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リネール打倒の条件とは?原沢はダークホース候補ハモーと同プールからスタート/東京オリンピック柔道競技男子100kg超級階級概況解説・シード予想

<実力推測マップ。リネールは挑まれる立場で五輪を迎えることとなった>

階級概況

階級の絶対王者、五輪3連覇を狙うテディ・リネール(フランス)がトーナメントの軸。昨年2月のグランドスラム・パリでは明らかに緩んだ体で大会に現れ、影浦心(パーク24)に内股透「技有」で敗れて連勝記録が「154」でストップ。さらに10月の国内の団体戦でも国際的にはほとんど無名のジョセフ・テヘー(フランス)に「指導3」で敗れるなど、果たしてここから立て直せるのかと心配になる状態だったが、1月のワールドマスターズ・ドーハでは圧倒的な強さで優勝を飾り完全復活。再び「挑まれる立場」で五輪の畳に上がることとなった。

本階級を貫くテーマは大きく分けてふたつ。ひとつめはリネールを破る選手は現れるのか。そしてふたつめはリネール自身がどのような柔道をするのかだ。

絶対王者テディ・リネール。

まずはひとつめのリネールを破る選手は現れるのか、について。リネールの苦手としている選手の要素を並べると、①担ぎ技系、②ケンカ四つ、③切れる足技を持っている、となる。①②はリネールの柔道のベースである組み勝っての圧殺が効きにくいことが主な理由、①の担ぎ技が両袖の袖釣込腰、それも左右に仕掛けられればより有効となる。③は2010年東京世界選手権の無差別で上川大樹が勝利した試合を思い出していただけばわかりやすい。リネールは長身ゆえに足元まで十分に意識が届きにくく、足技、それもできれば固定する刈り技ではなく払い技に弱い。2017年ブダペスト世界選手権でグラム・ツシシヴィリ(ジョージア)が右払釣込足で大きく転ばし、あわやポイントかという場面を作ったことからもこれは明らかだ。今年のワールドマスターズ・ドーハでイナル・タソエフ(ロシア)が仕掛けた出足払も、非常に可能性を感じさせた。

現在の100kg超級は担ぎ技系の選手が増えたことから、①②③の各要素を備える選手は実は複数存在する。しかし、前提としての実力の絶対値で迫ることができるのは、原沢久喜(百五銀行)、ツシシヴィリ、ルカシュ・クルパレク(チェコ)の3名のみである。対リネールに限って3名の属性を分けると、原沢が総合力の高さ、ツシシヴィリが相性の良さ、クルパレクがサイズということになる。

<原沢久喜。純実力的な到達点は高い>

まずは原沢。この3名のなかで最高到達点がもっとも高く、威力のある投げ技を持っている。ただしパラメータに凹凸がないため、他の2名のようにリネールに長所をぶつけることは難しい。また、①②③で完全に満たしているものはない。

<相性的にはもっとも可能性あるグラム・ツシシヴィリ>

続いてツシシヴィリ。①両袖から左右に威力のある担ぎ技を仕掛けることができ、②左組み。そして、③切れ味鋭い右払釣込足を備えている。前述のとおり不調ではないリネールに最近でもっとも迫った選手であり、対リネールに絞って言えば頭一つ抜けている。

<2019年の世界王者ルカシュ・クルパレク>

最後にクルパレク。①②③で満たしているのは②の左組みのみだが、階級内ではラファエル・シウバ(ブラジル)を除いて唯一サイズでリネールに対抗することができる存在だ。リネールの組み手がいかに上手いとしても、それはあくまでサイズの優位を前提としたもの。クルパレクは過去2度対戦して敗れてはいるものの、いずれも正面から組み合うことはできており、他の選手がなかなか辿り着けないリネールと「組んで勝負する」ステージまで踏み込むことができている

以上、対抗馬の3名についてまとめたが、原沢とクルパレクはリネールに対する特効要素が足りず、ツシシヴィリはそれを満たしているものの、地力の点ではこの3名でもっとも低い位置にいる。つまり、この3名はいずれも一長一短。具体的に「リネールに勝つ」ところにまで辿り着くためには、何らかのプラス要素が必要にになる。それは選手によって新技術であったり、コンディションであったりと変わってくるだろうが、ワールドマスターズで本来苦手な担ぎ技系のタメルラン・バシャエフ(ロシア)や、左組みで担ぎ技が使え、かつ好調のヤキフ・ハモー(ウクライナ)をものともせずに完勝してみせたリネールの姿を見る限り、各選手がこれまでワールドツアーで見せてきた範囲の戦い方では勝てないことは確実である。この点に関して、例えば日本代表の原沢はかねてから右小内刈を磨いており、NHKの報道によると新兵器として右背負投の修得にも力を入れてきたとのこと。大会前のこのタイミングでこれを明かしたということは、これ以外にもさらなる武器を隠していると見てまず間違いないだろう。この各選手が対リネールを想定してどのような武器を持ち込むのかが、「リネールを破る選手は現れるのか」というテーマの鍵であり、最大の注目ポイントだ。もちろん、これは上記対抗馬の3選手以外にも当てはまることである。

<リネールはいまや大技を厭わない。五輪ではどうか?>

続いて2つ目のリネールがどのような柔道をするのか、について。これは実は大会や階級という枠を超えて、「オーバービュー」コラムで書かせて頂いた通り、2016年のリオデジャネイロ五輪からの5年間のIJFの改革の成否を問うテーマでもある。今タームは前ターム(ロンドンーリオ期)の集大成であるリオデジャネイロ五輪の反省からスタートしているが、そこでもっとも問題となったのは、同大会の掉尾を飾った100kg超級の決勝だ。組み合わずに組み手の攻防に終止しての指導差決着は誰が見てもつまらなく、IJFの目指すダイナミック柔道からはかけ離れたものだった。その試合の当事者こそがリネールである。この5年間、IJFは投げ(寝技)でハッキリ決着がつく見ごたえのある柔道を目指して「指導差決着の廃止」に代表される様々な改革を行ってきた。そしてその投げねば勝てぬルールのなかでリネール自身も大きく変わり、いまや大技をまったく厭わず「投げて勝つ」柔道を志向するようになった。それどころか自らがさらに強くなるためにこれまで守り続けてきた連勝記録をあっさりと(半ば自覚的であったはず)捨ててみせるなど、選手としてさらに一段高いステージに上った感すらある。ただし、今大会は4年に一度、常ならざる大勝負の舞台である。かつて「形はともかく絶対に負けない」に長い間囚われ続けたリネールが、果たしてこの五輪の畳の上でも投げを狙う柔道ができるのか。単なる勝敗だけではなく、この点にも大いに注目である。

<ダークホースは上り調子のヤキフ・ハモー>

リネール関連のことでずいぶん長くなってしまったので、ここからは簡単にメダル争いについて触れたい。まず、実力的にはこれまでに名前を挙げたリネール、原沢、ツシシヴィリ、クルパレクの4名が抜けており、これがそのまま表彰台の有力候補。ただしクルパレクはここのところ元気がなく、復調具合によっては序盤での脱落もあり得る。ここに続くのが第1グループの選手たちで、順当ならばここまでで表彰台は埋まるはずだ。第2グループに関しては第1グループと比べてそこまで大きな力の差はないものの、組み合わせの偏りなど何らかの事態が起きた場合以外は表彰台に上がるのは厳しいと思われる。ただし、1試合限定ならば序列を逆転して勝利する可能性も十分にあり、これは第3グループに関しても同様だ。伏兵候補はハモー。6月のブダペスト世界選手権では凄まじいハイパフォーマンスを見せて銅メダルを獲得している。同大会ではシウバの老獪な寝技の前に敗れて優勝にこそ手は届かなかったが、翌日行われた団体戦でも変わらぬ好調ぶりを見せつけ、現在非常に乗っている怖い選手だ。1月のワールドマスターズでも原沢を豪快な左小外掛で負傷棄権に追い込んでおり、調子と組み合わせ次第ではトーナメントの台風の目になる可能性もある。

シード予想

<リネールはシード外、最大の変数だ>

【プールA】
第1シード:タメルラン・バシャエフ(ロシア)
第8シード:オール・サッソン(イスラエル)
【プールB】
第4シード:グラム・ツシシヴィリ(ジョージア)
第5シード:ラファエル・シウバ(ブラジル)
【プールC】
第2シード:原沢久喜(日本)
第7シード:ヤキフ・ハモー(ウクライナ)
【プールD】
第3シード:ルカシュ・クルパレク(チェコ)
第6シード:ヘンク・フロル(オランダ)

優勝候補のリネールは、なんとシード枠に入ることができずノーシード。この最強のジョーカーを誰が引くのかでトーナメントの様相は大きく変わることになる。対抗馬の3名はツシシヴィリがプールA、原沢がプールC、クルパレクがプールDと、きれいにプールが分かれた。原沢の直下には前述のとおり1月のワールドマスターズ・ドーハで敗れたハモーが置かれており、この試合が山場。シード枠だけを見ても準決勝で2019年の東京世界選手権の決勝で敗れたクルパレクと対戦せねばならず、過酷な組み合わせだ。対ハモーに関しては、前回の対戦では鷹揚に組み手を進めている間に一気に抱きつかれて放られてしまっており、今回は早い組み手で先に組み止め、自らの間合いを保って勝負をしたいところ。対クルパレクについては今回も原沢が間合いを詰められないように釣り手で脇を突いてくると予想され、それをいかに掻い潜って技を仕掛けるかが勝利の鍵だ。上側の山のツシシヴィリは準々決勝のシウバは相性的に戦いやすい相手だが、準決勝で当たるだろうバシャエフが鬼門。過去の戦績は1勝4敗と負け越しており、現在3連敗中だ。

有力選手名鑑

引き続きアップする「有力選手名鑑」に実績、組み手や得意技、柔道の特徴をまとめてあるので参照されたい。20名をピックアップした。メルマガを先行、事後下記eJudoLITEにも随時アップさせて頂く。

選手名鑑 東京2020オリンピック(2021)

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