【東京世界柔道選手権2019特集】ムキが初優勝、藤原崇太郎は初戦敗退・男子81kg級速報レポート
取材:eJudo編集部
撮影:乾晋也、辺見真也
→東京世界柔道選手権2019組み合わせ(公式サイトippon.org内)
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東京・日本武道館で行われている東京世界選手権2019は28日、競技日程第4日の男子81kg級と女子63kg級の競技が行われ、男子81kg級は昨年の欧州王者で第2シードのサギ・ムキ(イスラエル)が優勝した。ムキは初優勝、同国の男子としては初の世界選手権タイトルを母国にもたらした。昨年準優勝の日本代表・藤原崇太郎(日本体育大3年)は初戦敗退だった。
この日のムキは素晴らしい出来、得意の両袖技と片襟技で早い時間の「一本」を連発。2回戦はルスラン・ムッサエフ(カザフスタン)を39秒の大外刈「一本」、3回戦はアッティラ・ウングヴァリ(ハンガリー)を1分18秒大腰「一本」、4回戦はウラジミール・ゾロエフ(キルギスタン)を1分54秒の体落「一本」、準々決勝はシャロフィディン・ボルタボエフ(ウズベキスタン)を僅か25秒の一本背負投「一本」と他を寄せ付けず。準決勝はモハメド・アブデラル(エジプト)を大外落「技有」で破り、決勝は今季の欧州王者マティアス・カッス(ベルギー)から浮落「技有」と背負投「技有」を得て2分39秒合技の一本勝ち。持ち味を十分出し切り、圧勝で世界の頂点に立った。
ムキが輝く一方で昨年王者サイード・モラエイ(イラン)には過酷な運命。同国はイスラエル選手との対戦を認めておらず、モラエイとムキという両国の選手がトップを争う柔道競技81kg級はこの問題顕在化の最前線。これまでもモラエイは理不尽な棄権を強いられる立場にあったが、5月にイラン柔道連盟がIJFに対して「五輪憲章とその無差別の原則を尊重する」旨を表明した(IJFが発表、のちにイランオリンピック委員会が否定)との報道があり、政府の柔道競技を見る目が厳しくなったと予想される。73kg級のモハマド・モハマディや100kg超級のヤヴァド・マージュブら同国の強豪選手は出場を辞退し、イランから参加した選手はモラエイのみ。モラエイはこの日はムキを凌ぐほどの絶好調、会場揺るがす素晴らしい「一本」を連発してベスト4まで勝ち上がった。そしてここで勝てば決勝でムキとの対戦確定という準決勝、あるいは棄権かと思われたモラエイは果敢に畳に立ち、しかしコーチ席は無人。おそらく相当の覚悟を持っての出場かと思われたが、その進退には明らかに迷いがあり、準々決勝までの光が発揮できない。GS延長戦、カッスに腕挫十字固「一本」で敗れるとショックのあまり顔を覆ってしゃがみこみ、しばし動けず。集まった同胞の大声援を受け、持てる力を全力で発揮して己の実力を問うたムキに比べて、あまりに気の毒な結末だった。
昨年の銀メダリスト・藤原崇太郎はダークホースのシャロフィディン・ボルタボエフ(ウズベキスタン)を相手に「指導2」リードも終盤相手の圧力の強さに判断を誤り、背中を抱いての裏投に出たところに大内刈を合わされ「技有」失陥。このとき残り時間は僅か9秒で、万事休した。
3位にはアントワーヌ・ヴァロア=フォルティエ(カナダ)とルカ・マイスラゼ(ジョージア)が入賞。ヴァロア=フォルティエは直前のワールドツアー2大会の好調をそのまま持ち込み、長い手足を利した体落で印象的な「一本」を連発。かつての戦術派からヒットマンスタイルの攻撃型へと脱却、質の良い柔道で表彰台に辿り着いた。マイスラゼもこの日序盤戦の主役、初戦のヴェダト・アルバイラク(トルコ)狩りに続き、オトコンバータル・ウーガンバータル(モンゴル)、サミ・シュシ(ベルギー)と予選ラウンドだけでメダル級の強豪を3人撃破。台頭中の後輩19歳のタト・グリガラシヴィリ(※今大会不出場)に対し、実績でひとまず蓋をすることとなった。
入賞者、決勝ラウンドと日本代表選手全試合の戦評は下記。
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入賞者
【入賞者】
(エントリー82名)
1.MUKI, Sagi (ISR)
2.CASSE, Matthias (BEL)
3.VALOIS-FORTIER, Antoine (CAN)
3.MAISURADZE, Luka (GEO)
5.ABDELAAL, Mohamed (EGY)
5.MOLLAEI, Saeid (IRI)
7.RESSEL, Dominic (GER)
7.BOLTABOEV, Sharofiddin (UZB)
【成績上位者】
優 勝:サギ・ムキ(イスラエル)
準優勝:マティアス・カッス(ベルギー)
第三位:アントワーヌ・ヴァロア=フォルティエ(カナダ)、ルカ・マイスラゼ(ジョージア)
決勝ラウンド戦評
【3位決定戦】
アントワーヌ・ヴァロア=フォルティエ(カナダ)○優勢[技有・体落]△モハメド・アブデラル(エジプト)
ヴァロア=フォルティエが右、アブデラルが左組みのケンカ四つ。間合いを詰めての密着勝負を狙うアブデラルを、ヴァロア=フォルティエがリーチの長さを生かして封じ続ける。1分31秒、ヴァロア=フォルティエは釣り手で相手の背中深くを得、左小内刈の牽制で相手を下がらせる。次いで一瞬足を振り上げて内股のフェイントを入れると、釣り手を吊り上げながら右体落で踏み込む。一瞬内股に備えさせられたアブデラル、それでも早い反応で相手の作用足を踏み越えて逃れようとするがこれが間に合わず、勢いよく転がり落ちて「技有」。リードを得たヴァロア=フォルティエはリーチの差を最大限に使って相手を間合いに入れず、残り30秒を切ってから偽装攻撃で「指導2」を失うも、最後までポイントを守り切る。ヴァロア=フォルティエ、3つ目となる世界大会の銅メダル獲得。7月のワールドツアー2連戦で見せた強さ、伸びやかな体落と内股の連携は今大会も健在であった
【3位決定戦】
ルカ・マイスラゼ(ジョージア)○合技[隅落・隅落](3:14)△サイード・モラエイ(イラン)
マイスラゼが右、モラエイが左組みのケンカ四つ。ともに得意は接近戦、試合が始まるなりモラエイが脇を差し、マイスラゼが背中を抱く形で組み合う。モラエイこの形から抱え上げての裏投を狙うも不発。ここからは組み手争いとなり、1分5秒両者に取り組まない咎による「指導」。この後は2分すぎまでモラエイ優位の時間帯、強烈な右腰車で相手を頭から畳に叩きつけるなど攻勢を続け、2分14秒にはマイスラゼに消極的の「指導2」。このまま一気にモラエイが押し切るかと思われたが、直後の2分31秒、再び裏投を狙ったモラエイが場外際で自爆。マイスラゼ巧みに被さり返して隅落「技有」を奪う。どうやらモラエイここで完全に集中力が切れてしまった様子。一瞬何かを考えるように立ち止まって顔を拭うと、力なく相手に組みつき、右引き手で脇を差しての支釣込足を仕掛ける。相手の前進を捉えて抱き込んだ腕を前隅に引き落とし、出て来た相手の足元を押さえる。しっかりした理合の技であったが極端に力感に欠け、マイスラゼが首を抱くように押し込むと背中から畳に崩れ落ちて、3分13秒隅落「技有」。21歳の新鋭マイスラゼが合技「一本」で昨年の世界王者モラエイを撃破。銅メダルを獲得した。
【決勝】
サギ・ムキ(イスラエル)○合技[浮落・背負投](2:39)△マティアス・カッス(ベルギー)
右相四つ。ムキはここまでの試合で取りまくった袖口確保からの片襟背負投という組み立ての様子なく、奥襟を持って前進圧力。カッスも得意の担ぎ技ではなく巴投で迎え撃ち、1分過ぎにはこのスタイルのまま互いに脇下を抱える近接戦闘。カッスは捨身技に身を躍らせて「待て」。少々意外な形で試合が進む。2分20秒、カッス自分本来のフィールドで戦うべく、大きく相手をあおっての右背負投。さらに続く展開ではコンパクトな回転で右一本背負投に身を踊らせる。しかしスペースと侵入角が噛み合わず半身で止まったこの技には得点の匂いなし、カッス中途であきらめて体を戻すが、その戻しに合わせてムキが右で脇腹を抱えて浮落。体重移動の方向に力を食らったカッスは崩れ落ち、ムキ思い切りよく飛び込んで背中を着かせ2分32秒「技有」。
これでカッス集中が切れた模様。ムキ組み際に片襟の左背負投。独特の早い体の突っ込みにカッス一瞬で左前隅に転がり「技有」。ムキ、初の世界選手権制覇なる。
日本代表選手全試合戦評
【2回戦】
藤原崇太郎△優勢[技有・大内刈]○シャロフィディン・ボルタボエフ(ウズベキスタン)
左相四つ。藤原引き手で相手の袖をしっかり持ち、角度をずらして相手の圧を受けぬまま上手く進退。ボルタボエフ技が出ず、1分0秒には「取り組まない」咎の「指導」。スコアで1つリードした藤原一段ギアを上げ、まず片襟の左小内刈で刈り倒し、次いで横変形の組み合いを受けての肩車に潜り込む。ボルタボエフが前に出始めると圧を受けて技が軽くなり始めた印象だが、3分3秒には相手の奥襟に応じて潜り込むような左大内刈。この際相手と衝突して額を痛めたようだがボルタボエフは反転して腹ばいに落ちており、直後の3分3秒消極的との咎でボルタボエフに「指導2」。反則差は2-0、もう行くしかないボルタボエフだがいきなり背を抱くような大きな行動は起こさず、片袖を両手で引き寄せて背中にアプローチ、次いで背中を抱かん、あるいはクロスに叩かんと丁寧に、しかり着実に寄せ続ける。背中に腕を回された藤原が前に掛け潰れて試合を切って「待て」。少々雲行き怪しい印象。ボルタボエフ、続く展開では腕を張って守る藤原に対して両脇下あたりを持ちただひたすらに寄せ、あるいは引っ張り、ひたひたと詰める。藤原支釣込足を見せるが徒に自分のみが片足になる形となり。崩れぬボルタボエフは静かに接近。持ったまま切らずに寄せ続けるため、藤原は展開を直すきっかけを見いだせない。ボルタボエフ、距離が詰まったとみるや左釣り手で左肩越しに帯を掴む。我慢出来なくなった藤原は右に横移動、背中に食いついて裏投のモーション。しかし待ち構えたボルタボエフが体を開いて左大内刈で迎え撃つと、横移動の足の開きにこれがかち合ってそのまま崩れ落ちてしまう。決定的な「技有」失陥。この時点で残り時間は僅か9秒。逆転することはかなわず、藤原2度目の世界選手権は初戦敗退に終わった。