• HOME
  • 記事一覧
  • ニュース
  • 「私の全日本選手権ベスト『一本』」/eJudo版・令和2年全日本柔道選手権予想座談会「『令和最初の全日本』を語りつくす」(上)

「私の全日本選手権ベスト『一本』」/eJudo版・令和2年全日本柔道選手権予想座談会「『令和最初の全日本』を語りつくす」(上)

林毅 もと「近代柔道」誌編集責任者。30年以上にわたって大会を直接取材し、全日本選手権プログラムの編集に20年以上携わっている。書籍「激闘の轍・全日本柔道選手権大会60年の歩み」では企画・編集を務めた。

林 はい。僕は結構大衆的なところというか、オーソドックスなところで行かせて頂きます。選んでいくとどの年も、大会ごとに1つくらいものすごくきれいな技があって、これ良かったなと見入ってしまう。でもその中で特に凄かったものとして挙げたいのは、平成8年の三谷浩一郎さんと増地克之さんの試合ですね。

一同 おお!

林 まず三谷さんが大外刈に行き、増地さんがそれを返そうとし、それをさらに三谷さんが、体が後ろに倒れながら残して返した。

古田 「大外返し返し」ですよね。

林 えーっというくらい体が反り返りながら、残してそのまま投げた。あれはすごかったですね。

【平成8年大会 準々決勝】
三谷浩一郎(東京)〇大外返△増地克之(四国)
強豪篠原を破って上位進出を果たした三谷に、充実した試合振りを見せる増地の興味ある一戦。左にがっちりと組み合い、先ず三谷が左大内刈を放つが空を切り、続いて三谷が真向から左大外刈にゆけば、増地ぐっとこらえて返さんとしたが、三谷最後強力に刈り返せば、両者共に空に浮くも増地もんどり打って落ち「一本」。三谷好調のうちに準決勝へ。31秒。(雑誌「柔道」より引用)

古田 昨年、西森さんから「平成の美技」としても挙がった一撃ですね。

西森 返す、返さないの攻防のなかで、三谷さんは空中で浮いたまま、そのまま返したんですよ。そんなこと物理的にありえるのかという信じがたい一発でした。

古田 写真を見ても、これはこのまま増地さんが投げたんだろうなとしか思えない。両方浮いていて、増地さんは釣り手で片襟を押したまま前に傾いていて、三谷さんのほうは上半身が後に反り返っていて、しかも足は畳を離れているんですよ。このまま物理法則が働くと増地さんが投げて終わりそうなもの。なぜそのあと三谷さんが投げて終わるのか。まさに異次元ですね。

朝飛 三谷さんはもつれると強い。相手が技をかけてきたところとか、透かし際とか。養父直人さんも足払いを足払いで返されたのがありましたね(※平成9年大会3回戦「養父が右足払を放ち、元に戻るところを三谷がタイミングよく追い込んで右足をとばせば養父の体は大きく宙を舞って「一本」(雑誌「柔道」)」。確か篠原さんの内股を透かしたこともありましたよね。

古田 この「大外返し返し」が起こった平成8年大会、1つ前の試合(三回戦)ですね。1分くらいで決まった試合でした。三谷さんはこの大会絶好調で決勝進出、篠原さんは優勝候補の1人でしたから会場は凄い歓声でした。

西森 しかもあれ相四つの内股透ですよね。

林 凄い!

朝飛 相手とのバランス比べになると本当に強いですよね。

林 もう、三谷さんだけでベスト「一本」が3つ全て揃ってしまうのではないかという勢い。綺麗さで行くと岡田弘隆さんを投げた内股、あれは初出場のときですよね(平成2年大会準々決勝)。

古田 「投げの形」通り、相手が右へ回ったところを左内股。

林 あれも非常に美しい技でしたが、衝撃度でいったら増地さんを投げたこの「大外返し返し」かなということで、まずひとつ選ばせて頂きました。

古田 では、林さんの2つ目をお願いします。

林 さらなる衝撃があったのが、91年の金野潤さんの蟹挟。あのとき正木嘉美さんは物凄く調子が良くて、先に出足払で「技有」を取ってこのまま勝つのかなと思っていたら、あの蟹挟ですよ。今となっては見られない技なので、時間が経って余計に凄さが際立ちます。威力はもちろん、あんなにきれいに蟹挟が決まるのを見られること自体がそうないと思うんですよね。吉田秀彦さんとの蟹挟合戦(平成6年大会決勝)とかいろいろありましたけど、あそこまできれいに後ろにバターンと倒れる見事な決まりかたは、なかなか見られないなと思います。

【平成3年大会・準々決勝】
金野潤(東京)〇蟹挟△正木嘉美(近畿)
一本勝を重ねて復調ぶりを見せる正木と出場四回目体力・気力共に充実ぶりを見せる金野の好勝負が期待される一戦。開始早々、金野が右大外刈で攻めれば、正木は左払腰で攻め返すが引き手が切れて場外。正木得意の左出足払に、虚をつかれた金野仰向けにとび「技あり」となる。(中略)二分を廻って正木左内股、金野右大外刈の攻防。続く金野の蟹ばさみの奇襲に正木たまらず仰向けに倒れて、「一本」。正木足を傷めたが、金野逆転の一本勝で準決勝へ。二分四十九秒。(雑誌「柔道」より抜粋引用)

古田 この令和の世になって選ぶ全日本のベスト「一本」に蟹挟を持ってくるところに林さんの矜持というか、全日本は武道の大会なんだぞというプライドとメッセージを感じて、非常にいま感じ入っています。

林 ああいう技はなくなってほしくないですよね。確かに危険かもしれないしあのときも正木さんは担架で運ばれていると思いますけど。でも結果的には大きな怪我もしていませんでした。

朝飛 タイミングが良かったですよね。落ち方がきれいだった。でもその前に出足払で「技有」を取った正木さんも凄かった。金野潤さんは守りがすごくてまさに鉄壁という感じ。その金野さんから取ったので、これはもはや蟹挟にいくしかないだろうなと思っていました。練習しているのを見ていたんですよ。

林 ここ一番であの技を出すんですよね。

朝飛 そして金野さんは逆転勝ちが結構ありますよね。岡泉茂さんとやったときも残り10秒の大内刈で「有効」取って逆転したり(平成6年大会準々決勝)、とにかく勝負強い。

林 勝負師ですよね。本当に発想が豊かだし、事前に色々なことを考えているからああいう技が出る。それが今の強化委員長の仕事にも色々活きているのではないでしょうか。

古田 では林さんから、最後の1つをお願いします。

林 (メモを見ながら)そして、もうひとつというのがすごく悩ましいというか、困りました。

古田 まだ悩んでおられるんですね。技術的に美しい「一本」はたくさんあるんですが、3つだけとなるとバックグラウンドとか相手の格まで変数として入ってきて、本当に選び難いですよね。

林 そうなんです。では僕がちょうど一番現場取材をしていた頃に行われた試合から、小川直也さんが古賀稔彦さんを投げた、あの足車を挙げたいと思います。

【平成2年大会・決勝】
小川直也(推薦)〇足車△古賀稔彦(東京)
五分を回って、小川組むやの左体落だが浅く、古賀左小内刈の奇襲も小川軽くかわし、背後から絞めを狙ったが「待て」。古賀懸命に右小内、右背負と試みるが浅井。場外際に移行して、小川が古賀を前かがみにさせ、左足を飛ばしてひっかけ、巧みに体をねじると、軽量の古賀たまらず飛んで畳を背負う。足車「一本」。七分十三秒。両者の健闘に万来の拍手。気力充実、小川がプレッシャーをはねのけ、群を抜く強さで見事に二連覇を達成した。(雑誌「柔道」より抜粋引用)

林 それまでは足車という技自体がフィーチャーされることってほとんどなかった、それどころか足車という名称で正確に紹介されたこと自体が非常に少なく。「払腰」の呼び名で済まされていたというか。でもあれはこれぞ足車という一撃でしたから。

古田 あそこまで理合をきっちり見せつけられたら、払腰で済ますわけにはいきませんからね。

林 あの試合が実現したこと自体がミラクル。古賀さんは70キロそこそこで無差別の試合に出て、決勝では130キロ近い男に立ち向かっていった。そして最後まで体格の違いには一切言及せず、投げられたのは自分の弱さが出たんだと話していました。終わったあとは大の字になって上を見上げて、本当に悔しかったんだと思います。すごい男だと思いました。

古田 林さんが一番良く見ていた時ですし、古賀さんへの思い入れもあると思いますが、ここにこの技を入れてくるのが林さんの全日本愛だなと思います。まずこの足車が「大が小を取る技術」であり、重量級側から無差別の全日本を象徴する技術とも言えること。また、そのあと足車が市民権を得て広まったこと、つまりは全日本選手権が技術伝播の発信源となったとことも、林さんの頭の中にはあるのだと思います。全日本愛を今すごく感じています。素晴らしいなと思います。

林 本当によく見ていた時代。普段から練習も良く見に行っていました。いまは、マスコミでも練習は公開日とか限られたときにしか見られなかったりしますが、当時はふらっと行って稽古を見ることが出来たんですね。携帯電話もなくそんなに密に連絡が取れるわけではなかったですから、ちょくちょく、取材にかこつけていきなり練習を見に行かせてもらっていました。明治大と日体大の道場にもよく行っていて、2人の普段の練習の姿を見ていたこともあって、あの勝負が実現して、そのこと自体に感動しました。しかも満員ではすまないくらいのお客さんが入っていて、古賀さん目当ての若い女の子が立ち見までしていて、大会自体がすごく盛り上がっていましたね。…あのとき「柔道部物語」の小林まことさんをアリーナにご招待して試合を見ていただき、漫画付きの観戦記を「近代柔道」に書いて頂いたんですが。小林さんもすごく感動されて、興奮していたのを覚えています。

古田 普段から稽古場に顔を出して、現場には小林まことさんを呼んで観戦記を書いてもらってと、これぞザ・柔道記者ですよね。「柔道部物語」を読むたびに、「現代柔道」の記者に林さんの影を重ねて僕ももっと稽古見たいんだよな、と思っています。ありがとうございました。いずれも非常に全日本愛を感じるチョイスでした。では最後に西森さんお願いします。

関連記事一覧