• HOME
  • 記事一覧
  • ニュース
  • 「私の全日本選手権ベスト『一本』」/eJudo版・令和2年全日本柔道選手権予想座談会「『令和最初の全日本』を語りつくす」(上)

「私の全日本選手権ベスト『一本』」/eJudo版・令和2年全日本柔道選手権予想座談会「『令和最初の全日本』を語りつくす」(上)

西森大 NHK松山拠点放送局・報道番組プロデューサー。業界では希代の柔道マニアとして名高い。NHKスペシャル「日本柔道を救った男~石井慧 金メダルへの執念」、「アスリートの魂 どんなときも真っ向勝負 柔道 大野将平」などを制作。2016年からは全日本柔道連盟広報委員も務める。

西森 当たり前ですが、柔道は2人でやるもの。お互いの力が拮抗することで、さっき林さんが挙げられた三谷さんと増地さんの試合のように信じられない場面が生まれることがある。それが大きな魅力だと思っています。全日本選手権は最高峰の舞台に最高レベルの選手が集う大会ですから、そういう場面が何年かに一度生まれるわけです。実は林さんが挙げた三谷さんと増地さんの試合を私も挙げようと思っていたんですが、そういった類の、お互いの力が拮抗したことで生まれる「一本」ということでいくつか挙げたいと思います。まず1つ目は昭和57年大会の日蔭暢年さんと元谷金次郎さんの試合。元谷さんの柔道はこのころからすごいアバンギャルドといいますか、良い意味で今でも通用するというか、このときも開始早々に「韓国背負い」風にぐるっと回って、そこから巴投に引き込んで「有効」取って、どんどん寝技で攻める。そしてケンカ四つで日蔭さんが左払腰を掛けたら待ってましたとばかりに元谷さんが腰に食らいついて谷落に行こうとするんですけど、そこから日蔭さんがもう一回左払腰に入ってきれいに「一本」を取ったんですよね。一瞬静止して、伸るか反るかみたいなところからの「一本」というのが、インパクトがありましたね。

古田 試合後恒例の雑誌「柔道」の振り返り座談会では、上村春樹さんが「今度の大会で一番奇麗な技だったと思います」と絶賛しています。映像で見たことがありますが、大歓声でしたね。皆が「あっ!」と思ってる間に決まるのではなく、今にも決まるんじゃないかというあの一瞬の間が良いんですよね。テレビで繰り返し使われる古賀稔彦対ステファン・ドット戦の一本背負投「一本」も、一回担いでこれは行くんじゃないかという間があるから皆がどっと沸くんですよね。「いった!いった!いった!」というあの興奮と、結末のカタルシス。映像としての良さはもちろん、こういう技は短い時間に物語があるんですね。

【昭和57年大会・準々決勝】
日蔭暢年(東北)〇払巻込△元谷金次郎(近畿)
いきなり元谷の巴投は強烈「有効」となる。続いて元谷横四方固に抑え込んだが、日蔭よく逃れる。日蔭の大外を、元谷その足を取って押したてたが、場外。日蔭これではならじと左体落にいけば、元谷これを残し、抱きついて体をよせたところに日蔭が左払巻込を放てば、これが綺麗に極まって一本となる。一分。(雑誌「柔道」より引用)

朝飛 一回元谷さんが抑え込んでいますよね。

西森 横四方固で抑え込みましたが、日蔭さんが逃れて「解けた」となりました。

朝飛 あのとき「逃がす」というのはこういうことだと思い知りましたね。勝負の厳しさです。

司会・古田英毅 eJudo編集長。柔道六段。

古田 元谷さんが日蔭さんの大外刈の裏から踵を取って裏からどーんと押して、日蔭さんは試合場から落ちて役員席までたたらを踏んだ。このシーンはやはり印象的だったのか、前述の雑誌「柔道」の「全日本柔道選手権大会漫画ピックアップ」でも取り上げられています。「はでな技の掛け合い」「大バク笑」「この大会で一番沸いた試合」「武道館をゆるがす大カン声、拍手のあらし!」と紙面の4分の1近くがこの試合。準々決勝でこれですから、よほど印象的な一番だったんでしょう

西森 1試合場しかなくて全員が注目しているから、会場全体の呼吸が試合にコントロールされるんですよね。さきほど古田さんが仰った「どうなるんだ!という一瞬の盛り上がり」まさに全員が選手の一挙手一投足に注目する、全日本選手権という場ならではだと思います。そして次に、同じ系統でもう一試合挙げさせて頂きますと、昭和62年の岡田弘隆さんと旭化成の前野秀秋さんの試合。ケンカ四つで前野さんが右から小外刈に出るタイミングで岡田さんが左から大外刈で足を絡みつけて、これも一瞬どっちになるんだ、と止まったところから小さい岡田さんが刈り倒して「一本」を取った。これも同じロジックですよね。一瞬時間が止まるような瞬間があって。なおかつ、相対的に小兵の岡田さんが大外刈で刈り取るというのが、すごく全日本的。印象に残る試合でした。

【昭和62年大会・三回戦】
岡田弘隆(関東)〇大外刈△前野秀秋(九州)
二回戦で新里を破り好調の新鋭岡田が、強豪前野と如何に闘うか、注目の一戦。両手を挙げて気合を掛け合い、岡田は左、前野は右組みの態勢。岡田が先ず左背負投で先行。場外際に移行して、前野が右小外を掛けんとした端に、岡田これをすかして左大外刈を放てば、ものの見事に極まって、一本。岡田の技の冴えがひかる。三十五秒。(雑誌「柔道」より引用)

林 岡田さんの「二枚腰」は本当にすごかった。

朝飛 伊藤(久雄)さんのことも大内刈で持っていきましたよね。引っ掛けておいて、小外刈にいくのか小内刈にいくのかと思っていたら、切り替えて大内刈で投げました(※昭和62年大会準々決勝「岡田が左大腰から小内刈と攻め、伊藤がこれを返さんとするところを左大内刈に変われば、伊藤たまらず横転して『有効』」(雑誌「柔道」))。あの瞬間は面白かった。

西森 実はこの系統の最たるものとして最後に三谷さんの試合を挙げようと思ったんですけど、林さんに挙げられてしまったので。「拮抗」や「一瞬の間」とはまったく逆のロジックなんですけど、僕の中で最もインパクトを受けた試合として、平成12年大会の準決勝、篠原信一さんが大阪府警の藤原康博さんと戦った際の内股。なにか爆発が起こったんじゃないかというくらい、藤原さんが吹っ飛んでですね。さっき朝飛先生が仰っていた大迫先生の背負投と同様、人というのはこんなに高く宙を飛ぶものなのかと思いました。

一同 

林 確かにすごかった。

【平成12年大会・準決勝】
篠原信一(推薦)〇内股△藤原康博(近畿)
安定した試合運びで群を抜く強さで勝ち進む篠原に、初出場ながら積極果敢な攻めで準決勝進出を果たした藤原が挑戦。共に左にすんなり組み合い、藤原が思い切り良く左大外刈で先行、続く藤原の左大外刈も篠原しっかりと受け流す。38秒、篠原に「教育的指導」。藤原なおも臆するところなく左大外刈、支釣込足と攻め立てるが、篠原も左大外刈を放って応戦。続いて、がっちりと組み止めた篠原の左内股は豪快に決まって「一本」となる。1分16秒。(雑誌「柔道」より引用)

西森 篠原さん本人も軸足が宙に浮いて。これも映像を今でも見られると思うんですけど、なんでこんなことになるんだろうという飛び方でした。非常に印象に残っていますね。

朝飛 すごかったなー、あの技。

古田 この試合の写真が残っているわけですが、篠原さんが決めの体勢で上にいて、藤原さんが両足に天井を向けたまま下にいる。その態勢で2人とも全身が宙に浮いているわけですが、その時点で死に体の藤原さんの背中から畳までの距離が大げさでなく50センチくらいあるんですよ。どうやって投げたらそうなるんですかね。物理法則に反していますよ。

林 内股の威力については、篠原さんは物凄いものを持ってました。

西森 人が弾け飛ぶ感じでしたね。

古田 それまでの日本人の系譜の内股にはない説得力がありました。

林 なんなんでしょうね。遠心力なのかな。手足が長いから。

朝飛 足がしなやかに揚がる人も、上にあるものを蹴るというか、タン!と上がる人もいますが、篠原選手の場合は下からものを、ドーンと当たりが強くなるように上げているなと感じますよね。だからああいう飛び方になるのかなと。上げる前に膝を曲げてドンと溜めてますよね。山下先生も大外刈にいく前に膝を曲げて溜めますけど。あれの内股バージョンみたいな感じです。凄いなと思います。

西森 今は良い時代になりまして、ここまで挙げた試合はどれもウェブ等で見られるかと思います。この座談会を読まれた方には、ぜひ探して見てみてほしいですね。

古田 さすがお三方。大向こう受けするものを敢えて避けたと申しますか、その中で我々が考える全日本選手権の魅力という文脈にかなった「業」をしっかり挙げて下さったなと感服します。どれも映像でぜひ見て欲しい、そして探せるものばかりではないかと思いますので、ぜひ読者の皆様にもご覧になって頂きたい。どれもなるほどと納得いただける、素晴らしい「一本」です。

<「一回戦」へ続く>
→全日本柔道選手権歴代成績一覧

関連記事一覧