「二回戦」/eJudo版・令和3年全日本柔道選手権予想座談会(中)
太田彪雅(推薦・旭化成) ― 田中大貴(近畿・日本製鉄)
古田 右のサイドに移りまして、昨年準優勝の太田彪雅選手が登場。いきなり田中大貴選手と当るわけですね。
朝飛 いいカードですねえ、これまた。
古田 西森さん、いかがでしょうか。
西森 太田選手も今年はタイトルを狙う年だと思うので、影浦選手同様、入り方に注目したいと思います。同時に田中選手という全日本選手権のいわば「門番」的な選手に対して、どういう勝ち方が出来るのかが問われる一戦と思います。田中選手はもちろん柔道は上手いですし、足車という得意技もありますけど、年齢的なことも含めて、いま伸びて来ている太田選手のほうが有利なのは間違いない。この先はさらに手ごわい相手が待っていますから、ここでもたつくようだとなかなか厳しい。良い形で勝ちたいところでしょうね。
古田 太田選手勝利が前提も、勝ち方に注目というところですね。
西森 内股とか、バンと「一本」が取れるようであれば、勢いに乗れると思います。
林 太田選手に話を聞いたところ、試合はしたことはないが練習では組んだことがあり、足車が凄く上手く、そして強烈、という評価をしていました。
西森 そこはわかっているということですよね。
林 本人はけっこう初戦は緊張するタイプだと言っていますし、十分に研究してくるでしょうね。
朝飛 太田選手は準備の上手い人なんですよね。次に当たる選手にはこうする、と戦い方が常に明確です。初戦だから本来いちばんやり辛いはずなんですが、林さんのお話を聞くともう準備万端で来るのだろうなと想像します。
林 去年の佐々木健志選手との準決勝の袖釣込腰も、狙っていたと言わんばかりの技でしたね。
朝飛 代表戦の時もそうだったですよね(※2018年全日本学生柔道優勝大会決勝、佐々木健志選手から大外刈「一本」)きちんと相手が何をやってくるかを理解して、組み立てて試合をしています。
加藤慎之助(東京・皇宮警察) ― 前田宗哉(関東・自衛隊体躯学校)
古田 では次の試合。加藤慎之助選手と前田宗哉選手です。加藤選手は東京選手権のダークホース。勝ち上がりの山場としては、一色勇輝選手を谷落「一本」で取っています。
西森・林 ええ~。
古田 東海大出の伊藤好信選手を浮落「技有」、警視庁の名垣浦佑太郎選手を袖釣込腰「一本」と、名だたる強豪を投げて取っているわけです。「確変」起こしている感はありましたが、決してラッキーで出て来た選手というわけではない。
朝飛 日大藤沢高出身なんですよ。
古田 なるほど。朝飛先生は同じ神奈川県で、ずっと見て来た選手なわけですね。
朝飛 姿勢が良くて柔道が綺麗で、大内刈と小外刈が上手い。内股で持って行くときもありますね。神奈川県で高校柔道をするとどんな選手でも東海大相模高校と桐蔭学園高校の陰に隠れがちになってしまうのですが、彼は凄く目立つ存在でした。飯田健太郎選手と同じ湘南宮本塾の出身。綺麗な柔道を教える道場なんです。小さい頃から良い柔道をしているので、体が出来て来たところで長年染みついていたものが出て来たのでしょうね。大内刈で投げている姿など、これが「業」だなと唸らされるものがあります。
西森 高校関東大会の神奈川県予選では、個人無差別で優勝しているんですね。
古田 なるほど。
西森 山梨学院大が2019年優勝大会でベスト8に入った時のレギュラーメンバーで。去年は全日本選手権の関東予選に出場して、3回戦で野々内悠真選手、敗者復活戦に回って2回戦で佐藤正大選手にそれぞれ敗れています。講道館杯でベイカー茉秋選手と戦っている試合も動画で見させて頂きましたが、そのレベルと切った張ったの勝負をしてきた選手なんですね。
古田 朝飛先生と西森さんのお話を聞くと、何かきっかけを得れば、ドンっとこのステージに上がってくることが十分納得出来る選手ということですね。
朝飛 そうなんです。…ただ、相手が前田選手なんですよね。たぶん彼は左組みだったと思うんですが。
西森 はい、前田選手とはケンカ四つになります。
朝飛 良い技を持っていますので、左手が上がれば投げることが出来る可能性もありますが、この生命線の左釣り手が前田選手に抑えられるのではないかという気がするんですね。また、前田選手の寝技のしつこさというのも1つ見逃せない要素だと思っています。
西森 前田選手の方も相四つと比べるとケンカ四つをやや苦手にしていますので、そういう意味で、いま朝飛先生がおっしゃられたように釣り手の攻防ですね。そこがどうなるか。楽しみな試合になると思います。
古田 勝ち上がりとしては前田選手を推しますけれども、ケンカ四つということもあり、また加藤選手の柔道の筋目の良さやいま爆発してきているという「旬」な勢いもあり、見逃せない一番ということになりそうですね。
林 面白いですね。やっぱりこういう選手が活躍する大会であってほしいですね。
古田 加藤選手が東京のあの厳しいブロックから全日本選手権本戦の舞台まで上がってくるのは、夢がありますよね。
朝飛 うん、うん!
西森 ひとつ思うんですけど、福本翼選手とか山本考一選手とか、ベテランになってから全日本に出てくる選手は、筋目がいいんですよね。柔道の。
古田 本当にそう思います。
西森 今回出場のこの加藤選手や岩﨑恒紀選手とかもやっぱりそうで。伸びしろを残すんでしょうね、良い柔道というのは。
古田 原則論になってしまいますが、袖と襟の二本を持って、組み合って進退する柔道はやはり拡張性が高いですからね。同じ土台から攻めも守りも上手くなり、どこまでも、技も増やしていける。
林 そうやってベテランになって出て来る選手が警察官だったり刑務官であるということも良いなと思います。全日本の良さ、面白さを引き立たせている感じがしますね。
古田 我々が日本柔道の発露の場として尊重しているこの全日本選手権に辿り着く選手が、日本の柔道人が「筋目が良い」と思える柔道をする選手である、ということはメッセージとしても非常に良いですね。私は少年指導をしていて、もはや勝ち負けには一切こだわらないのですが、1つだけ競技成績から規準を語れと言われたら、やはり全日本選手権に出るような選手を育てたい、そういう柔道をして欲しいと言います。その意味でも、いまの西森さんの指摘は物凄く励みになります。
斉藤立(推薦・国士舘大) ― 尾原琢仁(九州・旭化成)
(※註:斉藤選手は座談会後の12/17に欠場を表明)
古田 斉藤立選手と尾原選手の試合。林さん、いかがでしょう。インタビューもされているかと思いますので、そのあたりも盛り込んで頂いて。
林 斉藤立選手に関して言うと、学生体重別団体での左膝の負傷がどこまでのものかが不安なところです。彼はもともと腰に椎間板ヘルニアも抱えていて、これまでも怪我の状態がどれだけ練習を積めるかに直結し、それがそのまま試合の好不調に繋がるところがありました。そして今回は11月のグランドスラム・バクーで優勝して帰ってきた後、2週間の隔離期間もあってあまり練習が積めなかったようなんですね。学生大会も出場するかどうかかなり不透明な状態だったんです。なんとか出てきて欲しいなとは思っています。怪我をするたび、「もう少し体を絞るべきだ」という意見が聞こえてきますので、すこしこのあたりの話を。体重はいま165キロ。「ベスト体重?」と聞いてみたら「自分のベストが何キロなのか、まだわかりません」という答えでした。ただ、167キロで出場したグランドスラム・バクーでは体も動いて自分でも良い状態だと感じたし、試合内容もまずまずだったと。バクーの表彰式の写真を見られるとわかると思うのですが、皆大きい。4人並んで斉藤選手が一番小さいくらい。そういう意味では、この大きさをうまく保って強くなって欲しい、そうでないと海外では勝てないのではないかとも思います。・・・余談が長くなりました。尾原選手も身長193センチ、体重125キロ。全日本らしい、重量級同士の迫力ある対決になります。前回出たときも非常に大きな選手に勝ちましたが。
西森 黒岩貴信選手ですね。
林 はい。黒岩選手に良い勝ち方(大内刈で「技有」から袈裟固の合技)をしていました。ここは万全の状態であればというか、普通の状態であれば斉藤立選手が勝つのではないかなと思っています
西森 尾原選手とは2019年の講道館杯で戦って、勝っているんですよね。GS延長の大内刈でした。
古田 やはり大内刈なんですね。こういう試合は。
西森 そうなんです。斉藤選手の場合、やはり膝の怪我の状態がどうかということに焦点が絞られるでしょうね。
上田轄麻(近畿・日本製鉄) ― 小原拳哉(東京・パーク24)
古田 上田轄麻選手と小原拳哉選手の試合です。朝飛先生、読みとしてはいかかでしょうか。
朝飛 小原選手が強いことは重々わかっているのですけど、上田選手の試合の構成のうまさは格別なんですよね。それこそ斉藤立選手が2回当たっていますが、いい所を出せず負けている(※2017年講道館杯で崩上四方固「一本」、2018年講道館杯は「指導3」)。殺すべきポイントはしっかり殺して、それでいて攻めるときには大胆に攻める。
古田 実際の試合は上田選手が勝ち上がる可能性が高いと。
朝飛 そうですね。小原選手は地力もあるし、学生時代も良く取っていた、あの片襟で瞬時に大外刈から背負投に変化する「大外背負い」みたいな技を織り交ぜながらしぶとく戦うと思います。ただ組んで止まってしまうと上田選手は非常に上手いですし、掛け終わりに相手の体をめくったり浴びせたりするのも得意。軽量級が相手のときは入らせる隙間をわざと与えて、相手が入って来たところを止めたり、浴びせたりというのをやります。
西森 上田選手は今年から拠点を広畑に移して、予選も今回から近畿で出場。この練習環境の変化がどう出ているのかですね。新しい環境で十分稽古が出来ているようであれば、地力も上手さもある選手ですし、今大会はまた斉藤選手の前に壁として立ちはだかるんじゃないかという予感がしています。
古田 上田選手を推した上で、実際の試合で選手間の評判非常に高い小原選手がどれだけやるか、期待しつつ見守るという感じでしょうか。
石内裕貴(九州・旭化成) ― 高橋翼(東京・国士舘大)
朝飛 これはまた、楽しみなカードですね。
西森 右相四つなんですよね。
古田 まさにそこがポイントかなと。
西森 髙橋選手が小外刈を狙って、追っかけようとしたら、石内選手の足車が飛んでくるみたいな絵が浮かびます(笑)。
古田 組み手の進行を考えると、あまり髙橋選手が力を直接伝えるようなイメージが抱きにくい試合とも思いますね。
林 最初に話したように、石内選手の組み手の上手さと強さは格別。斉藤立選手がまったく組ませてもらえなかったと。右と左の違いはありますが、高橋選手がまさにそこにいま苦労しているように見えることを考えると、石内選手の勝利と考えるのが妥当かなと思います。去年、3位にも入って自信をつけていると思います。
古田 石内選手の組み手と、持ち技のタイプは、ちょっと髙橋選手の柔らかさで吸収しきれないようなイメージがありますね。石内選手が具体的に投げて勝つ、あるいは組み手で髙橋選手の力が出ないような方向で完封していくというイメージでしょうか。皆さま異存ないようですので、ここは石内選手を推させて頂きます。
野々内悠真(関東・京葉ガス) ― 熊代佑輔(東京・国際武道大教)
朝飛 熊代選手、年齢を重ねるたびに何かしてくれるのではないかという期待感が強くなります。野々内選手は上手い選手です。組み手も妥協せず、やるべきことをしっかり積み重ねて試合を作るし、そして勝負強い。ただ、熊代選手が飄々と、角度を変えたり反対の技を掛けたりしてセオリーに則っていない攻め方をして優位に立っていくのではないかと思います。
西森 熊代選手のほうが柔道に良い意味での「破れ」がありますよね、柔道に。野々内選手は基本的に巡行運転の柔道なので。
古田 まったく同感です。組み手も技も、そして「際」もセオリーを外さない、柔道人同士の駆け引きの文脈に則った強さが野々内選手の持ち味ですから、これを踏まえた上でさらに破調を演出できる熊代選手のジャンプ力の高さが上を行く気がします。
朝飛 野々内選手の釣り手が上手く嵌って熊代選手の動きを止めることが出来れば、と思うのですが、熊代選手はそういう時でさえも一段上の何かをしでかしてくれるのではないかという予感がするんです。
西森 まさしく。
古田 ではここは、熊代選手の勝ちとさせて頂いて次の試合に進みます。
小川雄勢(東京・パーク24) ― 千野根有我(関東・筑波大)
古田 小川雄勢選手に千野根有我選手が挑戦。好カードというか、柔道のタイプ違えどどこか方向性が似た印象の、2人の重量級選手の対戦です。
朝飛 千野根選手は雑なところもあるんですが、先ほど話したような足技一発の上手さもある。非常に楽しみなのですが、ただ、小川選手のあの凄まじい圧力で頭をずっと下げさせられると、カラータイマーが消えるような感じになってしまうのではないかと少し心配です。すかっと力が抜けてしまって、私たちが千野根選手頑張れと、力が入ってしまうような展開が待っている気がします。
古田 ご指摘の通り、小川選手のあのすべてを塗りつぶすような圧力を剥がして、その上で己の柔道を展開していく力はまだ千野根選手にはついてないかな、というふうに思います。いかがでしょう、皆さん。
西森 異論はありません。
朝飛 千野根選手、中学時代の試合を見ると、これはどこまで伸びるのだろうとびっくりしました。斉藤立選手も、中野寛太選手も一発で投げている。
古田 中3の近畿ブロック大会ですね。私も当時映像を見て凄い選手が出て来たと驚きました。中野選手を投げた一撃など凄まじかった。私、全国中学校大会優勝時に現場で取材して、激賞しているんですよね。もう少し時間を掛けて見守っても良かった。そのくらい、良かったんです。
朝飛 その後、例えば全日本カデ選手権の決勝とか、これぞの試合でなかなか勝ち切れませんでした。潔いというか、人間的に優しいなと思ってしまうところはあります。
古田 ここぞで、びっくりするくらい飛んでしまうところがありますね。
西森 得意技のステップを切っての足技など、筑波大の先輩である生田秀和さんばりと思うのですが。
古田 決定的に違うのは、生田選手はまず順方向の投技が強くて切れ味があって、その上での足技だということですね。今、千野根選手はバランス的に、フェイント技であるこの足技の取り味ひとつで勝負する方向に傾いてしまっています。なかなかこれでは大型選手を投げることは出来ない。大型集う全日本出場を良いきっかけに、さらに成長して欲しいですね。
王子谷剛志(東京・旭化成) ― 七戸龍(九州・九州電力)
古田 2回戦最後の試合、王子谷選手と七戸選手の試合がここでやってきました。…林さんいかがでしょう。
林 きょう何度もお話している通り、2回戦のカードじゃないでしょうというのが最初に湧く感情ですね。時代を感じるという言い方だけでは括れない、複雑な気持ちです。
朝飛 恰好いいと思います。王子谷選手はもう3回も優勝して、七戸選手は世界選手権で大活躍して決勝ではあのもっとも強い頃のテディ・リネール選手をほとんど投げかけて、団体戦でもアウェイの厳しい状況で逆転の抑え込み「一本」を決めてくれた。そうやって、一番輝いているところをファンに見せてくれた2人が、また挑戦しています。自分を信じ柔道にまっすぐ向き合って、またこの舞台に上がってくれる。本当に格好いいです。こういう選手に勝ち上がって欲しい。
林 それがふたりともじゃないですか。ここで当たってしまうのはやっぱり切ないですよ。
朝飛 本当ですね。あまりにも早いですね。
林 この2人で戦うのではなく、若手に対して「俺を越えてみろ」という感じで戦って欲しかったです。どちらかが勝ち上がる嬉しさよりも、どちらか1人がここで負けてしまうということが悲しい。
古田 実に林さんらしい。
林 今回の最多出場と2番目出場ですよ。9回と11回。何もここで当てなくても・・・、
古田 感情を越えて、我々は勝負の様相に踏み込んでいかねばなりません。皆さんいかがでしょう。
林 既に幾度も戦って。勝ち越してるのは王子谷選手の側だと思います。王子谷選手、昨年話を聞かせて頂いたときにも衰えてる感じはまったくないと言い切っていましたし、彼はこと全日本にはただならぬ気持ちで臨んできます。七戸選手に話をお聞きしたときも、結局は1度も優勝出来ていないと、ものすごく悔しい思いがにじみ出ていました。「やはりこのふたりの試合は凄い」といういい勝負を見せて欲しい。
西森 過去の自分を越える。お互いと戦うんですけど、王子谷選手も七戸選手も、過去の自分を越えるような試合をして欲しいですね。新しいものを見せるとか。自分なりのこだわりということでいいと思うのです。人間、衰えるのは間違いないですし、王子谷選手も七戸選手も、それぞれ今の自分と向き合っていると思います。そこでこれまでの戦いをなぞるような試合ではなく、何か新しいものに挑む姿を見せてくれたら、とても素敵だなと思います。
古田 私はもう、この2人が畳に上がるだけで胸がいっぱいになってしまうのではないかと思います。朝飛先生、いかがですか。
朝飛 勝敗予想ですか? 大内刈で七戸選手です。
古田 おっと!
朝飛 七戸選手が大内刈で「技有」を獲って勝ちます。
古田 その心は。
朝飛 昨年の試合ぶりですね。最後は佐藤正大選手にあまりにも粘られて息が上がってしまったのですけど、手が届いていたら持って行ったのではないかという場面がいくつもあったんですよ。王子谷選手も逆転勝ちをして凄く良かったのですけれども、七戸選手のほうが安定性がある形には見えました。ただ、そうは言いましたけど、本当にわからないですよ。西森さんが仰った通り、二人ともに何か新しい自分を見せて頑張って欲しいですね。
古田 ・・・大内刈ですか。なるほど。言われてみれば王子谷選手はこのところ、組み際に意外な受けの脆さをみせていますし。
朝飛 そうなんですよね。昨年投げられた2回は、いずれも組み際でした。
古田 七戸選手は遠間で勝負出来ますから、組んでいても、ちょっと組み際属性がありますね。
朝飛 遠間の大内刈に、体落もありますからね。
林 後半がっぷり組み合って、すごい技の打ち合いとかしたら盛り上がるでしょうね。
朝飛 それは最高ですね!
古田 どちらの可能性もあるんですけど、ここは敢えて朝飛先生の「断言」を買って(笑)、七戸選手が大内刈「技有」で勝ち上がるということで2回戦を締めたいと思います。