【東京世界柔道選手権2019特集】新井衝撃の2回戦敗退、フランスの大物ガイが悲願の初優勝・女子70kg級速報レポート
取材:eJudo編集部
撮影:乾晋也、辺見真也
→東京世界柔道選手権2019組み合わせ(公式サイトippon.org内)
→女子70kg級全試合結果
東京・日本武道館で行われている東京世界選手権2019は29日、競技日程第5日の男子90kg級と女子70kg級の競技が行われ、女子70kg級は第2シードのマリー=イヴ・ガイ(フランス)が優勝した。ガイは初優勝、決勝はバルバラ・ティモ(ポルトガル)を腕挫十字固「一本」で破った。
この日のガイは出色の出来。初戦を僅か54秒、肩固で2度抑え込んでの合技「一本」でスタートすると、3回戦はヨウ・ジェヨン(韓国)を1分37秒腰車と縦四方固の合技「一本」。準々決勝のマリア・ペレス(プエルトリコ)戦は谷落「技有」による優勢勝ちだったが、準決勝ではこの日好調のサリー・コンウェイ(イギリス)を相手にせず1分15秒袈裟固「一本」。決勝は前述のとおり、僅か48秒でバルバラ・ティモの挑戦を退けた。
ガイは昨年の銀メダリスト、2013年に世界カデ選手権で優勝し、早くからフランスの次代を担う大物として期待され続けて来た逸材。シニアでも早々にトップ選手の仲間入りを果たしたが、新井千鶴の台頭に先を越された形でなかなかトップに立つことが出来なかった。昨年決勝で敗れた悔しさ、そして王者新井の早期敗退というチャンスを逃さずついに世界の頂点に立った。
この日フランスはマルゴ・ピノも3位に入賞。男子もアクセル・クレルジェが2年連続の3位に輝くなど素晴らしい成果。メダルラッシュに沸く1日となった
3連覇を狙った新井は初戦でアフリカ王者アッスマ・ニアン(モロッコ)を大内刈「一本」で下したが、つづく3回戦ではティモに意外な敗退。ケンカ四つの担ぎ技ファイターであるはずのティモが懐に呑んでいた、78kg超級のニヘル・シェイフルーフ(チュニジア)ばりの大きく巻き返す動きの右払巻込に捕まり早々に「技有」失陥。その後右内股で幾度もポイント級の一撃を放ったがいずれもギリギリで決め切れず、ならばと作り掛けた抑え込みは直前で「待て」が掛かる不運。あまりの実力差ゆえか逆に遅れた初動が最後まで響き、このまま優勢負けを喫した。
不運もあったが、懐に必殺の一撃と決めに至るシナリオをしっかり呑んで来た相手の覚悟の前に、順行運転で臨んだ新井が上を行かれたと解釈すべき結果。ティモはもとブラジル籍の27歳、長くマリア・ポルテラの控えに甘んじていた2番手選手であるが、今年からポルトガルに移籍してこの世界選手権に臨んだ。移籍1年目の選手は国を捨てて柔道に掛けたその思いの強さゆえかいきなり力を伸ばす傾向にあるが、その法則にきちんと嵌ったティモが、新井のスロースタートに付け込んでシナリオ通りのアップセットに辿り着いたという一番だった。ティモは予選ラウンド敗退のポルテラを後目に見事銀メダル獲得、移籍の甲斐あった大会となった。
3位にはピノのほか、コンウェイが入賞した。ピノはジェンマ・ハウエル(イギリス)に前述のポルテラ、コンウェイはアンナ・ベルンホルム(スウェーデン)と予選ラウンドでそれぞれ名だたる強豪を倒しておりこれは論理的結果。
しかし大きく見て、ガイの優勝という一事を除けばトーナメントは荒れ気味。再躍進中で今回は悲願のメダル獲得が期待されたキム・ポリング(オランダ)は初戦を豪快な裏投「一本」で勝ち上がるも勝負どころの3回戦でマリア・ペレス(プエルトリコ)を相手に肘関節を極めながら体を捨てる反則を犯してダイレクト反則負け。久々畳に姿を見せたジュリ・アルベール(コロンビア)はこれも勝負どころの3回戦でベルンホルムに得意の腕挫十字固を食って一本負け。マリア・ベルナベウ(キューバ)も第4シード扱いのミヘイラ・ポレレス(オーストリア)との3回戦を乗り越えられず大内刈「一本」で畳を去った。ツアーで躍進中、あるいは再躍進中の皆勤選手たちが、さほど大会に姿を現さずじっくり調整していたビッグネームたちを倒し、「ワールドツアーの序列」の確かさと70kg級全体のレベルアップを示した大会とも解釈できる。
入賞者と決勝戦評、日本代表選手全試合の戦評は下記。
入賞者
【入賞者】
(エントリー47名)
1.GAHIE, Marie Eve (FRA)
2.TIMO, Barbara (POR)
3.CONWAY, Sally (GBR)
3.PINOT, Margaux (FRA)
5.BERNHOLM, Anna (SWE)
5.POLLERES, Michaela (AUT)
7.PEREZ, Maria (PUR)
7.VAN DIJKE, Sanne
【成績上位者】
優 勝:マリー=イヴ・ガイ(フランス)
準優勝:バルバラ・ティモ(ポルトガル)
第三位:サリー・コンウェイ(イギリス)、マルゴ・ピノ(フランス)
決勝ラウンド戦評
【3位決定戦】
サリー・コンウェイ(イギリス)○合技[横落・横落](2:15)△ミヘイラ・ポレレス(オーストリア)
コンウェイはこれまでと同様まず左に組み、次いで右にスイッチして右釣り手で深く背中を叩く。ここから思い切った右の小外掛、脚を流して体を捨てると、前屈して耐えたポラレスの胴体を「足交差」の要領のシザーズ運動で薙ぎ払う。左横に向けて体を制されたポレレスが畳に落ちて36秒「技有」。しかし1分47秒、勝負を決めんと再び右にスイッチしたコンウェイが遠間から右大外刈を引っ掛けると、ポレレス思い切り抱き抱える。一瞬バランスの取り合いがあり、この投げ合いに勝ったのは若いポレレス。裏投で叩きつけて「技有」。
続く2分15秒、コンウェイ再び右小外掛。ポレレス耐えるがコンウェイは相手の左腕を右脇下に抱き込んでおり、引っ張られたポレレスの肩が右前隅に向かって下がる。コンウェイ、左を脇にさして高く揚げ、出来上がった回旋運動をフォロー。ポレレス下半身を残し掛けたがここまで上体を制されていては回避は難しい。上半身だけが捩じられる形で畳に落ちて「技有」。22歳ポレレスのパワーを10歳年上のコンウェイが旨味のある技術で凌いだという格好。コンウエィ、銅メダル獲得なる。
【3位決定戦】
マルゴ・ピノ(フランス)○小内巻込(1:23)△アンナ・ベルンホルム(スウェーデン)
ピノが右、ベルンホルム左組みのケンカ四つ。ややピノが優位を得ての組み手争いが続くが、1分23秒一瞬の隙をついてピノが一本背負投崩れの小内刈。一瞬で肩を持っていかれたベルンホルム抗せず「一本」。ともに好調、ワールドツアー上位で戦い続ける旬の2人よる一番は意外な早期決着となった。
【決勝】
マリー=イヴ・ガイ(フランス)○腕挫十字固(0:48)△バルバラ・ティモ(ポルトガル)
ガイ試合が始まるなり相手の右袖を両手で握って右大外落。ティモが勢いよく落ちて映像チェックとなるが、これはノーポイントとなって試合再開。ガイの気合いが十分伝わる、まさにロケットスタート。
ガイの右袖釣込腰に応じてティモが右背負投を打ち返すがこれが不十分。ガイはすぐさま寝技を展開、下から引き込み、浮技様に左脚を滑り込ませて相手の体を横に転がす。そのまま間を置かず腕挫十字固に食いつく。ティモは一連の動きが抑え込みへのプロセスと予期したか初動が遅れ、気づいたときには半分腕が伸ばされている。ここから逆らうことはもはや難しく、外見にはなぜかあっさり、あっという間に腕挫十字固が決まって「一本」。試合時間僅か48秒、早くから期待を集めたフランスの大物・ガイが初めて世界選手権を制した。
日本代表選手全試合戦評
【2回戦】
新井千鶴○大内刈(1:05)△アッスマ・ニアン(モロッコ)
新井が左、ニアンが右組みのケンカ四つ。新井引き手で袖を取り左内股で先制攻撃。ニアン近づく以外に勝利の可能性なしと引き手で袖、釣り手で奥襟を掴んで遮二無二接近するが新井釣り手を巧みに動かし、しっかり間合いを取って攻防。1分過ぎには新井がケンケンの左内股。ニアン場外に出てこのまま進めば「待て」のはずと一瞬集中を切るが、しかし新井は軌道を変えて大内刈に連絡。場内の方向にニアンが崩れ落ちて「一本」。
【3回戦】
新井千鶴△優勢[技有・払巻込]○バルバラ・ティモ(ポルトガル)
新井が左、ティモが右組みのケンカ四つ。ティモ勢いよく左一本背負投、というより手首付近を抱えての左内巻込を2連発。新井崩れずに弾き返すが主審は手数を認める形で42秒新井に「指導」。続く展開、ティモ新井の左側に身を置いて引き手を争いながら、新井の釣り手の上から大きく手を回し、奥襟ではなく一気に右腕を抱え込んで右払巻込を打ち込み。もっとも距離のあるところからワンアクションで放たれたこの動作に足首付近を掬われ、大きく崩れる。膝をついたところにティモが体を押し込み、天井を見ながら大きく左足を開いて回旋フォロー。背中を押し付けられた新井の体僅かに回り1分2秒「技有」。
それでも残り時間はまだ3分近く。ティモ続いて再び右払巻込に潜り込むが新井今度は隅落の要領で空転させ、決めの回旋動作であおむけとなったティモをそのまま腹のあたりで襟を掴み、左体側に体を沿わせて抑え込む。しかしこれは主審の抑え込み裁定が遅れたこともあって2秒で「待て」。残り時間は2分31秒。
新井左小外刈で抜き上げ、相手が伏せると同時に絞め上げる。相手に耐えさせたまま回転して抑え込むが、主審は絞めが顎に掛かっているとみるや慌てて「待て」を宣告しており、その後のアクションとなったこの抑え込みを解くように促し、認めず。残り時間は1分57秒。
新井両襟を掴んで圧を掛け、2分46秒には耐えかねたティモが潰れて偽装攻撃の「指導」。新井両襟で前に出てケンケンの左内股もティモ落ち際に膝をついて「待て」。ここでついに残り時間は1分を切ってしまう。
新井は前へ。しかしティモが左の巻き込みに潰れて展開を切り、残り時間は46秒。投げるしかない新井は両襟の大内刈から内股へと繋ぎ、しかし軌道がポイント級のそれに乗ったと思った瞬間ティモは腹這いに落ちて「待て」。会場をため息が包む。残り時間は22秒。
ティモ新井の突進に屈して潰れ、残り10秒で「指導2」。
新井はあくまで投げんと左内股で突進、ティモの体が宙に浮き、大逆転かと思われたその瞬間またもや腹這いに落ちて時計の表示は0秒を指す。新井天を仰ぎ、ティモは大喜び。世界王者新井千鶴陥落、3連覇の偉業達成はならず。