「三回戦~決勝」/eJudo版・令和3年全日本柔道選手権予想座談会(下)

準々決勝

羽賀龍之介(推薦・旭化成) ― 香川大吾(東京・ALSOK)

古田 第1試合です。これは羽賀選手にとってはやりやすい空間ではないでしょうか。

西森 このレベルに来ると、羽賀選手はどう投げるかより、どう勝つかというステージで試合を組み立てに来ると思います。そして、大学の後輩である香川選手のことはもちろんよく知っている。左の相四つ、知恵比べということになるのでしょうが、ここは手持ちのカードの多さで羽賀選手が押し切ると思います。

古田 林さんいかがでしょう?

林 おっしゃる通りだと思います。話を聞くと、東海大学レベルのトップ選手はOBになると、同じ大学の道場で稽古をしていても、お互いほとんど組み合わないそうですね。ただ、同じ空間にいるので稽古は見て、どういう柔道をするのかはお互い知悉している。だから、羽賀選手は、試合に勝つためにどうするかを、敢えて直前に考えると言っていましたね。考えておくのは初戦だけ。だから、トーナメントなんか事前に出してもらわなくてもいいくらいだと。

古田 

林 これだけの情報社会で映像も記録も出回っているのだから、試合直前に調べるだけで十分だと。情報をたくさん入れ過ぎると、不要な情報を入れることにもなり、時間がもったいない。どういうタイプが来たときにどういう戦い方をするかという引き出しをいくつも持っていて、あとは実際に試合をやるときに考えていく。このあたりが他の選手との違いなのしょうね。次の試合まで比較的時間がある全日本選手権に関しては、そのほうがいいと言っていましたね。香川選手との試合も、その瞬間瞬間、刻一刻変わるシナリオに合わせて的確に引き出しを選び、勝利に繋げていくと思います。

古田 いまのお話で、2つ、語りたくなりました。1つは、データマンとして仕事をさせて頂いたワールドツアーの中継で、解説の柏崎克彦先生とお話しているときのこと。柏崎先生は「映像はあくまで過去のもの、情報もどこまで行っても過去のもの。大事ではあるけれども、その日、今、目の前で起こっていることこそが最新のデータなんだ」と。自分の目で見て、ああこういう選手なんだな、このくらいの力があるな、自分にはこうやって戦ってくるなと瞬時に見極められなければいけないと。かつての名選手たちは過たずこの能力が物凄く高かったと仰っていました。もう1つはこの話を踏まえて最近私が考えたことなのですが。国内の、特に学生の試合などでは研究合戦が非常に盛んです。1ヶ月前にはトーナメント表が発表されて、情報を集めて、十分に対策をします。いまは高校生の試合もそれに近くなっていますよね。日本の試合の習慣になりつつあるのではないかとすら思います。ですから、もう、しっかり相手に合わせて組み手を作り上げて、本番は良いところの潰し合いですよね。切って、持たせず、嫌なことをやって、それを土台に自分の力を出して勝っていく。国際大会にどっぷり浸かった翌日に東京学生体重別の映像をみて、あまりの柔道の違いに驚きました。でも決定的なことに、彼らが目指している国際大会の場では、ドローは大会前日なんですよね。すぐ試合です。情報はもちろん入る。でもちょっと要求される能力が変わって来る。日本代表の3番手以降の層やぱっと国際大会に引っ張り出されたジュニア層がなかなか力を出し切れない理由としては、こういう部分もあるのではないかなと思いました。もちろん準備が大事なのは言うまでもないことですが、長年世界の一線で戦って来た世界チャンピオンの羽賀選手は、その部分での能力的なアドバンテージがあるのでしょうね。

西森 そう思います。やっぱり観察力と分析力、そのうえで相手に応じて切ることが出来る手札の数。昨年の羽賀選手は、互いに良く知る後輩の影浦選手や太田選手に勝って優勝したわけです。まさにその部分で差を感じましたよね。ただ、これまでの対戦でもわかる通り、その羽賀選手の観察力や分析力を「破調」で超えてしまうのが熊代選手。そういうものを香川選手が持っているかどうかでしょうね。

古田 香川選手は体がありますので、直接体の力を伝えんとする特攻モードもあると思います。ただ、それすら羽賀選手はしっかり読んでいるでしょうね。ここは、羽賀選手のベスト4入りを推させて頂きます。

影浦心(推薦・日本中央競馬会) ― 佐藤和哉(推薦・日本製鉄)

古田 影浦選手と佐藤選手の一番。2020年の講道館杯決勝で対戦しています。本戦終了ぎりぎりに、低い左背負投で「技有」を奪って影浦選手が勝利。

前回対戦は影浦が背負投「技有」を奪って勝利した。


西森 やっぱり、そういう感じの試合展開が予想しやすいですね。

朝飛 影浦選手の背負投のパターンは豊富。佐藤選手みたいに柔らかくて重心が低い選手相手だと低く股の中に入ったり、浅く入って左横に転がしたり。右内股を掛ける選手には必ず引き手を確保しておいて、相手の内股を透かして落ちたところをしっかり決めに行く。佐藤選手のような粘っこい相手の時も前に崩したり横に崩したり、色々なパターンを駆使して、後の技と組み合わせて、最後は持っていくか、「指導3」まで積み上げていくという感じでしょうか。

古田 影浦選手勝利のシナリオのほうが見えやすいと。

朝飛 はい。

古田 おふた方いかがでしょう。

林 私も影浦選手かなと思います。ウルフアロン選手も、影浦選手はいくつも罠を張って、本当に一筋縄ではいかないと話していました。引き出しの部分で一枚上手だと思います。

古田 切れる足技に足車、と武器のある佐藤選手ですが、影浦選手を凌ぐにはここでは予想出来ない何かを出してくるしかないという感じでしょうか。では、影浦選手のベスト4入りを推します。

太田彪雅(推薦・旭化成) ― 斉藤立(推薦・国士舘大)
(※斉藤選手は座談会終了後の12/17に欠場を表明)

林 斉藤選手に上がってほしい気はするけど、太田彪雅選手のほうが一枚上手でしょうね。

古田 グランドスラム・バクーでは強かったですけど、現状の機動力で太田選手をしのぐのはまだ難しい印象です。

西森 2年前の講道館杯は内股透で一本負けしているんですよね。 結局、太田選手の組み手が上手いから手詰まりになって、ちょっと無理な技を掛けさせられて透かされたという。本当に「術中に嵌った」という試合でした。あそこからどこまで太田選手に迫ることが出来ているかが見たいですね。コンディションのこともあるので、正直、太田選手に今回勝つのは難しいかなと思っています。前回より多少なりとも差が縮まっているのであれば、それで良しとせざるを得ないかもしれないですね。

前回対戦は太田が内股透「一本」で勝利。
斉藤は罠に嵌っていた。


古田 正直なところ、今の西森さんの言ったところで言うと、ではあの時と斉藤選手の柔道は何が変わったのか、というと、おそらく地力が上がったのであろう、ということ以外に外から見ている限りでは、顕著な成長を見出すことは出来ない。皆が斉藤選手に勝ち上がって欲しいというのは、この時点では期待込み、願望込みというのが率直なところでは。

朝飛 西森さんの言い方が面白い。太田選手が罠を張って、斉藤選手が我慢できなくなって、術中に嵌ってしまったと。彼は釣り針が見えていても食べにいきそうな、もういいや、食べて見なければわからない、くらいのつもりで行ってしまうところがあります。それがもしかしたら力に繋がるところもあるかもしれませんが。いずれ、乗り越えなければいけませんね。

林 太田選手本人に、4回戦は斉藤立選手が来ると思うという話をしたら、みんな斉藤選手と予想しているようですが僕は小原選手じゃないかと思います、と言っていました。

古田 やっぱり評価高いのですよね。

林 その上で斉藤選手が来たらどう戦いますかと話をしたら、釣り手が勝負と思っています。その部分はしっかり研究しておきます、と。

西森 選手の間の下馬評どおり小原選手が来たら凄いですよね。これは本当に面白いと思います。

朝飛 去年の佐々木選手の再現ですね。しかし太田選手にそう言わせるところが既に凄い。

古田 ちょっと条件節が増えてしまいましたけれども、ここは太田選手と斉藤選手の試合と仮定して、太田選手がベスト4に上がるということで進めさせて頂きます。

石内裕貴(九州・旭化成) ― 小川雄勢(東京・パーク24)

古田 そして激戦のDブロック。

朝飛 いや、面白い。

西森 これもまたケンカ四つなんですね。

朝飛 去年見ていたら、石内選手は全部、釣り手を上から持ち直すんですよね。相手が上から持ってきたら自分が上から持ち直して、相手が下から持とうとする、その柔道着に触るか触らないかで、「内いなし」みたいな動きで崩しながら足を使う。だから小川選手に対して上から持てるかどうかというのがひとつカギになりますね。

古田 小川選手としては、踏みとめて圧をかけてという戦型で間違いないでしょうか。

朝飛 スタミナもありますし、相手を圧力で制して「指導」を積み重ねるという形で間違いないとは思います。ただ、技というところで言えば、石内選手、藤原選手を投げたときのような斜めの入り方をすると、大きい選手でも頭が下がったらクルっと回ってしまう可能性もありますよね。

古田 鉄棒前転みたいなやつですね。

西森 そこが足車の良さですよね。基本、小川選手は塩漬けにいくと思うんですけど、
そうすると、引き手を持つ、少なくとも襟なりを持たなければいけないですよね。

古田 襟なり肩口なり、手が届かないといけませんね。

西森 それは石内選手にとっては決して悪い条件ではない。

朝飛 ああ~。

西森 引き手さえあれば、釣り手は実はべつに襟を持たなくても、背中を押し込んだりしながらも掛けるんですよね、石内選手の足車は。

石内裕貴得意の足車は引き手ベース。
釣り手は「押せれば良し」で、
引き手の欲しい小川の作戦と噛み合う可能性が高い

古田 引き手で相手の体を伸ばして、足が膝に掛かって支点を確保すれば、あとは体を押してやればいい。大きい理合を満たす掛け方ですね。

西森 そうなんです。だからチャンスはあるのではないかと。実力的には小川選手のほうが上なのですけど、小川選手の作戦を発動させる要件として引き手を取らなければいけないというのがある。そうなってくると石内選手にチャンスが結構出てくるので、「お~っ」と思う場面は何回か現れるのではないかという気がしています。

古田 小川選手は体が大きいですから、1回崩れると審判のインパクトも大きい。

朝飛 しかし、このあたりがのっけに話した、会場の妙ですね。これが日本武道館であれば軽量級が崩すと物凄く観客席が湧いて「攻めている」イメージが加速して、審判の見る目も少し変わって来る。しかし、無観客です。うーん。

古田 勝ち上がり、いかがいたしましょう。

林 去年、小川選手はパーク24の全員欠場によって、出られませんでした。今回に期するところは大きいとは思うんですけど。

西森 小川選手で良いかと思います。

古田 順行シナリオは小川選手が塩漬けての「指導3」ですよね。ただこれを実現するための起動スイッチである引き手の確保は、同時に石内選手の足車のスイッチでもあると。良い見どころが得られたかと思います。というわけでベスト4が出揃いました。羽賀龍之介選手、影浦心選手、太田彪雅選手、小川雄勢選手です。

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