【東京世界柔道選手権2019特集】阿部詩vsケルメンディの実現なるか、志々目愛加えた世界王者3人競演のドリームマッチ・女子52kg級概況×詳細
階級概況
優勝候補は、現役世界王者の阿部詩(日本体育大1年)と2017年世界王者の志々目愛(了徳寺大職)、そして、2016年を含め3度世界を制しているマイリンダ・ケルメンディ(コソボ)の3名。力的にこれに割って入るまでの選手を挙げるのは難しく、優勝争いはこの3名のチャンピオンに絞られると考えて間違いないだろう。もっか無敵を誇る阿部とかつての「絶対王者」ケルメンディが同時出場する世界選手権はこれが初めて。加えてかつてケルメンディの牙城を崩した業師・志々目がエントリー、いずれもその成績のみならず戦いぶり自体でファンを魅了する世界王者3名が一同に会した超豪華大会だ。
このV候補3名に続くのはナタリア・クズティナ(ロシア)とアモンディーヌ・ブシャー(フランス)の2名で形作る図内「トップグループ」。ここまでが明確なメダル圏内で、この2人と続く選手たちとの間にもはっきり力の差がある。以降はシャーリン・ファンスニック(ベルギー)、オデッテ・ジュッフリダ(イタリア)らで形成する第2グループと、エベリン・チョップ(スイス)、アナ・ペレス=ボックス(スペイン)ら第3グループによる大混戦。
というわけで強者の数が限られ、かつかなり序列がハッキリした階級なのだが、この混戦集団の中で「確変」の匂いが漂う選手を挙げるとすれば、かつてリオ五輪で決勝進出という驚きの戦果を挙げたジュッフリダということになるだろう。もともとは掛け潰れ志向の泥臭い「指導」奪取型手数ファイターであったが、足技の強化という意外な方向に舵を切り、時折凄まじい勝ちぶりを披露している。保有武器が力関係をいきなり乗り越えられる「足技」であることは買い(たとえば、肩車中心のブシャーは勝てる相手には徹底的に勝つ一方で力関係で上の相手を食う可能性は低く、成績は常に序列通り)だ。イタリアチームの特性的にも、また既に五輪で銀メダルを得ているという立場からもあくまで本番は来年、と最後のジャンプの余地を残した順行運転で戦ってくるのではないかと思われるが、頭に入れておきたいダークホースだ。
注目の若手ということでは18歳のルハグヴァスレン・ソソルバラム(モンゴル)を挙げておく。まだカデ(U-17)カテゴリを卒業したばかりの若手で2月のヨーロッパオープン・オーバーヴァルト決勝では日本の武田亮子(龍谷大3年)に一本負けを喫していたがここから急成長。翌週のグランドスラム・デュッセルドルフでは前田千島(三井住友海上)を合技「一本」で破って2位入賞、4月のアジア・パシフィック選手権でも立川莉奈(福岡県警察)を同じく合技「一本」で破って決勝まで進んだ。体が強く、寝技が巧み。なかなか若手が出て来れないこの階級にあってひときわ目立つ、期待のニューカマーだ。
有力選手
下記リンク「選手名鑑・女子52kg級(東京世界選手権2019特集)」を参照されたい。現時点では有力11名の選手の柔道の傾向、組み手、得意技、実績などを紹介している。(追加の場合あり)
シード予想
阿部詩(日本体育大1年)、志々目愛(了徳寺大職)、マイリンダ・ケルメンディ(コソボ)の優勝候補3名が揃ってトーナメントの下側に詰め込まれた。準々決勝で志々目とケルメンディが潰し合い、その勝者が準決勝で阿部と対戦する形だ。阿部の準々決勝の相手は5月のグランプリ・フフホト決勝で右内股「一本」で一蹴しているエヴェリン・チョップ(スイス)であり、序列的にこの3名に迫る存在であるナタリア・クズティナ(ロシア)とアモンディーヌ・ブシャー(フランス)は上側(反対側)の山に配置されていて勝ち上がりには絡まない。まず間違いなく、シード配置のとおりに対戦が組まれると考えて間違いないだろう。ここでは3名の相性的な観点から、直接対決の様相について予想してみたい。
まず志々目対ケルメンディ。過去の対戦は2017年ブダペスト世界選手権の1度のみ、前述の通りこの対戦では志々目が勝利している。組み手は左相四つ。この時の戦いでは志々目が巧みな組み手管理、そして組み負けたところからでも足技と得意の左内股を仕掛けられる柔道の柔らかさを生かして相手のパワーを無効化。GS延長戦で焦れたケルメンディが不十分な形から仕掛けた左内股を透かし「技有」を得て勝利している。ケルメンディはこの試合通じて、得意の相手を固定する形を作ることが出来なかった。怪我からの復帰後、かつての姿勢良く相手を拘束する様がなかなか見られないことも勘案すれば、相性的な利は志々目にあると考えるべきだろう。
続いて、阿部対志々目、あるいはケルメンディについて考えてみたい。阿部と志々目は過去に6回対戦しており、うち5回阿部が勝利している。志々目の勝利は2017年全日本選抜体重別選手権の1度のみであり、以降は阿部が3連勝中だ。志々目の正統派で素直な柔道スタイルは阿部の強みである体の力の強さを正面から受けやすく、さらに、阿部が前襟を持つ、あるいは袖を絞るタイプであるため、志々目の良さである柔らかい技の入りや技の切れが発揮されにくい。直近の2試合ではいずれも阿部が「一本」で勝利しているが、これはアクシデントにあらず、強さと相性の論理的帰結と考える。阿部有利と観測すべきだろう。
一方ケルメンディは阿部にとって最も戦いにくい部類の選手だと思われる。阿部の柔道は前述のとおり体の力を前面に押し出し、組み勝ったうえで相手を豪快に投げつける「豪」の柔道だ。組み勝つことがベースである以上、おそらくパワーで阿部に勝り、かつ背中を持って固定してくるケルメンディには苦戦を強いられることが予想される。さらに、ケルメンディは阿部に対してケンカ四つの左組みであり、両袖が巧みな阿部といえどもその釣り手を完全に絞り続けることは難しい。
と、ここまで阿部の不利について語ってきたが、これはあくまでも従来のスタイルでの話。5月のグランプリ・フフホトでは敢えて相手を組み手で制し過ぎないまま戦い、ジェフェン・プリモ(イスラエル)、エヴェリン・チョップ(スイス)ら階級上位のパワーファイターを軒並み撫で斬り、オール一本勝ちで優勝を攫っている。これは対ケルメンディを意識した新スタイルのテスト運行と観察するのが妥当、あれから2ヵ月を経てさらにこの戦い方に磨きをかけているはずだ。加えて阿部はまだまだ育ち盛りの10代。日々フィジカルも強化されているはずで、そケルメンディ相手にパワーでもある程度対抗できる可能性もある。まとめると「あくまでケルメンディ有利だが、阿部にそれを覆すだけの材料あり」という観測となる。
以上ここまで長々3名の相性について述べさせていただいたが、いずれの選手も外野の予想を超える力を見せて出世して来た実力者。この相性どおりに試合が進むとは限らない。加えて上記はあくまで全員がフルコンディションで戦った場合の見通し。志々目はグランドスラム・バクー(5月)で右膝を負傷して一時は出場自体が危ぶまれていたし、ケルメンディは復帰後調子がいまひとつ上がらず、7月のグランプリ・ブダペストでは前田千島(三井住友海上)とアナ・ペレス=ボックス(スペイン)に立て続けに敗れている。コンディション的な変数が多い情勢でもあるのだ。とまれ、3人の世界王者競演というドリームマッチにふさわしい、中身の濃い試合に期待したい。
【プールA】
第1シード:アモンディーヌ・ブシャー(フランス)
第8シード:アナ・ペレス=ボックス(スペイン)
【プールB】
第4シード:シャーリン・ファンスニック(ベルギー)
第5シード:ナタリア・クズティナ(ロシア)
【プールC】
第2シード:阿部詩(日本体育大1年)
第7シード:エヴェリン・チョップ(スイス)
【プールD】
第3シード:志々目愛(了徳寺大職)
第6シード:マイリンダ・ケルメンディ(コソボ)