が右、クルパレクが左組みのケンカ四つ。ともに7月のグランプリ・モントリオールではテディ・リネール(フランス)と激戦を繰り広げた階級きっての強豪であり、かつ原沢はリオ五輪の銀メダリストで、クルパレクは1階級下の100kg級の金メダリスト。今年の世界王者を決める戦いであるとともに、東京五輪における対リネール一番手決定戦でもあるビッグゲームだ。

原沢釣り手の掌を相手の首裏に回して主導権を握らんとするが、まともに組み合って圧を掛け合うことを嫌ったクルパレクはまず右に構え、右片襟を右で引き寄せて左釣り手で背中を持つと左構えにスイッチ、かつ体をほぼ完全に横に向ける変則。このまま長いリーチで引き手を争う構えを見せる。原沢受け入れてこの段は付き合うも互いに引き手が持てず、46秒双方に片手の「指導」。

クルパレクは同じ手順の組み手を続けるが、「待て」の後の組み際に原沢がこの大会再三見せる、一気に二本で襟を深く持つ「両襟奥」で組むと形勢一変。まともに原沢の力を受けたクルパレクはまっすぐ下がり、早い判断で巴投に潰れて展開を切る。主審これを見逃さず1分24秒偽装攻撃の「指導2」。クルパレク早くも後がなくなる。

原沢またもや両手で一気に深く襟を持ち、この時間は勝機到来。一気に攻め落とすことも「指導3」をもぎ取ることも十分可能かと感じさせる情勢。しかし苦しい状況のクルパレク下げられながらも思い切った左浮腰を放って圧を剥がし、続く展開では引き手の袖を一方的に握り込んで押し込む。苦しい時にこそ思い切って掛け、前に出る。クルパレクの勇気ある行動が運を呼び込み、この突進を手で防いだ原沢に2分1秒やや意外な「指導2」。これでスコアはタイ、原沢も計算上は後がなくなってしまう。

以後は攻め合い。原沢が高い位置での両襟確保から右内股を放ち、クルパレクは左大腰で対抗。原沢は少々見過ぎの感ありもこの組み手で優位を作っては右内股を狙い、一方のクルパレクは組み手の不利を強引な左大外刈と左大腰で剥がし、手数ではむしろ先行。残り20秒には背中を抱えての左内股から左大腰、さらに右背負投と迫力の連続攻撃を見せる。残り8秒、原沢がひときわ思い切った右内股で場内を沸かせ、しかし懐の深いクルパレクを相手に投げ切れず、という場面があって本戦4分間が終了。試合はGS延長戦へ。

原沢久喜とルカシュ・クルパレク
GS延長戦、原沢は頭部を強打

延長開始早々、クルパレクが背中を両手で深く抱える抱き勝負に出て、原沢は右内股で迎え撃つ。このままお互いがバランスを取りながら息詰まる投げ合い、最後は原沢の大内刈とクルパレクの裏投がかち合って両者激しく畳に落ちる。いずれもポイントもあり得たこの攻防の判断は、双方ノーポイント。しかしこの際、原沢は額から畳に激突して頭がバウンド、脳震盪を起こしたのかその後の挙動が明らかにおかしい。

これまでの戦略的な「両襟奥」は鳴りを潜め、釣り手一本で前進を許し、引き手を争い、相手が背負投を仕掛ければ反応良く返し技を試みるものの、その判断も動きもオートマティズムに則ったどこか自動運転的な域を出ない。この状態で戦術に長けたクルパレクを凌ぐには一種思考停止した大技一発しかなさそうだが、そもそもなかなか技を打つだけの形を作ることが出来ず展望一気に暗くなる。クルパレクは場外際に詰めての浮技、さらに思い切った横掛と捨身技を連発。その度、頭が揺れる原沢はなかなか立ち上がれず、度々服装を直すことを要求されるももはやなかなか手が動かない。相当のダメージが見て取れる。

クルパレクは左肘をこじあげて押し込み、左大内刈と左内股で連続攻撃。応じた原沢は右内股巻込、力を込めて投げんとして場内を沸かすが潰れてしまい、そしてこれが最後の輝き。なんとか立ち上がって試合を再開するが、クルパレクは釣り手で後帯を握り、出し投げ様に前に振り回して無理やり「指導」をもぎ取りに掛かる。一方的な形をここまで演出されては主審さすがに動かざるを得ず、3分50秒ついに原沢に「指導3」。これで試合が決した。クルパレクみごと最重量級制覇、原沢は無念の銀メダル。

日本代表選手全試合戦評

【2回戦】
原沢久喜○合技[内股・横四方固](3:27)△ステファン・ヘギー(オーストリア)

2回戦、原沢久喜がHEGYI, Stephanから内股「技有」
2回戦、原沢久喜がステファン・ヘギーから内股「技有」

原沢が右、ヘギーが左組みのケンカ四つ。原沢まず引き手で襟、釣り手で奥襟を掴む。これをヘギーが嫌い、原沢が袖を求める形での引き手争いが続く。原沢は釣り手の肘をヘギーの腕中に入れてその動きを封じながら、幾度も腰を切って内股の牽制。ヘギーは釣り手が落とされると都度肘を上げては片手の「出し投げ」の形でやり直すが、徐々に原沢の圧力に押し込まれて頭が下がり、剥がす動きも減り始める。原沢右小内刈で相手を場外に出し、組み勝っては掛け潰れに追い込んでとまずまずの出だし。1分35秒には引き手を持つことを嫌ったヘギーに片手の咎による「指導」が与えられる。このあたりから原沢が引き手で袖、釣り手で奥襟を得て肘を入れる時間が明らかに多くなり、頭が下がったヘギーは徐々に釣り手の形を直すことに労力を割けなくなって防壁のない状態。ここまで作れば良し、と原沢は右内股。ヘギー一瞬膝を着いて耐えたが原沢そのまま押し込んで3分12秒「技有」。この流れのまま横四方固に抑え込み、合技「一本」で試合を終わらせた。原沢は一昨年のオーバートレーニング症候群発症時、ブダペスト世界選手権で敗れたヘギーをまったく問題にせぬ快勝。トラウマを「目を瞑って思い切り掛ける」ことで無闇に払拭せんとするのではなく、しっかり状況を作ってから刀を振り下ろした、冷静さの光る試合であった。

【3回戦】
原沢久喜○小内刈(3:49)△ナイダン・ツヴシンバヤル(モンゴル)

原沢久喜とナイダン・ツヴシンバヤル
原沢久喜がナイダン・ツヴシンバヤルから小内刈「一本」

続く試合も因縁の相手、昨年のグランドスラム大阪で思わぬ一敗を喫した北京五輪100kg級王者ナイダン・ツヴシンバヤルが立ちはだかる。この大会での対戦では相手の技が止まった後の攻防で関節技を回避するために前転したところ「技有」が宣告されるという不運があったが、このような面倒な「際」を作ってくること自体がナイダンの上手さ。原沢が実力差をどのようにスコアに反映して勝ち切るかに注目。
この試合は原沢が右、ナイダンが左組みのケンカ四つ。原沢は両襟で右内股、ナイダンは引き手で袖、釣り手は横襟を握ってこれを耳横まで上げてくるというオーソドックススタイルで試合をスタート。原沢、最初の「待て」以降は釣り手の掌で首裏を触って一気に奥襟を得るやり方を採り、両襟からの右内股で牽制。ナイダンは体をゆすって間合いを作るが、原沢はこれを許さず、内股フェイントからの鋭い右小外掛でその体をガッチリ捕まえる。原沢最後は跳んで決めに掛かり、ナイダンが吹っ飛んで場内は大歓声。しかしこの決めで高さと距離が出過ぎ、ナイダンなんとか体を回してギリギリで腹ばいにバウンド、「待て」。

ナイダンここから作戦を変え、釣り手で背中を握り、引き手もチャンスと見れば背中に回す「相撲」状態を作りに掛かる。原沢は体をゆすって間合いを取り、動じることなく優位を継続。するとナイダンさらに一段作戦を変えて右大外刈の奇襲。ここから大きく体を振って深い右外巻込に打って出る。十分返せるとみた原沢くっついて一瞬捲りに掛かるが、ナイダンが体をほとんど直角に傾けて投げ切ろうとするとこの「際」を嫌って突き飛ばして離れる好判断。以後も原沢両襟の右内股を連発して大枠快調も、ナイダンこの掛け終わりに左袖釣込腰の形で突進、崩れた原沢が場外で伏せるとそのまま押し込もうとし、危ういところで「待て」。ナイダン続いて組み際に右一本背負投、原沢これも返し掛かるが、ナイダンとの際勝負のリスクを考えてこれも突き飛ばして離れ「待て」。次々際を作ってくるこの選手はやはり厄介。

ここでナイダン明らかに疲労して立てず。顔面から出血があり、止血のためにいったん畳を離れることとなる。原沢としては余計な仕掛けが出来ぬよう削りに削って来たナイダンが回復することは歓迎すべかざる事態、またここでどんな作戦を立ててくるかが非常に気になるところであるが、このブレイクを上手く使ったのは原沢。試合が再開されるなり肩を一瞬開く内股フェイントから右小内刈を閃かせる。ナイダンついていけず一瞬で大崩れ、原沢は後襟を握った釣り手でしっかり制動、畳に押し付けて「技有」。原沢そのまま横四方固に抑え込むもナイダンは腹を押して逃れ、ばかりか原沢の腕を抱え込んで逆に制さんとする執念を見せる。しかし主審は試合を止め、技の効果を「一本」に引きあげる。原沢の一本勝ちで試合は終わることとなった。リスク管理に、囮としての内股の効かせよう、さらにこれを伏線としての後ろ技に完璧な「決め」と、文句のない一番だった。決め技となった小内刈は今年非常に効いている新兵器、技術的な上積みをしっかり試合に生かしたことも買える。そしてとにかく「本気のナイダン」に本格派タイプが勝つというのは大変なこと。原沢、いまのところ快調である。

【準々決勝】
原沢久喜○GS反則[指導3](GS2:33)△ラファエル・シウバ(ブラジル)

原沢久喜とラファエル・シウバ
原沢とラファエル・シウバの準々決勝

右相四つ。シウバは雲をつくような大男、釣り手を首裏に回して見下ろすように原沢に迫る。希代のインサイドワーカーであるシウバに原沢は付き合い方をはっきり定め、まず引き手で襟を突いて思い切って奥襟を叩き、自分が良いときはこのまま足元を蹴り崩し、タイ、あるいは不利が予見されるときはシウバの「やり直し」に付き合う形で巧みにリセットすることを徹底。決して不利の時間帯を作らない。
1分過ぎ、シウバが右釣り手を右片襟に入れる。左引き手で右襟を持つためのフォローとして使ったこの一手目を原沢見逃さず、眼前の左袖を引き手でしっかり掴んで織り込む。このまま奥襟を叩くと一方的な形が出来上がり、原沢は支釣込足と出足払で崩しながらこの体勢を決して直させず。観念していったん潰れたシウバに、1分12秒「指導」。

シウバの組み手に付き合い過ぎず優位を取るこの作戦は大枠成功、しかしとにかく崩れないことがアイデンティティのシウバに本格派タイプの原沢の技はなかなか効きにくく、以後も油断のならない展開。原沢は内股を2連発、さらにジャンプして奥襟を確保する強気。しかし続いての内股は背筋を伸ばしたシウバに受け止められてしまい、限りなく偽装攻撃に近い掛け潰れ。直後の2分19秒主審は意外にもシウバに消極の「指導」を宣告するも、さすがにこれは取り消し。原沢がやや優位を取った拮抗状態のまま試合は終盤へ。

原沢は良い形で右内股を仕掛けてこの時間帯も試合を引っ張る。残り20秒過ぎ、シウバ奥襟を持つが一瞬早く原沢が首を傾けて受け入れ、結果的にシウバは片襟組み手を強いられる。シウバしばしこの形を続けたのちに右大外刈に足を振りあげて展開を切ったが、主審は見逃さず残り13秒シウバに2つ目の「指導」。原沢が反則ポイントを2つリードしたまま試合はGS延長戦へもつれ込むこととなる。

原沢がまず奥襟を叩き、頭を下げられたシウバが前襟を突くと右内股を仕掛けて振り切り、延長も小差ながら試合を引っ張り続ける。しかしGS1分7秒に仕掛けた右内股は背筋を立ててしっかり立つシウバをまったく崩せず、両手が離れて完全な掛け潰れ。ここで原沢にも「指導1」が与えられる。

原沢ここで敢えて膠着を企図する構え。両襟を掴んで足元を蹴り崩すとシウバが嫌い、組み手をやり直すことが続く。シウバ状況を読んでここぞで思い切った右大外刈を繰り出す場面もあったが、もともとのインサイドワーカーの資質ゆえか原沢の仕掛ける組み手争いに思わず応じる形でやり直しを続けて、原沢の意図通り展開は次第に流動性を失う。組み手のやり直しが続き、互いの技も浅いとなれば主審は動かざるを得ない。延長2分33秒、双方に消極的との咎による「指導」が与えられ、シウバはこれで累積警告が「3」。ここで試合が終わった。派手さはなかったが、シウバを「指導」差で凌ぐのはかなり難しいミッション。原沢、地力と手堅さをテコにしっかりベスト4入り。

【準決勝】
原沢久喜○合技[浮腰・横四方固](2:49)△グラム・ツシシヴィリ(ジョージア)

原沢久喜とTUSHISHVILI, Guram
原沢は浮腰「一本」の声にも動ぜず、がっちりツシシヴィリを抑え込む

昨年度の世界王者で「本格派狩り」の急先鋒、担ぎ系ファイターの雄であるツシシヴィリを畳に迎える一番。事実上の決勝と噂されるまさに勝負どころである。

原沢が右、ツシシヴィリが左組みのケンカ四つ。ツシシヴィリは素晴らしいスタートダッシュ、原沢の釣り手の袖を絞って封じるとまず片襟の右大外刈。次いで左袖釣込腰に飛び込む。肘を抜いて打点高く抜き上げんとする得意の形、しかし原沢背筋を伸ばして止め切り「待て」。経過時間は20秒。

ここからしばらくは、原沢の袖を絞り込んでは持ち替えて左で深く背中を叩くツシシヴィリが試合を引っ張る。なかなか釣り手を持てない原沢はいったん右内股に潰れてエスケープ、46秒これで偽装攻撃の「指導」を受ける。

続いてツシシヴィリ前襟を掴んで払釣込足一撃。しかし足元を蹴られた原沢崩れるどころかこの技に合わせて釣り手で奥襟を得ることに成功。呼び込んで二本持つ良い形を作ると、ツシシヴィリ明らかに嫌がって切り離し、リセット。おそらくはこの展開で「持てば良し」と確信した原沢が自信を得、少々潮目が変わり始める。ツシシヴィリは原沢が右釣り手を持つと裏投、さらに右腕を抱え込むプロセスを経ての払釣込足と次々技を放つが、直後の1分40秒、原沢は両手で同時に襟を高く持つ「両襟奥」で一気にツシシヴィリを捕まえる。ここから引き手を内中袖に持ち替えると完璧な組み手が出来上がり、立っていられないツシシヴィリは左小外掛に潰れてエスケープ。原沢は絶好の機会を逃がしてしまった格好だが、じわりと展開を掌握しつつある印象。

ツシシヴィリここは譲ってはならじとさすがの勝負勘、右引き手で絞った原沢の右釣り手を腹に抱き込むと、左釣り手を背中に回す。ここからまず左大内刈を絡ませて相手の足を止め、次いで体を回しながら引き手で脇を差し、正面から思い切った右小外掛。最も力を籠めやすい「ベアハグ」体勢での投げ合いである。立ったまま受け止めた原沢右内股で流そうとするが膝が落ち、ツシシヴィリ勝ったとばかりにその上にまたがりながらさらに一段捩じり込みを呉れる。原沢この大ピンチを畳に手を突いてなんとか逃れ「待て」。

原沢、引き手で襟を持つとすぐさま釣り手で奥襟も握り、先ほどからツシシヴィリが嫌う「両襟奥」で勝負。このまま組み合うことが危険と判断したツシシヴィリは釣り手で肩裏を握るといったん左前隅に向かって捩じり、次いでこの釣り手を持ち替えて首横から背中を深く掴まえる。まさに待ったなしの勝負の形である。ツシシヴィリは気合いの声とともに思い切り左大外刈、引き手は袖を逆手に握った「ツシシヴィリ・グリップ」。原沢が耐えるとそのまま左払腰に連絡して投げ切ろうとするが、原沢受け止めて左足で相手の作用足を乗り越える。ツシシヴィリこの乗り越えた足を目掛けて素早く左小内刈、原沢が一歩引くとさらに食いついて左小外掛と技を繋ぐ。すべての技が勝負技、凄まじい連続攻撃。しかし原沢この大技の連発を受け止めきると、「両襟奥」のまま、そしてツシシヴィリを左小外掛に絡みつかせたまま反時計回りに思い切り捩じる。ツシシヴィリ右足を一歩踏み出して耐えるも、原沢の引っ張り出しに体が伸ばされ一瞬の拮抗ののちにその両足が畳からふわりと離れる。原沢両手を緩ませず投げ切り、体を乗り込ませると劇的な浮腰「一本」。

原沢は「技有」訂正の可能性を考え、そのまま両手を結んで横四方固。必死の表情で抑え続け、万が一にも後から「技有」だったなどと言わせぬ構え。この気迫に気圧されたか抑え込みのタイマーが動き、10秒が経過したところで主審あらためて「一本」を宣告。「技有」への訂正宣告が確認出来ず記録は見解が割れることとなった(全日本柔道連盟公式は合技、IJFはOsaekomi-wazaとO-goshiが混在)が、とまれ原沢は完勝。現役世界王者を倒して決勝へと進むことになった。

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