【eJudo’s EYE】いまは耐えるとき、真摯に稽古の自粛を/上水研一朗氏に聞く

東海大・上水研一朗監督に話をお聞きした。同大柔道部は他に先駆けて8月末までの解散措置をとった。

文責:古田英毅
Text by Hideki Furuta

新型コロナウイルスの感染リスク拡大のさなか、3月31日に全日本柔道連盟から高校生以下の稽古自粛を要請する通知が出された。感染力が異常に強く無症状者の振る舞いが社会全体の行く末を決定づけてしまうこのウイルスの特性、そして紛うことなき「濃厚接触」である我が競技の特徴を考えれば当然の措置だ。

この仕事をしていると全国から色々な情報がもたらされる。その中には、まことに残念ながら極めてネガティブなものも混ざる。曰く、少年指導者が公共施設で運営するクラブを閉じながら個人道場を借り切って隠れて指導を続けている。曰く、地方の私立強豪校が学校で活動できなくなった一方校外に出て粛々と寝技の特訓を重ねている。曰く、学外の道場での稽古を企画した挙句指導者が「こんな状況でも練習できることに感謝しろ」と顎を上げて生徒にのたまう。曰く、稽古難民の若者が平然と「いつから練習出来るの?」とスポーツ施設の閉鎖状況を聞きまわり、しっかり飯食って寝てさえすれば俺は感染しないとばかりに隠れて稽古を繰り返す。

情けない。冗談ではない。彼らは新聞を読まないのか、必要な保健情報にアクセスしていないのか、専門家会議の提言を読んでいないのか。いまは緊急事態宣言前夜、誤解を恐れずに言えば戦時だ。日本の社会が医療崩壊に瀕するかどうかの瀬戸際だ。嵐が過ぎ去り、おそらく多数の人間が亡くなったのちのアフターコロナの世界で柔道が社会に受け入れられるために必要なのは「彼らは自身の競技特性をよく理解し、社会の崩壊を未然に防ぐために理性的な行動をとった」という評価のみ。この病において、稽古が出来るような元気な若者にリスクが少ないのは誰もが知っている。死ぬのは彼らではなく、その行動による感染拡大を受けた高齢者たちだ。あなたがたが大好きな自他共栄という言葉を切り取れば「自」にはリスクが薄いが「他」を危険に晒すのがこのウイルスだ。目先の稽古欲や指導欲を満たさんがために集団での稽古を続け、無症状感染による罹患者を増やした挙句高齢者を死の淵に追いやり、地域の医療崩壊の片棒を担いで助かるはずの命を失わしめたとすれば、アフターコロナの世界で「あいつらが感染拡大を助けた」と我がジャンルは指をさされて糾弾されることになる。あなたがたがやっていることは社会と、そして柔道自体に対するテロ行為だ。

と憤る一方で。寄せられる情報を集めて感じるのは、感染拡大が身近なものである都市部と、いまだこれが対岸の火事である地方の人間の切迫感の差だ(SNSで「全国小学生学年別大会が中止されたり稽古自粛通知が出されたのは全柔連で感染者が出たから(慌てて判断に影響を及ぼしたという推測か)ではないか」という仰天の書き込みすら見かけた)。しかしこの差は仕方がない。友人知己が、あるいは隣の会社の従業員から陽性者が出、街から人が消えるさまを身近で見ているものと、いまだあくまでこれがテレビやスマホの中の「お話」であるクラスタに同じ切迫感を求めることは無理がある。

そんな中で日本大学柔道部が早々に解散措置をとったことと天理大学が全てのクラブ活動を停止したこと、そしてなんといっても斯界のトップチームであり6月に予定されていた全日本学生優勝大会で5連覇に挑むはずだった東海大学柔道部が8月末までという長期間の解散(活動停止)措置をとったことは極めて大きなインパクトがあった。これで事態の切迫をようやく身近に感じた関係者も多かったのではないだろうか。

筆者ごときの意見では説得力がなかろうということもあり、他に先駆けて異例の長期解散措置をとった東海大柔道部の上水研一朗監督に電話でお話を聞いた。要旨を下記に記したい。

   *   *   *   *   

――8月末までの解散措置を取ったのは本当ですか?
事実です。4月1日に解散を宣言し、3日までの間に生徒を実家に帰して寮を閉鎖しました。原則車で迎えに来てもらい、どうしても公共交通機関を使うものは保護者の承諾のもと、検温して発熱がないことを確認し、同意を取り、その上で帰しました。

――判断の背景を教えてください。
大学の方針に則ってのことです。私たちは大学傘下の一組織ですからこれに従う以外の選択はありませんし、何よりこれが適切な措置だと思っています。大学は5月11日から授業をオンラインで行い、8月末までは学生を一切学内の施設に立ち入らせないこととなっています。

――大学の判断について。
教授会の場で今後の試算が出されました。6月から9月に掛けて東海大学病院で一時に感染者を何千人扱うことになるか、大学の教職員に何割の感染者が出、そのうち何パーセントが死亡するかの予測が数字としてシビアに提出されました。あくまで最悪の場合を想定した数字ではありますが、これが判断の根拠となりました。

――学生優勝大会延期の判断が出る前に、既に解散していたわけですね?
私は、これは戦争だと思っています。世界は戦時です。大会や柔道は確かに大事なものですが、命あってのものだね。いまは命を守る行動を優先するしかありません。戦争のさなかで柔道は出来ません。まず生き残らなくては何も始まりません。

――解散期間、学生に与えた稽古上の指針は?
人と接触する稽古は禁じています。ですから「柔道」は出来ません。接触が前提の競技ですから。ただし頭では考えられるし、トレーニングは出来ます。自分の練習は自分で考えなさいと話しています。確かにパフォーマンスが落ちるものがいるかもしれないし、これで弱くなるものも出るかもしれない。しかし逆にパワーアップするものがいるかもしれないし、考え抜いたことで柔道が変わる選手が現れるかもしれない。これは本人の自覚次第です。賢いかどうか、考える能力と習慣があるかどうかが問われます。ですから、間違いなく良い機会でもあります。柔道競技者にはいまだに「やらされる」文化と習慣が濃く、なかなかこれから抜け出せない。しかし柔道は自分で考えないと絶対に伸びない競技。ここは自分で考えて、自ら行動する癖をつけるチャンスであると考えています。

――生活上の指針は?
敢えて1つ言うとすれば。たとえば(十分体を鍛えて免疫力の高い)東海大の柔道部員がこのウイルスに感染したとして、重症化して死亡するような事態はちょっと考えにくいわけです。ただしそれを甘く見て回りの命を奪うようなことや、危険に晒すような行動は決してあってはならない。大事な人間を死に至らしめたり社会を壊すようなことは絶対にあってはならないのです。ここは我慢。学生や我々はもちろん、社会全体が我慢するときです。終息が見えれば、活動が早く再開できる可能性も開ける。そのためにも、今は我慢が必要です。まず生き残るために、そして社会のために自分が出来ることをしっかりする、耐えるべきところをしっかり耐えることが必要と話しています。

――学生さんはそれぞれの実家に帰省したわけですが、情報を収集していると、都市部と地方で切迫感の差をひしひしと感じます。
感覚を共有するということは難しいのですが、甘く見てはいけないと思います。イタリアやニューヨーク、対岸の火事だと楽観視して切迫感のなかったところがいま大変な事態に陥っている。あっという間に医療が崩壊してしまった。いま感染者が少ない地域も、1つ間違ったら大変なことになってしまいます。強く危機感を持って欲しい。危機感を持つためには賢くなければならないし、適切な知識がなければならない。賢くなく、知識が足りていない人は止まれません。もし目先の欲のために集団で稽古をしてしまい、感染を広げてしまったらこれは社会に対するテロリズムであり、今後柔道というジャンルが社会から受け入れられなくなってしまう。1人1人の行動と、何より柔道人全体の賢さが試されていると思います。

――そんな中、東海大柔道部が先んじて解散を決めたことは大きなインパクトがあったと思います。
大学の方針に沿ったわけですが、うちがやらないとどこもやらないという思いもありました。とにかく事態を軽く見ない方がいい。今は皆で我慢するときだと、強く訴えたいです。繰り返しますが、柔道人が、全体としての「賢さ」を試される時だと思います。

   *   *   *   *   

本文では伏せさせていただいたが、東海大学の判断の根拠となった数字は衝撃的なものであった。また、氏が「これは戦争」「戦時下で柔道は出来ない」「まず生き残らねば話にならない」と繰り返していたことも非常に印象的だった。

筆者も完全に同意する。そして「柔道が出来るような(免疫力の高い)もの自身には危険が薄い」「しかし自身の活動自体が他者を危険に晒し、社会の崩壊の引き金を引きかねない」この新型コロナウイルスは、自他共栄の精神を考えるにはこの上ない材料なのではないか。そして己の欲望を満たさんがゆえ、社会を危険に晒す行為は自他共栄のまさに真逆であるということだけはここで強く訴えておきたい。

感染力が高いが重症化率が低いこのウイルスの怖さは「個」にはない。個はさほど怖くないのに全体としての振る舞いが超多量の感染者を生み出し、医療をオーバーキャパシティ状態に押しやり、助かるはずの命を奪い、社会を壊死に至らせる。「群」が恐ろしい性質の疫病なのだ。この「群」の振る舞いを活性化させる、集団での濃厚接触が避けられないのが我がジャンルの宿命。ここは歯を食いしばって、我慢をするしかないのだ。

私自身も稽古環境を奪われ、指導現場を失った。それは稽古がしたい、子どもたちに混ざって現場に立ちたい。しかし今は「我慢の時」だ。一緒に我慢をしよう。自他共栄の精神に立ち返ろう。上水氏の語る通り、いまは柔道人の賢さが試される時だ。

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