V候補筆頭はビロディドも縮まる距離、クラスニキ・渡名喜・ブクリが猛追/東京オリンピック柔道競技女子48kg級階級概況解説・シード予想
階級概況
優勝候補はダリア・ビロディド(ウクライナ)。挑む権利を持つのが第1グループとして挙げさせて頂いた渡名喜風南(パーク24)、ディストリア・クラスニキ(コソボ)、シリーヌ・ブクリ(フランス)、ムンフバット・ウランツェツェグ(モンゴル)の4名。
2019年東京世界選手権終了直後は、2年間をほぼ無敗で駆け抜けたビロディドが頭ひとつ抜けた絶対の一強、遥か離れて追いかけるのが渡名喜という構図だった。ビロディドの一強構図はいまも変わらないが、かつてほどの絶対性がないというのがもっかの状況。まずここに2019年冬から圧倒的なパワーでハイレベル大会を連戦連勝したクラスニキが加わって「ビロディド―クラスニキ・渡名喜」の三強構図が形成され、さらに1年延期の中でコンディションを保てなかったビロディド自身の不調、そしてブクリの台頭とムンフバットの復活が重なって現在の「ビロディド本命も、追う第1グループ4名との差が縮まり続けている」勢力マップが出来上がった。第1グループの中では今年に入ってから渡名喜とブクリ、クラスニキがビロディドに勝ち星を挙げている(※クラスニキは不戦勝)。ムンフバットはビロディド相手に過去2敗ではっきり相性が悪いが、第2グループとは一線を画す競技力があることに鑑みてこのグループに加えさせて頂いた。
今年1月のワールドマスターズ・ドーハ準決勝ではまず渡名喜がビロディドに勝利。決勝点となった「技有」は、自身の立ち上がり際に寝技を狙ったビロディドが被さってきたところを結果的に一本背負投で投げた僥倖であったが、以降は残り時間3分半の猛攻をしっかり凌ぎ切っている。続いて2月のグランドスラム・テルアビブ決勝ではブクリが金星。こちらはGS2分36秒という長時間試合を戦い抜き、最後は完璧に組み勝った状態から右足車「一本」という完勝だった。4月の欧州選手権はビロディドがクラスニキとの決勝を棄権。五輪をにらんでの戦略的撤退ということなのだろうが、自身の不調と昨年以来のクラスニキの圧倒的な強さを考えれば「逃げた」という印象が強い不戦敗だった。2018-2019年の無敵ぶりを考えれば立て続けの3敗は隔世の感あり。差は、明らかに詰まっている。
ビロディドはかねてから長身ゆえの減量苦が伝えられており、もともと東京五輪後には階級を52kg級に上げるとの情報があった。それがコロナ禍でまさかの延期。173センチという身長で48kg級の選手で居続けるという常識外のミッションをさらに「続けさせられた」この1年間の苦しみは相当のものがあったはずだ。コロナ明け初戦となった10月のグランドスラム・ブダペストには調整のため52kg級でエントリー、以降は48kg級に戻したがその戦いぶりは明らかに精彩を欠いた。スタミナ面の不安からか寝技の推進エンジンであった執拗さが消えうせ、相手の髪を掴んでしまったり、マイナスの感情を露わにしたり、逆に過剰に喜んだりと精神面の不安定さも目立った。また52kg級に出場した際に自身の長身やパワーが通用しなかった経験からか、最近は丁寧な組み手を志向するようになっている。これ自体は悪いことではないのだが、48kg級におけるビロディドの怖さは普通の選手なら届かない遠間から組み手の手順を飛ばしていきなり「一本」級の足技が飛んでくることにある。これが自ら腰を折って組み手争いに応じるようになり、最大の魅力であったダイナミックさがなくなってしまった。己の良さを生かせず、柔道が上手く回っていない。
つらつら書かせて頂いたが、つまり今年ここまでのビロディドはボロボロ。とはいえ潜在能力の高さは圧倒的なはずで、「あと1回」こっきりのハイコンディションを期してじっくり調整してくる本番でどんなコンディションとメンタルで現れるのか、そしてどんな柔道を持ち込むのか。興味は尽きない。
相手に成功体験があるぶん、ビロディドの側からも敵の戦略は読みやすい。渡名喜は前回と同じく組み手争いに持ち込み、そこから内・外と足を飛ばしつつ懐に潜っての担ぎ技一発を狙ってくるはず。戦型がはっきりしているブクリも前回と同じく奥を叩いて相手の頭を下げさせる力勝負一択、同タイプのクラスニキも同じ戦略でくるはず。相手の戦い方が読めているはずのビロディドがここにどんな解を持ち込んでくるかに注目したい。
実は面白いのが過去2敗のムンフバット。最近はサンボ式の変則技といった具体的な技術の積み上げはもちろん、戦術・戦略面の練り込みが凄まじい。その戦いぶりはまさに老獪の一言。ターゲット選手のビロディドを相手にどんな戦術、そして秘密兵器を持ち込んで来るのか。もしも対戦あるとなれば注目である。
今期ここまでの戦い方を補助線とすれば、表彰台はこの5名が占めると言い切ってしまって良いくらい。ただし第2グループのパウラ・パレト(アルゼンチン)とガルバドラフ・オトゴンツェツェグ(カザフスタン)のリオ五輪メダリスト2人は本来ここに割って入る力を持つ選手。いずれも最近の低空飛行から第2グループ扱いにさせていただいたが、コンディション次第ではメダル争いに絡む可能性もある。逆に、最近の好調を根拠としてこの枠に加えたのがフリア・フィゲロア(スペイン)。2019年後半から居反り式肩車(「モラエイ」)や帯取返など男子顔負けの力技を持ち込んで再ブレイク、つまりはこういった技を用いるに足る地力が身についたということ。6月のブダペスト世界選手権ではブクリを破って3位に入賞するなど勢いもある。
第3グループのこの枠(「伏兵候補」)は今年に入ってから成績を残し続けているフランチェスカ・ミラニ(イタリア)。試合内容を精査しても、我々の目ではなぜそこまで勝つのかよくわからない。ブダペスト世界選手権では3回戦で古賀若菜(山梨学院大2年)に一蹴されているが、なにしろイタリア選手はターゲットに定めた大会、特に五輪に滅法強い。不気味な存在である。
シード予想
【プールA】
第1シード:ディストリア・クラスニキ(コソボ)
第8シード:イリーナ・ドルゴワ (ロシア)
【プールB】
第4シード:ムンフバット・ウランツェツェグ(モンゴル)
第5シード:フリア・フィゲロア(スペイン)
【プールC】
第2シード:ダリア・ビロディド(ウクライナ)
第7シード:カタリナ・コスタ(ポルトガル)
【プールD】
第3シード:渡名喜南(日本)
第6シード:パウラ・パレト(アルゼンチン)
V候補筆頭のビロディドは第2シード。まず第3シードの渡名喜が挑み、決勝でクラスニキ・ムンフバットのいずれかがその勝者と戦うというのが正シナリオ。ブクリがシード枠から漏れており、このジョーカーをどの山が引くかでトーナメントの様相が大きく変わることになる。とはいえビロディドを中心に優勝争いが行われること自体は変わらないので、ここではいったんブクリの位置を考えずに稿を進めさせて頂く。
ベスト8までの組み合わせでは実力的に一段落ちるコスタを引いたビロディドがもっとも楽。ほかの「第1グループ」選手は全員プール内に山場が設定されており、クラスニキがイリーナ・ドルゴワ(ロシア)、ムンフバットがフィゲロア、渡名喜がパウラ・パレト(アルゼンチン)と対戦予定。このなかでは間違いなく渡名喜が一番キツい相手を引いた。パレトは最近あまり出来が良くなく、かつ渡名喜は今年1月のワールドマスターズ・ドーハで完勝している(生命線の担ぎ技連続攻撃をすべて弾き返した)のだが、機関車攻撃が持ち味のパレトはコンディション次第でパフォーマンスがまったく変わる。前回の金メダリストがしっかりここに向けて仕上げて来たとなれば、勝ったとしても相当の消耗を強いられる可能性がある。そして次戦に控えるのがビロディドとの大一番となれば、ここをいかに損耗少なく乗り越えるかこそが金メダル獲得の重要なポイントになるだろう。
プールBのムンフバットとフィゲロアはともに最近サンボ、あるいはレスリングの技術を持ち込んで序列を上げた選手。変則技の応酬に期待したい。そして順当であれば上側の山の準決勝はクラスニキとムンフバットの対戦となるはず。このカードは6月のブダペスト世界選手権の3位決定戦でも組まれており、ムンフバットが自らの頭を使って相手に片襟を強いるという驚きの戦術で「指導」を立て続けに奪って勝利している。一度「指導」と見なしたからには次も取らねばならぬ審判の論理を逆手に取った作戦勝ちだが、さすがに2大会続けてこの戦術は使えないはず。純実力で言えばクラスニキに分があると思われ、ここも老獪なムンフバットが今度はどんな戦略を用意してくるのかに注目だ。
決勝に関しては、ここでは敢えてクラスニキ―渡名喜戦を考えてみたい。前回対戦となったワールドマスターズ・ドーハの決勝は渡名喜がクラスニキの生命線である引き手把持をまったく警戒出来ておらず、一方的な内容でのクラスニキ勝利に終わっている。この敗戦で逆に渡名喜が警戒レベルを一段上げるであろうこと、そして最近の組み手技術の向上を買って、組み手の攻防に嵌めての渡名喜勝利と予想しておきたい。
有力選手
「有力選手名鑑」に実績、組み手や得意技、柔道の特徴をまとめてあるので参照されたい。
ピックアップ選手は、渡名喜風南、ダリア・ビロディド(ウクライナ)、ディストリア・クラスニキ(コソボ)、シリーヌ・ブクリ(フランス)、ムンフバット・ウランツェツェグ(モンゴル)、パウラ・パレト(アルゼンチン)、フリア・フィゲロア(スペイン)、イリーナ・ドルゴワ(ロシア)、カタリナ・コスタ(ポルトガル)、チェルノヴィツキ・エヴァ(ハンガリー)、ミリツァ・ニコリッチ(セルビア)、カン・ユジョン(韓国)、ガルバドラフ・オトゴンツェツェグ(カザフスタン)、フランチェスカ・ミラニ(イタリア)、マルサ・スタンガル(スロベニア)、シラ・リショニー(イスラエル)、リ・ヤナン(中国)、ガブリエラ・チバナ(ブラジル)、カタリナ・メンツ(ドイツ)、グルカデル・センツルク(トルコ)。