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「ピーキング命」の難解階級、競技力ナンバーワンは髙藤直寿/東京オリンピック柔道競技男子60kg級階級概況解説・シード予想

<実力ナンバーワンは髙藤直寿>

階級概況

平時からコンディション次第で様相がまったく変わる最軽量級、その上例によって「全員が異常なハイコンディションでやってくる」オリンピックとなればさらに予想がつかない。読みの難しい階級である。

<恒例の「実力推測マップ」。この画像を見ながら読み進められたい>

純競技力で言えば髙藤直寿(パーク24)の力が抜けている。間違いなく優勝候補の筆頭だ。高い技術力に加えパワーやスタミナも階級トップクラス。新型コロナ禍の1年間で本来の組み手とは反対の右組みでも「全ての技を掛けられるようになった」と語るなど技術の向上に余念なく、駆け引きも濃やか。もっかの志向である”全方位性”がさらに増している。ライバル選手の研究のレベルも高く、ゆえに鏡合わせで自己理解も深い。リオ五輪の試合中に当時のルーティーンであった“入場時の後ろ受け身”を禁止されて動揺した経験から、「何かに縋るのではなく、決め事はすべてなしにした」というエピソードからも本番に向けた入念な準備と深い内省が匂い立つ。5年間かけて、実に隙のない選手に仕上がった。

ライバルになるのは勢力マップに挙げた第1グループの選手たち。最高到達点の高さでも平均値でも髙藤が一段上だが、この階級はコンディションの影響を大きく受けるため当日に“確変”を起こす選手が出てくれば確実に勝てるとまでは言い切れない。これまでの髙藤が絶対王者と呼ばれてもおかしくない力を持ちながら、2016年リオ五輪、2019年東京世界選手権では周囲の上昇幅についていけずに負けているのも気に掛かるところ。髙藤がハイコンディションであれば問題なく勝てるだろうが、仮にそこまで調子を上げきれなかった場合にどのような戦略を持ち込むのか、どのような戦いを行うのかも重要。とにかく内省の深い、試合進行の襞まで長い時間を掛けて考え込んで来た「東京2020モード」の髙藤の準備力に注目というところ。

<相性・実力でもっとも厄介なのはルフミ・チフヴィミアニと読む。>

上位陣の中で相性的に怖いのはルフミ・チフヴィミアニ(ジョージア)。髙藤が仮に投げられる状況があるとすれば、密着技や巻き込み技などパワーでねじ伏せられるか、投げを放った後の戻り際にカウンターを合わせられるかのいずれか。チフヴィミアニは階級随一のパワーと優れたバランス感覚、それを生かしたカウンターを持ち味としており、上記のパターン2つにキッチリ嵌る。増して髙藤は自ら積極的に状況を動かして試合を作って、投げを狙っていく選手であり、タイプ的にカウンターを狙われやすい。距離が詰まった状態や瞬間的に加速しての仕掛けはリスクが高い。じっくり浅い足技で揺さぶり、十分に相手を崩して無力化した上で投げを狙いたい。

表彰台争いは順当であれば第1グループの選手によって行われるはず。力的には最近衰えの見えるダシュダワー・アマルツヴシン(モンゴル)と、どちらかと言うと平均値の高さで勝負するタイプのフランシスコ・ガリーゴス(スペイン)が一段落ちるが、他の選手の力は拮抗。組み合わせや当日の調子次第で誰が勝ってもおかしくないと言える。

第2グループからここに割って入る可能性が高いのは、伏兵候補のカラマット・フセイノフ(アゼルバイジャン)とヨーレ・フェルストラーテン(ベルギー)。フセイノフは6月のブダペスト世界選手権で永山竜樹を左「韓国背負い」の「技有」で破って3位入賞。フェルストラーテンは4月のグランドスラム・アンタルヤで準決勝、決勝と素晴らしい右内股を決めて選手としてのステージを一段上がろうとしているところ。ともに爆発力、そして歴代確変選手の必須条件である「勢い」があり、五輪のような一発勝負のビッグトーナメントでは怖い相手。

シード予想

【プールA】
第1シード:ロベルト・ムシュヴィドバゼ(ロシア)
第8シード:ヤン・ユンウェイ(台湾)

【プールB】
第4シード:フランシスコ・ガリーゴス(スペイン)
第5シード:シャラフディン・ルトフィラエフ(ウズベキスタン)

【プールC】
第2シード:髙藤直寿(日本)
第7シード:ルフミ・チフヴィミアニ(ジョージア)

【プールD】
第3シード:イェルドス・スメトフ(カザフスタン)
第6シード:キム・ウォンジン(韓国)

トーナメントの上下で勝ち上がり難度にはっきり差が出た。優勝候補の髙藤はより過酷な下側、それも最も戦いたくないチフヴィミアニと同じプールCに配されてしまった。この2人が対戦する準々決勝がトーナメント上最大の山場と見て間違いないだろう。髙藤がここを勝ち上がれるコンディションであれば(チフヴィミアニのコンディションがよほど低い場合を除くが)、そのまま優勝すると考えて良いというレベル。

直下のプールDにはイェルドス・スメトフ(カザフスタン)とキム・ウォンジン(韓国)が配されている。長い間一線で活躍し続けて来た両者だが、意外にも過去世界大会で矛を交えたことはなく、対戦自体がかなり楽しみ。これまでのビッグゲームにおける両者のパフォーマンスと最高到達点の高さを比べれば、分があるのはスメトフの側と読む。そして続いて組まれるであろう準決勝の髙藤―スメトフ戦、過去の成績は髙藤の3戦全勝。髙藤の勝利自体は堅いはず。内容に注目したい一番。

<第1シードはムシュヴィドバゼだが、上側の山からはヤン・ユンウェイ勝ち上がりの可能性が高いと読む>

上側の山に視線を移す。プールAは誰が勝ち上がるか読み難い混戦。過去の実績からすればロベルト・ムシュヴィドバゼ(ロシア)の勝ち上がりを予想したいところだが、この選手はパフォーマンスにムラがあり、かつ最近はあまり良い試合を見せていない。とにかく五輪に強いロシア(ピーキング命の60kg級でロンドン、リオと2大会連続で金メダルを獲得している)の選手であることが気に掛かるが、事前予測的には少々推し難いところがある。一方準々決勝でぶつかるヤン・ユンウェイ(台湾)は年々力を増しており最近も好調。2019年東京世界選手権では初戦でムシュヴィドバゼに勝利している(ムシュビドバゼの低迷はこの試合で決定づけれた)来歴もある。事前予測としてはむしろヤンの勝利と考えておくのが妥当ではないだろうか。

プールBからは最近好調でパフォーマンスが安定している「安定水平飛行の鬼」フランシスコ・ガリーゴス(スペイン)が、逆に爆発力はあるがここのところ不調のシャラフディン・ルトフィラエフ(ウズベキスタン)を破って勝ち上がってくる可能性が高いと読む。そしてこのシナリオであればそのままヤンが決勝に勝ち上がるだろう。

髙藤とヤンは今年4月のアジア・オセアニア選手権で対戦しており、その際は髙藤が左小外刈「技有」で勝利している。ヤンには強烈な返し技や積極的な密着といった力関係を越えてくるような飛び道具がなく、髙藤にとって戦いにくい相手ではない。ヤン以外で決勝に勝ち上がってくるとすればムシュヴィドバゼの可能性が最も高いが、髙藤はこちらにも過去3戦3勝。厳しい組み合わせではあるが、髙藤金メダルの可能性はかなり高いはず。やはり最大の山場は準々決勝だ。

有力選手

<2015年の世界王者イェルドス・スメトフ>

「有力選手名鑑」に実績、組み手や得意技、柔道の特徴をまとめてあるので参照されたい。

ピックアップ選手は、髙藤直寿、ルフミ・チフヴィミアニ(ジョージア)、イェルドス・スメトフ(カザフスタン)、シャラフディン・ルトフィラエフ(ウズベキスタン)、ロベルト・ムシュヴィドバゼ(ロシア)、キム・ウォンジン(韓国)、ダシュダワー・アマルツヴシン(モンゴル)、フランシスコ・ガリーゴス(スペイン)、ヤン・ユンウェイ(台湾)、トルニケ・チャカドア(オランダ)、ヨーレ・フェルストラーテン(ベルギー)、カラマット・フセイノフ(アゼルバイジャン)、ヤニスラフ・ゲルチェフ(ブルガリア)、エリック・タカバタケ(ブラジル)、アシュリー・マッケンジー(イギリス)、ミフラジ・アックス(トルコ)、ルカ・ムヘイゼ(フランス)、モリッツ・プラフキー(ドイツ)、アルテム・レシュク(ウクライナ)、レニン・プレシアド(エクアドル)。

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