【東京世界柔道選手権2019特集】大野将平圧勝V、世界の強豪まったく寄せ付けず・男子73kg級速報レポ―ト
取材:eJudo編集部
撮影:乾晋也、辺見真也
→東京世界柔道選手権2019組み合わせ(公式サイトippon.org内)
東京・日本武道館で行われている東京世界選手権2019は27日、競技日程第3日の男子73kg級と女子57kg級の競技が行われ、男子73kg級は日本代表の大野将平(旭化成)が優勝を飾った。大野は全試合一本勝ち、2013年リオデジャネイロ大会と2015年アスタナ大会に続く世界選手権3度目の優勝。
大野の強さは段が違った。並みいる強豪をなで斬り、というよりも大人が中学生に稽古をつけるかのような、単に全試合一本勝ちという記録だけでは到底表現しかねる異次元の強さで全6試合を終わらせた。初戦(2回戦)の強豪ミクロス・ウングヴァリ(ハンガリー)戦は両足を畳につけて仁王立ち、どこでも持てば一緒とばかりに釣り手で脇下あたりを握ると、一瞬だけ足を畳から離したその瞬間に投げを決めて内股「一本」、4回戦ロンドン五輪王者66kg級王者のラシャ・シャヴダトゥアシヴィリ(ジョージア)戦も背筋を伸ばして仁王立ち、周囲をひらひら動く昆虫を平手でたたき落とすかのように突如動きを起こすなり大外刈「一本」。準々決勝で世界ジュニア王者ビラリ・ジログル(トルコ)がまったく組み合わずに掛け逃げと組み手の切り離しを続けると、「それではダメだよ」とばかりに絞め上げ、強引に腕を引っ張り出して腕挫十字固「一本」。あたかも先輩相手に醜い稽古を演じた後輩に「わからせてやる」がごとく。ジログルが肘を抑えて悶絶する様には、大野相手に下手な試合をしたら単に負けるだけでは済ませてもらえない、というような迫力が漂った。
準々決勝のデニス・イアルツェフ(ロシア)戦は相手の体の長さゆえ決めが詰め切れず、投げのポイントの取り消しが2度、「技有」に近い投げが2度。結局巴投と崩袈裟固の合技「一本」で勝利するのだが、試合時間のほとんどすべて一方的に投げられっぱなしだったイアルツェフが、大野と3分半以上戦えたというだけで凄まじい強者に見えてしまうほど。決勝はリオデジャネイロ五輪で決勝を戦ったルスタン・オルジョフ(アゼルバイジャン)を1分17秒内股「一本」で破った。
柔道自体の「強さ」、フィジカルと精神面の強さはもちろん、後の先の技術が極度に発達した競技世界においてミスを犯さずに投げ切るためのアプローチ、徹底警戒されるはずの組み手を乗り越える方法論と、技術的にも極めて高いものを見せつけた。大野に隙なし、とあらためて世界に見せつけた、競技史上に刻まれるべき圧勝だった。
3位には昨年に引き続きヒダヤト・ヘイダロフ(アゼルバイジャン)、そして階級きっての足技の巧者デニス・イアルツェフ(ロシア)が入賞した。タジキスタン勢が健闘、大物食いを繰り返したベフルジ・ホジャゾダと同僚のソモン・マフマドベコフの代表2人がともに3位決定戦まで進んで5位に入賞した。
入賞者、決勝ラウンドと日本代表選手全試合の戦評は下記。全試合記録はこちら。
入賞者
【入賞者】
(エントリー92名)
1.ONO, Shohei (JPN)
2.ORUJOV, Rustam (AZE)
3.HEYDAROV, Hidayat (AZE)
3.IARTCEV, Denis (RUS)
5.KHOJAZODA, Behruzi (TJK)
5.MAKHMADBEKOV, Somon (TJK)
7.BUTBUL, Tohar (ISR)
7.CILOGLU, Bilal (TUR)
【成績上位者】
優 勝:大野将平
準優勝:ルスタン・オルジョフ(アゼルバイジャン)
第三位:ヒダヤット・ヘイダロフ(アゼルバイジャン)、デニス・イアルツェフ(ロシア)
決勝ラウンド戦評
【3位決定戦】
デニス・イアルツェフ(ロシア)○優勢[技有・大外巻込]△ベフルジ・ホジャゾダ(タジキスタン)
大野相手に粘ったイアルツェフ、この日大物食いを連発した台風の目・ホジャゾダともに右組みの相四つ。ホジャゾダが引き手で両袖をガッチリ抑えて下方向に絞り込んで放さず、前傾させられたイアルツェフは前に出ながらしながらなんとか釣り手を切り、腰を抱えて右前隅に振らんとする。ホジャゾダが右背負投でいったん展開を切って「待て」。続く展開は前段の攻防を踏まえたイアルツェフが先に引き手で袖、釣り手で奥襟を持って前に出る。押し込まれたホジャゾダ畳を割って1分39秒場外の「指導」失陥。
ホジャゾダまたもや引き手で袖を一方的に掴み、イアルツェフの釣り手を封殺。相手を前傾させると左一本背負投に座り込む。やや崩れたイアルツェフだが、相手の背を超えて右腋下から右手を入れ、両手で相手の右腕を抱えこんで引き起こす。ホジャゾダが仕方なく立ち上がるとそのまま右大外巻込に連絡。ホジャゾダはこの変則の形についていけない。腕を前に持っていかれて体を伸ばされ、転がって2分8秒「技有」。格上、かつ試合運びの上手いイアルツェフがリードしたことで以後試合は減速。2分32秒には両者に「取り組まない」咎による「指導」。残り18秒イアルツェフに「取り組まない」咎による「指導」が与えられ、ここで試合が終わった
【3位決定戦】
ヒダヤット・ヘイダロフ(アゼルバイジャン)○GS技有・小外掛(GS7:47)△ソモン・マフマドベコフ(タジキスタン)
マフマドベコフが左、ヘイダロフが右組みのケンカ四つ。互いに危機管理能力が高く試合はなかなか動かず。45秒主審双方に「取り組まない」咎で「指導」を与えて試合の加速を促すが、以降本戦4分はほぼ組み手の駆け引きのみに消費される。ヘイダロフが肩車、マフマドベコフは時折良いタイミングの左小外刈を見せるが展開は大きく動かず、残り13秒ヘイダロフに場外の「指導2」が与えられたのみで試合はGS延長戦へ。
ヘイダロフが右で背中を叩き、右足を相手の右足裏に入れて止める「サリハニ」状態からの隅返と肩車で手数を積み、GS1分15秒マフマドベコフに防御姿勢の「指導2」。スコアが並んだことでここから互いに投げるための最短距離行動をとるようになり、「はじめ」が掛かるなりヘイダロフが背中を抱え、応じたマフマドベコフと腰を差し合いながら、一発技を仕掛け合うことが続く。マフマドベコフは払巻込に体落、奇襲の右「一本大外」、ヘイダロフは肩車に大内刈、奇襲の「韓国背負い」。しかし互いに落ち際を詰め切れず、GS5分を超えるとさらに攻防はシンプルとなり、抱き合いの密着が頻発することとなる。GS6分41秒に立ち現れたマフマドベコフの左小外掛とヘイダロフの右大内刈によるシーソー状態などはかなりのみもの。しかし前、後ろと力を籠め合う投げ合いからヘイダロフが選ぶ出口がことごとく隅返であるため、結局は互いが潰れることとなりひたすら消耗が積み重なる。しかしGS47秒、横移動しながらマフマドベコフが左足を振ったところに、ヘイダロフが右小外掛をかち合わせる。重心移動にタイミングのあった、いわば「送り小外掛」となったこの技にマフマドベコフは体ごと一瞬大きく浮き上がり、そのまま畳に落ちて「技有」。総試合時間12分に迫る熱戦を日本武道館の観衆は大拍手で讃えた。
【決勝】
大野将平○内股(1:17)△ルスタン・オルジョフ(アゼルバイジャン)
リオ五輪決勝の再現カードは大野が右、オルジョフ左組みのケンカ四つ。リーチの長いオルジョフ手先で組み手を争い、大野がにじり寄るとわずかに下がって外しながら一方的に持つチャンスを狙う。大野は先に引き手で袖を僅かに得、釣り手で前襟を持つなりまず右内股。これは襟が持ち切れておらず、大野が反転すると釣り手が離れて「待て」。続いてオルジョフ引き手で先に袖を得ると一気に詰めて釣り手で横襟を持つ良い形を作り出す。大野背を抱えてひとまず守り、前に出て来たオルジョフが腰を切る牽制を入れるとこれに応じて呼び込み左内股。オルジョフ大きく崩れて「技有」相当だが、前段のオルジョフの前進の際に大野既に畳を割っており、「待て」。大野に場外の「指導」が与えられる。経過時間は44秒。
続く展開、大野にじり寄るとまず釣り手で前襟を確保。時間を置かずに引き手で袖を腕ごと掴む。オルジョフが釣り手を内から入れて突き、やや間合いが遠いかとも思われたが大野早い勝負で右内股。まず作用足を股中に置き、軸足を進めて本命の跳ね上げ。大きく浮き上がったオルジョフの体は釣り手の間合いの遠さゆえ外側に離れていくが、大野は脚を大きく開いて横に追いかけ、引っ掛かりをキープ。両手のコントロールも良く効き、脚を下ろすと間合いを詰められたオルジョフ体を逃がせず背中から落下「一本」。
大野は表情も変えず。全試合一本勝ちで、3度目の世界選手権制覇を成し遂げた。
日本代表選手全試合戦評
大野将平
成績:優勝
【2回戦】
大野将平○内股(1:07)△ミクロス・ウングヴァリ(ハンガリー)
試合が始まるなり、組むと立っていられないウングヴァリが左背負投に潰れて「待て」。大野ジリリと相手に寄り、組み手を求める。ウングヴァリは大野に釣り手で襟を持たせてはならじと必死の防御。大野ならばと引き手で袖を僅かに、釣り手で脇下のあたりを持つと、そのまま右内股。見た目の絵は「体を振っただけ」。しかしウングヴァリまさに吹っ飛んで、両足を降ろした大野の足元で畳に埋まる。「一本」。畳上にどっしり立つ大野が、片足を離したのは投げの瞬間だけ。あまりの強さに日本武道館どよめく。
【3回戦】
大野将平○内股(1:22)△ユニス・エヤル=スルマン(ヨルダン)
大野が右、エヤル=スルマンが左組みのケンカ四つ。大野が前に出るとエヤル=スルマン左背負投に潰れるが大野は立ったまま引き起こして微動だにせず。25秒エヤル=スルマンに「指導」。続いて大野が引き手を持ち、右出足払を放った直後の1分2秒「指導2」。大野が前に出ているだけで相手に反則が積み重なる体。直後大野二本を得ると、自ら一瞬相手から離れる動きで、前に引き出す。その空間に吸い込まれるかのように上体が伸びた相手に右内股を見舞い「一本」。
【4回戦】
大野将平○大外刈(1:45)△ラシャ・シャヴダトゥアシヴィリ(ジョージア)
前戦素晴らしい送足払を決めて絶好調のロンドン五輪66kg級金メダリスト、第2シードのシャヴダトゥアシヴィリと戦う、山場のはずの一番。組み手は右相四つ。シャヴダトゥアシヴィリ左一本背負投を見せるが大野揺るがず静かに接近。引き手で前襟を握ってにじり寄る。どっしり立つ大野のまわりをシャヴダトゥアシヴィリが、相対的に軽く動き回る体となる。シャヴダトゥアシヴィリ、釣り手を肩越しに入れるが大野嫌わず両襟の右大外刈。ガクリとシャヴダトゥアシヴィリ崩れ、大野は釣り手の肘を左脇下にねじ入れて力を伝え、きれいに投げ切って「一本」。
【準々決勝】
大野将平○腕挫十字固(3:34)△ビラリ・ジログル(トルコ)
右相四つ。大野が引き手で右前襟を握って前に出ると昨年の世界ジュニア王者ジログルは立っていられない。隅返で体を捨て続け、一瞬たりとも組み合わない。大木に昆虫が止まったかのように大野は揺るがないが、主審は意外にも1分8秒大野に偽装攻撃の「指導」を宣告。直後ジログルがまたもや体を捨てると、大野は「これは掛け逃げだよ」とばかりに両襟のまま「抱っこ」の形で空中に持ち上げる。主審反則を取らざるを得ず、1分59秒ジログルに偽装攻撃の「指導」。
大野は両襟の大外刈、ハナから守備が頭にあるジログルは腹這いに落ちかかるが大野押し込む。体側が着いたようにも思われたがこれはノーポイント。
掛け逃げが封じられたジログル今度は右に左に切りまくり、まったく組もうとしない。大野慌てずジワリ前に出、たまらず体を捨てた相手に寝技で襲い掛かるとまず絞め、次いで無理やり腕を引っ張り出して腕挫十字固。ジログルが耐えるとやや怒気を発して伸ばし切り「一本」。
ジログルは腕を抑えてしばし立てず。大野相手に半端な試合をして怒らせたら、ただ「一本」を取られるだけでは済まない。そんな根源的な恐怖を周囲に与え得る、迫力の試合だった。
【準決勝】
大野将平○合技[巴投・崩袈裟固](3:46)△デニス・イアルツェフ(ロシア)
右相四つ、大野前に出て右大外刈を見舞うも、体の長いイアルツェフの脚を引っ掛けきれず、やや空転して「待て」。大野前に出て間合いを詰めるが、足技の上手いイアルツェフ動き際を膝車で押さえて展開に楔を入れる。間合いを図った大野1分18秒に右内股、高く上がったイアルツェフ頭から畳に落下、次いで体側を着いたように見えたこの技に主審は「技有」を宣告するが映像チェックの結果取り消し。以後は大野が思い切って投げを見舞い、イアルツェフが懐の深さで回避することの連続。2分20秒には右大外刈、イアルツェフが尻餅をつくと追いかけて押し込むが、ポイントは与えられず。「指導」奪取を経た2分53秒には右内股、相手に透かされる気配ありとみるや敢えて掛け切らずに膝を着いて止め、膝から落ちた相手の立ち変わり際に二の矢の内股を打ち込んで投げ切る。主審「技有」を宣告するが、これも取り消し。続いて3分11秒には回しこみの内股も、イアルツェフが跨いで腕挫十字固を狙って「待て」。
あくまで内股か、あるいは相手の長い体を固定し得る大外刈か。ここで大野の選択は、背中を叩かんと手を伸ばして来たイアルツェフの前進を捉えての巴投。勢いのついた相手が体を縦に舞い上がると、膝を入れて横にコントロール「技有」。そのまま崩袈裟固に抑え込んで合技「一本」。
【決勝】
大野将平○内股(1:17)△ルスタン・オルジョフ(アゼルバイジャン)
※前掲のため省略