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勢力図再編の波頭で迎える五輪、シード配置はV候補新井千鶴に追い風/東京オリンピック柔道競技女子70kg級階級概況解説・シード予想

<リオー東京期、世界を2度制したのは新井千鶴のみ>
<V候補新井に、サンネ・ファンダイクら対抗馬数名が挑む構図>

階級概況

優勝候補は世界選手権2連覇者(2017年、2018年)の新井千鶴(三井住友海上)。実力、成績ともに頭一つ抜けており、さらに本来ライバルポジションを務めるはずであった2019年東京世界選手権王者のマリー=イヴ・ガイ(フランス)とキム・ポリング(オランダ)の2名が国内で敗れて参加していないことも一強構図を後押し。優勝の確率はかなり高いはず。

<対抗馬の筆頭格、ファンダイク

前述2名に代わって対抗馬を務めるのは、マディーナ・タイマゾワ(ロシア)サンネ・ファンダイク(オランダ)、そしてマルゴ・ピノ(フランス)の3名。新井はピノには過去4戦全勝と一方的に勝ち越しているがタイマゾワとは1勝1敗で、直近の対戦である今年5月のグランドスラム・カザンでは左一本背負投「技有」で敗れている。ファンダイク相手にも戦績は2勝1敗で敗れたのは2019年ワールドマスターズ青島、直近の対戦である。優勝するためには最低でもこのなかの1名、場合によっては3名全員と戦わねばならない。ピノはともかく、タイマゾワとファンダイクとの試合は決して楽な内容にはならないはずだ。ただし純競技力で言えばあくまでも新井が上。本来の力を発揮できればまず敗れることはない力関係だ。

ただし長い時間スケールで階級全体の「流れ」をみると。コロナ禍でジュリ・アルベール(コロンビア)が引退し、ガイとポリングが代表権を逃した現時点、2021年夏季に行われる東京五輪はこの階級の級の世代交代の波頭となる可能性もある。後から振り返って、生き残った王者新井がその優位性を上げたということになるのか、それともここが大混戦時代の幕開けと位置付けられるのか。いずれ歴史的転換点、大きな潮目になることだけは間違いない。ファンとしてはぜひ前者を期待したい。

ということで、ここで新井の柔道を整理したい。現在の最大の強みは階級随一のパワー。以前は組み手の方法論的な詰めの甘さが課題であったが、この点もコロナ禍の強化を経て大きく改善しつつある。この段階、5月のグランドスラム・カザンの時点で見えた課題は主にふたつ。ひとつは己の進歩した組み手にまだ投技がアジャストできていないこと。常に外側から釣り手を持って戦っていた以前とは異なり、相手の組み手を掻い潜って内から持てることが増えたが、得意技の左内股が外から腕を返して相手の頭を下げさせる技法メインであるなど、組み手の形と技のミスマッチが起きていた(本人も「意外に行けない」と違和感を口にしていた)。大きく言ってやはり「組み手」の問題である。

もうひとつは相四つ(左組み)の相手が苦手であること。3月のグランドスラム・タシケントではこの階級には珍しい相四つの対戦が続き、ゲルチャク ・サビナ(ハンガリー)に「技有」を先行されるなど格下の相手にかなりの苦戦を強いられた。このうち問題になりそうなのはひとつめ。後者に関してはそれほど大きな問題ではないはず。前述の通りこの階級の上位陣はほとんどが得意なケンカ四つの右組み。そもそも相四つ(左組み)で警戒すべき相手は限られているが、その数少ない相手役であるバルバラ・マティッチ(クロアチア・左組みベースの両組み)アンナ・ベルンホルム(スウェーデン)グルノザ・マトニヤゾワ(ウズベキスタン)マリア・ペレス(プエルトリコ)、ミヘイラ・ポレレス(オーストリア)に、新井は過去全勝しているのだ。そもそも相四つは力関係の差が出やすく、本来的にはパワーでアドバンテージがある新井優位のはず。これらの試合はいずれも地力自体で相手を圧した。かつ、新井はタシケント後、相四つ対策に相当リソースを注ぎ込んだとのこと。昨今のトライアルアンドエラーの確かさを見る限り、技術的な検証を経てこの地力のアドバンテージがさらに上がる、と見ておいてよいはず。世界王者を獲得したばかりで勢いがあるマティッチが少々怖いくらいで、平均値の出来でも十分勝利が可能なはずだ。なお、新井の柔道については下記のコラムにより詳しいのでそちらも合わせてお読みいただきたい。

https://www.ejudo.info/newstopics202101/004824.html

話題を今大会に戻す。となるとやはり勝負を分けるポイントは第1の課題、組み手である。ファンダイクに敗れたのは組み手を本格強化する前の2019年、相手に良い場所を持たれながら攻撃が来るのを何もせずに待ってしまった、組み手の整理の甘さゆえの敗戦。タイマゾワ相手の敗戦も組み手と技のミスマッチに戸惑っているうちに先に技を仕掛けられてしまった。本人が課題に挙げ続ける組み手のレベルが以後の約2ヶ月半でどこまで上がったか、カザン大会の3位決定戦で内股を決め「思い切って行ったら、上手く行った」と語ったあの境地を作り出せるほど、納得して振っ切るだけの技術練習を積めたかどうかが勝敗を分けるのではないか。五輪本番ではさらに一段進化した新井の柔道に期待したい。

続いてメダル争い。最近の戦いを見る限り、やはり新井と、対抗馬として挙げた3名の力が抜けている。ただし新井も含めて調子や相性によるパフォーマンスの波があり、絶対的な強さとまでは言い難い。もともと70kg級の中堅以上はライバル間の実力差少ない、単なる成績や形上の序列だけでは測りがたい激戦区。第2グループまでほとんど等しくメダルの可能性があると考えて良いだろう。

シード予想

【プールA】
第1シード:サンネ・ファンダイク(オランダ)
第8シード:アンナ・ベルンホルム(スウェーデン)
【プールB】
第4シード:バルバラ・マティッチ(クロアチア)
第5シード:ミヘイラ・ポレレス(オーストリア)
【プールC】
第2シード:マルゴ・ピノ(フランス)
第7シード:マリア・ポルテラ(ブラジル)
【プールD】
第3シード:新井千鶴(日本)
第6シード:ジョヴァンナ・スコッチマッロ(ドイツ)

優勝候補の新井は第3シードとしてプールDに置かれた。対抗馬ではファンダイクがプールA、ピノがプールCに置かれており、タイマゾワはシードから漏れている。シード選手に限定して考えるならば、新井は準決勝でピノ、決勝でファンダイクと戦うことになる。準々決勝で当たるジョヴァンナ・スコッチマッロ(ドイツ)は柔道に癖があるタイプではなく、平均値の出来でも十分に勝利可能。さらに苦手の相四つからもっとも厄介なマティッチが逆サイドに置かれた。どころかベルンホルム、ポレレスまで上側の山に配されており、新井は相当な確率で、決勝まで得意の右組みとだけ戦えば良いことになる。組み合わせは明らかに新井に追い風。かなりいい。一気に金メダルまで駆け上がってしまいたい。

<マディーナ・タイマゾワの位置だけが不確定要素>

有力選手名鑑

引き続きアップする「有力選手名鑑」に実績、組み手や得意技、柔道の特徴をまとめてあるので参照されたい。21名をピックアップした。



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