【東京世界柔道選手権2019特集】業師フォンセカ驚きの初優勝、ウルフアロンは不調も銅メダルを確保・男子100kg級速報レポート
取材:eJudo編集部
撮影:乾晋也、辺見真也
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東京・日本武道館で行われている東京世界柔道選手権2019は28日、競技日程第6日の男子100kg級と女子78kg級が行われ、男子100kg級はジョルジ・フォンセカ(ポルトガル)が優勝した。ワールドツアーでまだタイトルのないフォンセカはもちろんこれが初優勝。決勝はニヤズ・イリアソフ(ロシア)を背負投「技有」で破った。2年ぶりの優勝を狙ったウルフアロン(了徳寺大職)は3位だった。
弊サイトでもたびたび「業師」として紹介してきたフォンセカはこの日素晴らしい出来。第8シード扱いながら序盤の組み合わせにも恵まれて、得意の背負投は試合をこなすごとに切れ味を増す。1回戦はトーマス・ブリセノ(チリ)から1分27秒に奪った背負投「技有」による優勢勝ちだったが、2回戦でアヴタル・シン(インド)を僅か20秒の背負投「一本」に仕留めると、一段相手のレベルが上がった3回戦ベンジャミン・フレッチャー(アイルランド)戦でも開始20秒に背負投「技有」、さらに1分16秒背負投「一本」と投げまくる圧勝、誰の目にも好調明らか。常の大会であればこのステージから消耗してシード選手相手に「善戦ののちの惜敗」を繰り返すのだが、準々決勝では第1シードのヴァーラム・リパルテリアニ(ジョージア)をも、残り45秒、この背負投のフェイントから放った素晴らしい小内刈「一本」で撃破。ついにベスト4ステージ進出。
そしてフォンセカが乗りに乗りまくる一方で、他ブロックではこれぞという強豪が互いに潰し合い、疲弊し切っていた。2連覇を狙うチョ・グハン(韓国)は準々決勝で一昨年王者のウルフアロンをGS延長戦の競り合いの末に一本背負投「技有」で破ったものの、準決勝ではV候補ニヤズ・イリアソフ(ロシア)と9分11秒の消耗戦を演じて力尽き、ともに次戦にまったく力を残せず。フォンセカと準決勝を争うガシモフは、ここまでで優勝候補の一角と噂された剛力選手アルマン・アダミヤン(ロシア)、前戦でカールリヒャード・フレイ(ドイツ)を破ったラファエル・ブザカリニ(ブラジル)、そして第4シードのマイケル・コレル(オランダ)と続いた強豪との連戦ゆえか、試合が始まるなり異常なほどの疲労。開始数十秒で膝に手を当て、肩で息をするリオ五輪の銀メダリストをフォンセカは攻めまくり、残り6秒でついに背負投「技有」獲得。そのまま決勝進出を決めた。
決勝の相手はイリアソフ。初対決だが、常の力関係を当てはめればフォンセカの不利は否めない。しかしイリアソフは前述の通り準決勝のチョ戦で演じた長時間試合ですでに疲弊し切っており、得意の密着勝負でも、投げ切る力がないことを自覚しているかのような煮え切らない進退。それでも自制を効かせて一瞬のチャンスを探し続けるが、一方のフォンセカは背負投にさえ入れれば必ず勝てる、ばかりにと組み手争いの動きひとつにも迷いがない。開始から攻めまくり、58秒には片襟の右背負投で「技有」確保。このまま4分間を戦い切ってついに世界の頂点に辿り着いた。
丁寧な「礼」を済ませ、しかし試合場外に出るなり喜びを抑え切れずその場でダンスを披露するフォンセカに会場は大拍手。実はフォンセカ、準決勝で残り6秒「技有」を得た後に、あきらめたガシモフが開始線から動かぬと見て取るや試合時間が残っているにも関わらずそのまま横に走って座り込み、拳を握りしめて大喜び。そして「それまで」を聞くや我に返って主審に手を合わせて必死に謝るというシーンを演じ、その人間臭い魅力で既にすっかり観衆の心を捉えていた。新たな人気ものの誕生である。
超ハイレベル階級に立ち起こった、「知る人ぞ知る業師」の戴冠劇。前日の90kg級に続き、この100kg級もその混戦ぶりと階級全体のレベルアップが、ダークホースの勝利であらためて示された大会だった。
3位にはマイケル・コレル(オランダ)とウルフが入賞。
コレルは3位決定戦でチョと戦い、袖釣込腰「技有」で勝利。2年連続のベスト8を経てついに悲願のメダリストの座を得ることとなった。前述の通りチョは準々決勝のウルフに準決勝のイリアソフとV争いの本命と連戦。よくも悪くも燃費の悪い粘戦スタイルのまま、しかも消耗激しい抱き勝負を執拗に挑んで来るイリアソフと試合時間10分に迫る熱戦を演じて既に力が残っていなかった。
チョの準決勝は、最終的には場外「指導3」での終戦という結末。観衆がどよめいた通りかなり辛い判定であり、不服を表明してもおかしくないところであったが、意外にもチョは試合が終わるとイリアソフの手を取り、高く掲げて勝者を讃えるというまことに潔い引き上げ。昨年の王座戴冠を経て一段人間的に大きくなったと感じさせる、素晴らしいシーンを演じて観衆から喝采を浴びていた。
ウルフは初戦から、試合ぶりをみる限りでは明らかなコンディション不良。攻めては投げ切れず、守っては普段なら体の強さという「地力」で弾き返すチョの担ぎ技を先んじて飛ぶことで潰すという「技術」に頼り、動きの端々があるべきウルフの予測軌道からことごとくダウングレードの印象。最後は再三いなしてきた左一本背負投を受け切れず「技有」失陥、準々決勝で本戦トーナメントから脱落となった。その後敗者復活戦から2試合を勝ち上がって銅メダルは確保。優勝争いの大本命という事前予測からすれば物足りない結果だが、コンディションを考えればむしろ上出来。技術と戦術の引き出しにピンチを救われ、最低限の結果は残したという大会だった。
入賞者および、決勝ラウンドと日本代表選手全試合の結果は下記。
入賞者
【入賞者】
(エントリー62名)
1.FONSECA, Jorge (POR)
2.ILYASOV, Niyaz (RUS)
3.KORREL, Michael (NED)
3.WOLF, Aaron (JPN)
5.CHO, Guham (KOR)
5.GASIMOV, Elmar (AZE)
7.ELNAHAS, Shady (CAN)
7.LIPARTELIANI, Varlam (GEO)
【成績上位者】
優 勝:ジョルジ・フォンセカ(ポルトガル)
準優勝:ニヤズ・イリアソフ(ロシア)
第三位:マイケル・コレル(オランダ)、ウルフアロン(了徳寺大職)
決勝ラウンド戦評
【3位決定戦】
マイケル・コレル(オランダ)○優勢[技有・袖釣込腰]△チョ・グハン(韓国)
右相四つ。コレル奥襟を叩き、すぐさま左引き手で右袖をガッチリ握り込むとチョが嫌って手元に引き戻す。コレルはこの動作に沿って左袖釣込腰一発、釣り手は奥襟から滑らせて両袖。不用意に受けたチョ初弾は右手で畳を押して回避したが、バウンドして戻ったところにコレルがもう一段体ごと突っ込む。チョの左腕の中に頭を差し入れて回す形でゴロリと投げ切り、33秒「技有」。チョは準決勝の長時間試合の影響か、最大の長所である集中力が既に切れている印象。1分33秒には消極的との咎で「指導」、2分16秒には双方に「取り組まない」咎で「指導2」が与えられてチョはスコア上まさに後がなくなる。なんとか反撃したいところだが、豊かな組み手の引き出しを開けるだけの精神力がもはや尽きている感あり。ギアを上げられないまま4分間が過ぎ去って終戦、2年連続ベスト8のコレルが悲願の表彰台に辿り着くこととなった。
【3位決定戦】
ウルフアロン○優勢[技有・隅落]△エルマー・ガシモフ(アゼルバイジャン)
ウルフが左、ガシモフが右組みのケンカ四つ。前戦で異常なまでの疲労を見せていたガシモフに対し、ウルフすぐさま左釣り手で背中を得て迫る。ガシモフいったん掛け潰れて「待て」。ウルフ優位の立ち上がりだが。しかし1分6秒、ウルフ横落に潰れて偽装攻撃の「指導」失陥。
1分過ぎから、ウルフは意外なほどあっさり釣り手で横襟を高く持てるようになる。ガシモフはこれを切らずにそのまま受け入れ、明らかに後の先狙い。ウルフが思い切って左内股に出るとガシモフやはり隅落で切り返し、双方潰れて「待て」。以後もガシモフは一切逆らわずにウルフに横襟を与え、後の先の返し技を狙うという作戦。なかなか網に引っ掛からないウルフに業を煮やしたか、3分過ぎには準決勝同様「両手ぶらりのノーガード」でゆらりと、異常な近距離までウルフに迫る。ウルフ一呼吸で左内股に飛び込むが投げ切れず、そしてこの思い切りの良さゆえガシモフも立ったまま返し切れずにウルフのみが潰れて攻防は収束、「待て」。
残り32秒、ウルフはまたもやほぼ完ぺきな組み手を貰う。ガシモフが右小外刈で誘うとこれに応じて左内股。左前隅に崩れたガシモフはしかしこの内股の戻りをめがけ、大きく脚を開いて左へ横落。しかしいかな脚の長いガシモフといえどもあまりに目標が遠く、頭を突っ込み切れぬまま、めいっぱい開脚する形で畳に落ちてしまう。ウルフ振り向きながら上体を制し、畳に押し付けて「技有」。このまま寝技で時間を使ったウルフが「待て」を受けた際の残り時間は僅か16秒。走って迫るガシモフに背中を与えたウルフが潰れ、残り5秒で偽装攻撃の「指導2」が入ったが大勢には影響なし。ウルフ「技有」優勢で銅メダルを確保した。
相当のコンディション不良と見受けられたが、持てるリソースを最大限に発揮しての銅メダル確保はさすが。方法論の蓄積、引き出しの多さがピンチを救ったという形の1日だった
【決勝】
ジョルジ・フォンセカ(ポルトガル)○優勢[技有・背負投]△ニヤズ・イリアソフ(ロシア)
ツアーでは毎回好役者ぶりを発揮するフォンセカは絶好調、驚きの決勝進出。しかしさすがにイリアソフには敵うまいと予想されたが、イリアソフは準決勝のチョとの長時間試合で既に壊れていた。勢いにのるフォンセカはケンカ四つのイリアソフを前に「はじめ」が掛かるなりまず両袖の右袖釣込腰。次いで28秒には前襟を掴んでの右一本背負投、さらに引き手で前襟を得て前進に次ぐ前進。そしてイリアソフの引き手を切り離したところから生まれた流れを捉え、右釣り手で片襟を差すなりもっとも得意とする片襟の右背負投。イリアソフ脚を開いて股中で受けてしまい、いったん止められたフォンセカは構わず右前隅に走り込んで投げ切り58秒「技有」。以後も右一本背負投で攻撃継続、受ける一方のイリアソフには1分20秒「指導」が与えられる。
イリアソフ二本を使って相手を寄せ、釣り手一本で相手を抱き込んで背中を抱えんと企図。手立てを尽くして密着を作ろうとするがもはや決め切る力が残っていないことを自ら知るゆえか、どこかその寄せは淡泊。どう決めるかという出口の曖昧なまま得意な形をひとまず作りに掛かっているという印象。一方のフォンセカはこれしかないとばかりに戦略明確。組み手を作り直す駆け引きに混ぜ込んで片襟の右背負投、両袖をまとめての右大外落、片襟の右背負落と得意技を連発。
残り1分、フォンセカの右大外刈にイリアソフが大外返を見舞うが、危機を感じたフォンセカ割り切って自ら潰れて3分13秒「指導1」。イリアソフ加速せんと前に出るが、しかし続いてフォンセカが右一本背負投を放つと主審イリアソフに消極的との咎で「指導2」を宣告する。これはさすがに取り消されたがイリアソフの追撃機運やや減退。
それでもイリアソフはこの時間帯の逃げ切りの難しさにつけ込んで試合を動かそうと前に突進。残り18秒で「指導2」をもぎ取るがフォンセカはなかなか崩れない。
結局このまま試合は終了。ワールドツアー優勝経験のない業師フォンセカ、なんとこの超激戦階級で世界の頂点に立つこととなった。満面の笑みで勝利のダンスパフォーマンスを見せるフォンセカに、観衆から惜しみない拍手が贈られた。
日本代表選手全試合戦評
【1回戦】
ウルフアロン○反則[指導3](3:34)△コッフィ=クレーメ・コベナ(コートジボワール)
立ち上がりの一番は左相四つ。力に差があるカードであり、観戦者視点ではウルフのコンディション観察が最大の目当て。
コベナは線の細い長身選手。王者相手に思い切って奥襟を叩くが、ウルフすぐさま絞り落とす。コベナ残った引き手一本で左体落、ウルフ片膝をつきながら止めて攻防継続。互いに一手目に慎重、なかなか組まず1分4秒には双方に「指導」。ウルフはスローペース、奥襟を得ての左大内刈で左後隅に体を投げ出すが投げ切れず「待て」。続いてコベナが引き手を掴むためにまず釣り手で左片襟を差すと、ウルフその袖を掌で抑えてこの形を敢えて続けさせる。主審試合を止めて1分53秒コベナに片襟の「指導2」。直後コベナ右引き手で前襟を掴むと激しく振っておいての左一本背負投。意外にもウルフ前にのめるが、脱力して畳と平行に相手の右に降り、押し止めて耐え切り「待て」。ウルフは以後もペースを上げず組み手と前進の「乱取り」状態を続ける。脇を差すとコベナはやれるとばかりに左大外刈。一瞬膝を止められたウルフは外に踏み込み直して回避、そのまま左内股を回しこむが投げ切れずない。大きく浮かせはしたものの、最後の回旋ないままコベナが伏せて「待て」。残り40秒を切り、ウルフが袖と奥襟を得て圧を呉れるとコベナ膝をついて潰れ、ここで主審が「指導3」を宣告。試合は終了となった。
ウルフの動きはいまひとつ。相手は長身でやりにくい体型ではあるが「フェイントに反応してくれない」競技レベルの無名選手。常のウルフなら立ったまま弾き返すはずの背負投に崩れ、大外刈に反応が遅れて一瞬足の固定を許し、格下相手に横落で浅く掛け潰れる。少なくとも良いコンディションには思われなかった。次戦以降に期待。
【2回戦】
ウルフアロン○反則[DH](3:28)△ゼリム・コツォイエフ(アゼルバイジャン)
※蟹鋏を施したことによる
ダークホースと位置付けられる腰技系パワーファイター、2017年ユニバーシアードでは飯田健太郎を破って優勝したコツォイエフを畳に迎える一番。ウルフ左、コツォイエフが右組みのケンカ四つ。コツォイエフが腰を入れるとウルフが潰れて「待て」。ウルフ58秒には引き手争いの中で低く左大内刈を仕掛けるが、崩せないまま潰れてしまいなかなか加速のきっかけがつかめない。1分41秒には釣り手で逆手に後襟を掴む得意の形、しかし引き手が持てず本命の小外掛が打てないと判断すると「出し投げ」で前隅に崩して潰し、いったん展開を留保。続いてウルフ肩車に座り込むも、浅すぎて効なし。残り1分半を切るとコツォイエフ動き始め、走りながら相手の体を引きずり出してきっかけを求める。2分38秒には釣り手で上から背中を握って右釣込腰、敢えてゆっくり入って力の掛け合いに持ち込むとウルフが体を開いて対処、ウルフの釣り手は後襟を逆手で握っておりこれは力勝負となる。しばしの力の籠め合いののちコツォイエフが左前隅に崩れ、しかしこれを隅落で捲るはずのウルフはあと一歩の詰めが足りず腹ばいに落としてしまい「待て」。ウルフが受け切ったとも、返し切れなかったとも解釈出来る評価の難しい攻防。加速を続けるコツォイエフ続いて隅返に出るがウルフが捌いて「待て」。
ここでコツォイエフが工夫のある仕掛け。釣り手で深く背中を握ると股中に右足を踏み込む右釣込腰を2度入れて、反時計回りの回旋を作り出す。2人がもろとも回転移動するこの流れのまま3度目は畳に足を着かず、ウルフの右膝裏に入れて一瞬「サリハニ状態」。相手と自分を繋げたまま後に体を捨てる変則の谷落を試みる。立って粘ったウルフはそのまま後に躓くように尻餅をつくが、審判色を為して「待て」。コツォイエフは体を捨てる際に軸足(左足)をジャンプして相手の左膝裏に入れており、こうなると解釈は蟹挟。禁止技である。主審がコツォイエフのダイレクト反則負けを宣し、意外な形で試合終了。
【3回戦】
ウルフアロン○GS技有・内股(GS0:18)△ミキタ・スヴィリド(ベラルーシ)
ウルフが左、スヴィリドが右組みのケンカ四つ。力関係でいえばかなり差のある対戦。スヴィリド試合が始まるなり釣り手を背に回して右小外掛。ウルフ釣り手で後襟を逆手に掴んで粘り、スヴィリドが右引き手も胴に回して一瞬密着したままの投げ合いとなる。これはウルフが前受け身をする形で自ら流れを切って「待て」。この攻防に手ごたえを得たスヴィリド再び釣り手で背中を深く叩くとウルフもその下から後襟に四指を突っ込んで応戦。スヴィリドは「やぐら投げ」、一瞬浮いたウルフしかし両足で着地して攻防継続。
ウルフは前襟が欲しいところだが背中にアプローチするスヴィリドに対応を強いられ、以後も後襟を逆手に持つことをベースにして組み手争いを続ける。しかし背中を抱いたスヴィリドが右小内刈の形で相手を止める「サリハニ状態」で攻防を止めたため、主審は1分57秒スヴィリドに「指導」。以後急にウルフは高い位置で襟を持てるようになった印象、ここから引き手を求めるとスヴィリドが嫌い、2分23秒には片手の咎でスヴィリドに「指導2」。試合時間約1分半を残してスヴィリドには後がなくなる。
ウルフは釣り手で横襟を得て前に出、引き手で袖を求めると見せて両襟の左内股。軸足を外から回しこんだこの一撃、舞い上がった瞬間に予測された軌道は「一本」だが、ギリギリでスヴィリドが腹這いに着地して「待て」。格下相手に着実に「指導」を得て状況を作ったウルフ、あとは仕留めるだけのはずも肝心の技がなかなか決まらない。両襟の左内股は相手が立って受け、ならばと放った相手の右袖を両手で捕まえての右肩車も浅い。スヴィリドがたびたび「サリハニ」で粘っての隅返で時間を使うこともあり、試合は最終盤までもつれ込む。残り数秒、相手の右肩を下から抱えて潰したウルフがそのまま左小外掛で捩じり投げ、スヴィリド体側から落ちるが少々厳しいジャッジでこれにポイントは付与されず。試合はGS延長戦へ。
スヴィリド左引き手で左片襟を差して、右釣り手で背中を持つ。二本使って一本を得る手堅い形だが、ウルフは眼前の左腕を見逃さず引き手でこの袖を掴み、釣り手で後襟を得るなり左内股。浅いと見るやいったん戻り、左大内刈、左小内刈と立て続けに触って最後に本命の左内股一撃。前段の足技でスタンスを広げられていたスヴィリドは剛体、ウルフ丁寧に回しこんで「技有」。これで試合が終わった。
相手が組み付いて始まった展開をことごとく自分の組み手に変換するウルフはまことに巧み。しかし巧さを見せた一方で、有無を言わさず投げつけるような体の強さや技の切れ味は見られない。コンディション不良の危惧は解消されず。
【準々決勝】
ウルフアロン△GS技有・一本背負投(GS1:16)○チョ・グハン(韓国)
世界王者同士による大一番はウルフが左、チョが右組みのケンカ四つ。ウルフが上、チョが下から釣り手を持っての引き手争いから27秒チョが勢いよく左一本背負投。ウルフ自ら飛び込む形で膝から落ちる。技術的には危なげないものの、少々不安な受け方。その後も引き手争いをベースにウルフは右肩車、担ぎ技を狙うチョは体をゆすりながら一方的な組み手と間合いが出来上がる一瞬を探し続ける。ウルフは右で右袖をまず得るクロスの一手目から左釣り手を得ての大内刈、近間で相手に引き手を求めさせておいての右への肩車とチョの厳しい組み手を突破すべく次々手立てを繰り出すが、得点の予感は漂わない。1分57秒にはチョに「取り組まない」咎で「指導」。2分39秒にチョが左一本背負投、釣り手を下から持った窮屈な技で投げ切れぬことは明らかも、ウルフが意外に大きく崩れ、逆側に抜け落ちて膝を着き「待て」。これに手ごたえを得たかチョは加速、右小内刈に右内股と餌を巻いてウルフに引き手を切らせ、次いでこの試合3度目の左一本背負投。前にのめったウルフは右側に体を振って移動、これも膝をついて逃れて「待て」。残り試合時間42秒のこのタイミングでウルフにも「指導」が与えられる。終盤ウルフが肩車、さらに左大内刈を続けて2発放つがチョは立ったまま崩れ切らず、試合はGS延長戦へ。
ウルフが釣り手一本から二段の左小外刈、二段目で引き手を得て前に追い込まんとするがチョは崩れ切らず二本足で立ったまま受け切り、攻防は継続となる。そしてGS1分16秒、チョが引き手を争いながらツイと左一本背負投。敢えて腰を浅く、腕をコンパクトにまとめて左前隅にめがけて転がり込む。これまで深く入り過ぎていたがゆえに抜けていた位置を的確に調節した形、ウルフ一瞬で転がって体側から畳に押し付けられ「技有」。これで試合が決した。ウルフはここで本戦トーナメントから脱落。常なら立ったまま弾き返すチョの技に崩れ続けるうちに、手ごたえと間合いの調整の機会を与えてしまった体。ウルフの不調が敗戦という結果でついに顕在化した一番だった。
【敗者復活戦】
ウルフアロン○大外刈(2:55)△シャディー・エルナハス(カナダ)
左相四つ。2018年グランドスラム大阪決勝の再現カードである。エルナハスの左払巻込の掛け潰れで試合がスタート。ウルフ引き手で袖を絞り込むなり左大外刈。ブンと手を振り、両足を着いたその外側でエルナハスが吹き飛び、腹ばいに伏せて「待て」。
ウルフは予選ラウンド後の休憩で気持ちを立て直した模様。1分33秒には引込返でエルナハスの長い体をしっかり掴まえて「技有」確保。2分55秒には左大外刈。遠間で相手の脚を固定すると振り回すように崩して投げ切り「一本」。固定と回旋という2つの大きな要素を満たすだけで投げ切った、ウルフらしい一撃であった。
【3位決定戦】
ウルフアロン○優勢[技有・隅落]△エルマー・ガシモフ(アゼルバイジャン)
※前掲のため省略