「私の全日本選手権ベスト『一本』」/eJudo版・令和2年全日本柔道選手権予想座談会「『令和最初の全日本』を語りつくす」(上)
古田 本日司会を務めさせて頂きます、古田です。前々回、前回と非常に好評を博しましたこの企画、今回も同じメンバーにお集まりいただきました。今回は令和と元号が改まって最初の全日本選手権、新たな歴史の始まりとなる大会です。コロナ禍での延期、日本武道館ではない講道館での開催、そして、オリンピック代表と補欠選手が推薦選手となったことで実現した軽量選手の大挙参加と非常に話題の多い大会ですけれど、是非いつものように楽しく、濃くお話をしていただければと思います。よろしくお願い致します。
朝飛・林・西森 よろしくお願いします。
古田 熱心な読者の皆様にはもう必要ないかもしれませんが、あらためてメンバーを簡単に紹介させて頂きます。朝飛先生は日本を代表する柔道指導者で、全日本選手権にも多くの選手を送り込んでいます。今年もお弟子さんから羽賀龍之介選手が出場、またお父様の朝飛速夫氏とご自身がかつてこの大会に出場しており、昨年は娘さんの真実選手が、今年は七海選手が皇后盃本戦に進出とひときわ「全日本」に縁の濃いかたです。林毅さんはもと「近代柔道」誌責任編集者で、全日本選手権のプログラムを20年以上にわたって、もちろん今年度大会も編集に携わっておられます。選手のインタビューも直接手掛けていらっしゃいますので、ぜひそこで得た情報などもご披露くださればと思います。今年はコロナ禍で選手の情報も少なく、ここには勝手に大変期待しております。西森大さんはNHKで長年取材の最前線で活躍して来られて、ご自身も柔道家でいらっしゃいます。皆さん私が足元にも及ばぬ柔道マニアであり、私の困ったときの「駆け込み先」であり、かつ何より名だたる「全日本選手権大好き種族」。全日本柔道選手権という価値体系に感応する高い感性をお持ちです。
朝飛 今年もとても楽しみにして参りました。
西森 昨年はこの予想座談会、振り返り座談会と全日本選手権をまさに骨までしゃぶり尽くす、大変楽しい体験をさせて頂きました。
古田 林さん、プログラム作成で大変な時期に、ありがとうございます。
林 はい(笑)。なんとかこれだけはと思いまして、今年も参加させて頂くことと致しました。宜しくお願いいたします。
古田 さて、この座談会はいつも掴みのアーカイブ話といいますか、過去の全日本についての振り返りが非常に好評なんですけれど、今回是非もしばしお話しいただいて、良い「掴み」にしていただきたいと思います。今回は全日本柔道選手権マイベスト「一本」ということで3つお気に入り、お薦めの「一本」を挙げて頂いて、それについてお三方それぞれコメント頂きたいと思います。ではまず朝飛先生からお願いします。
全日本柔道選手権、私のベスト「一本」
朝飛 では私から。大迫明伸さんが山下泰裕さんを一回背負投で浮かせて良いところまでいった大会があるんですけども、
西森 昭和60年大会。
古田 朝飛先生がご自身出場された年ですね。
朝飛 はい。2回戦で大迫さんが中国地区代表の板本健三さんを釣込腰というか、背負投で投げたんですね。私は控えの席に居て一番前の椅子で見られたんですが、大迫先生が、相手があまりにも上がりすぎたのを、コントロールしながら落とした。私は、人間があんなに軽そうに浮き上がり(頭の遥か上に物体があるゼスチャー)、そして縦回転で落ちていく様を初めて見ました。古田さんが仰った通りこの大会は私も出ていて、次の試合が初めての全日本の試合だったんですが、この投げを見て、これが全日本の舞台なんだなと戦慄した次第です。歓声も凄かった。
【昭和60年大会・二回戦】
大迫明伸(九州)〇背負投△板本健三(四国)
出場六回目ベテランの板本に対するは、初出場、四月七日の全日本柔道体重別選手権86kg以下級で三位入賞を果たしている大迫。板本の右組みに対し、大迫両襟を引いての左組みとなれば、板本内股をみせて場外。板本の内股は不十分、続いて大外刈にゆくも大迫残して場外。板本の右内股は大迫残し、大迫の左背負投も効なく場外。組み際、大迫左内股に飛び込むも板本ガッチリ受け、板本の右内股ケンケンとなって場外。大迫左から機を見て放った背負投は豪快に極まって「一本」。二分三十四秒。(雑誌「柔道」から引用)
古田 当時の雑誌「柔道」から戦評を引用させて頂きました。それにしても、朝飛先生の表現される「頭の上でぶん回して、途中で捕まえてぶん投げた」という今の動きが本当に漫画みたい、なんとしても見たくなるような表現でこれも魅力的でした(笑)。
朝飛 帰ってきた審判の先生が、「あの技すごかったな、なかなか見られないな」と言っていたのを覚えていますね。今日の大迫さんは凄いなと感じました。
古田 この一発は、大会終了後の雑誌「柔道」恒例の座談会で、評者の重鎮3人の絶賛を受けています。関根忍さんが「本当に場内を沸かせた見事な背負投」、上村春樹さんが「完全に担ぎ上げて投げた。今大会で一番高さもあったし、最も豪快に決まった技」、松下三郎さんに至っては「今大会最高の投技」「一瞬のうちに持ち上げて叩き落とすという技で、近来稀に見る技」どころか「大迫の投技を見本にして今後若い選手は、正しい技の体得を真剣にやってもらいたい」とまで仰っています。現役時代投技の切れ味で鳴らした松下さんの絶賛は価値がある。
朝飛 大迫さんはウォーミングアップをすごく入念にやられるので、最初から強い選手と当たってもフルで自分の良いところを出し切れるんですよね。多分吉田(秀彦)さんも全日本の最初の試合は大迫先生に敗れていると思いますし、もしかすると小川(直也)さんも全日本で大迫さんに敗れていますよね。
古田 昭和63年大会の二回戦で吉田選手に一本背負投「技有」で勝利し、同じ昭和63年大会の準々決勝で小川選手に僅差で勝利しています。
西森 板本健三さんとの試合も凄かったですが、その昭和63年大会の三回戦、日蔭暢年さんを投げた背負投「一本」も、板本さんを投げたのと同じくらい凄かったですね。
朝飛 さすがです。あれもすさまじかった。
林 大迫さん、あのときソウルオリンピック代表の目がほとんどない状態だったんですけど、初戦から吉田・日蔭・小川と立て続けに破ったこの3試合で一気に本命に浮上したんですよね。
朝飛 組み姿勢が非常に綺麗で、全日本のあの舞台で、どんな大きい相手とやってもピシッと組んで、ピシッと掛ける。忘れ得ぬ名選手でした。
古田 朝飛先生、では2つ目をお願いします。
朝飛 はい。山下泰裕さんの試合から1つ挙げさせて頂きます。山下先生の全日本と言えば藤原敬生さんを投げた大外刈に代表される綺麗で豪快な「一本」(※昭和58年大会準決勝)も有名ですが、彼の特徴は「すべてにおいてソツがない」ことでもあります。その「ソツがない」方から挙げさせて頂きます。野瀬清喜さんとやっているときに、野瀬さんが払腰で前に落ちるのを膝と手首でまず落ちないように止めて、反対側の手で絞めに手を回して、その手が入ってから相手を前に落として絞めて取った「一本」があるんですね。
【昭和57年大会・準々決勝】
山下泰裕(推薦)〇送襟絞△野瀬清喜(関東)
野瀬が低く構えて左大外で先行。山下の左大外に野瀬大きく傾いたがよく残す。野瀬左片襟を取って、左大内、大外と積極的に攻め立てるが、山下ドッシリと構えて受け流す。野瀬の再度の左大外を、山下つぶして固めに移行、巧みに送襟絞に入れば、野瀬たまらず「参った」の合図。「一本」。一分十八秒。(雑誌「柔道」から引用)
古田 朝飛先生の解説ですと、立ったまま相手の技の途中でまず動きを止めて、絞めの作りをして、その上で畳に落として絞めたわけですね。
朝飛 はい。もう、いったい山下先生はどこまで先を読んでいるのかと思いました。…2つ出してはいけないんですけど、中村さんとの試合でも大外刈が掛かるか掛からないかで最後に投げて「一本」取った試合がありましたね。
西森 中村義博さんでしょうか。
古田 昭和57年大会の三回戦、中村義博さんとの一番だとすると、戦評はこちらです。ご参考まで。
【昭和57年大会・三回戦】
山下泰裕(推薦)〇大外車△中村義博(東京)
共に左組み。山下の左支釣込足に中村崩れるもよく残す。山下の左大内刈に続く左内股を中村透かさんとして左足技を警戒していたが、山下構わずに左足をとばして大外車に入れば、これは見事に極まって一本。一分四十七秒。(雑誌「柔道」より引用)
朝飛 あのときは中村さんに奥襟を先に叩かれていたんですよ。珍しい形かもしれません。後で山下先生と食事しているときになぜ奥襟を叩かれたかを聞いたのですが、「あまりそういう風に言ってはいけないんだけど、掬投を勉強したかったんだ」と言っていたんですよ。
あの頃の全日本は、山下先生が奥襟を叩かれただけで、場内が沸いて拍手が出るんですね。中村さん凄いな、これは行くぞと思ったら、山下先生が急にひゅっと頭を上げて大外刈をぽんと掛けたんですよね。待ち切れず大外刈にいったと言っていて、やっぱりすごいなと。私達がやっている先の先の先、奥の奥の奥まで、本当に隅々まで見えてるのだなと思いました。
西森 山下さんの試合はそのあたりが全部映像で見られるから良いですよね。ちゃんと後で勉強できる。
朝飛 そうですね。1回戦や2回戦でもクローズアップされて残っていますね。
古田 大技じゃなくて山下さんの最大の特徴を表すものをひとつ持って来る。朝飛先生はさすがだなと思いました。
朝飛 最後の1つとしては、正木(嘉美)さんの足払いを挙げたい。すごく上手い。何度も決めているのですが、例えば鯨井さんを投げた出足払などはすごく印象的です。
【昭和63年大会 三回戦】
正木嘉美(推薦)〇出足払△鯨井甫(関東)
初戦では僅差ながら積極的な柔道で強敵の村上を退けた正木には、ベテラン星を僅差に下した鯨井が挑戦。(中略)
正木左十分となり、右に一歩誘い出しての出足払に切って落せば、鯨井なす術もなく飛んで一本。四分二十七秒。(雑誌「柔道」より引用)
朝飛 正木さんといえば出足払と払腰。払腰を掛けるときには敢えて自護体みたいに反対側に頭を下げるんですね。そのときに釣り手で持った襟をわざと下げて相手の首をロックして、大外刈みたいにして掛けるんですね。これで岡田弘隆さん(昭和62年大会準決勝・払腰「一本」)とか須貝等さん(昭和58年大会準々決勝・払腰と袈裟固の合技「一本」、昭和61年大会三回戦・払巻込「技有」)とか日蔭暢年(昭和62年大会準々決勝、大外落「一本」)さんとか、3人とも世界チャンピオンですが、きれいに持っていった。相手が頭を下げたときに釣り手を下げているから何をやってるんだろうなと思うと、首をギロチンみたいにロックして頭を上げてやって、そこで胸が着いたらもっていく。岡田さんと須貝さんのときは最後は手を離していましたかね。本人に聞いたらあれがすごくやりやすいそうです。凄いなと思いました。
古田 朝飛先生に以前、わざと手を下げておいて引っ掛けて、こう蝶番みたいに肘を挙げて頭ごと持っていく技術をお聞きしたかもしれません。
朝飛 天理の技術として、わざと引っ掛けて手首を返すというのをお話したかと思います。正木さんはもっとゆるゆるに持って肘全体でロックするというか、曲がったまま持っていく。あれだとだいたい引っかかってしまうと言っていました。マニアックなところですみません。
古田 ありがとうございます。さすが朝飛先生という3つのチョイスでした。それでは次に林さんお願いします。