【東京世界柔道選手権2019特集】向は手堅さと博打の「モード」使い分けが頂点登攀のカギ、王者シェラザディシヴィリは2回戦で苦手のクレルジェとマッチアップ・男子90kg級直前展望
→東京世界柔道選手権2019組み合わせ(公式サイトippon.org内)
エントリーは69名。「概況×有力選手」で示した予想からの、シード選手配置の変更はなし。階級の現状と実力推測マップについては「概況×有力選手」、有力選手の得意技や特徴については「有力選手(選手名鑑)」を参照されたい。
シード予想のとおり、優勝候補の4名は、ニコロス・シェラザディシヴィリ(スペイン)とガク・ドンハン(韓国)がプールA、イワン=フェリペ・シルバ=モラレス(キューバ)とベカ・グヴィニアシヴィリ(ジョージア)がプールDに揃って詰め込まれた。力でいえばやはりシェラザディシヴィリとシルバ=モラレスが抜けており、この2名にそれ以外の選手が挑むというのが、このトーナメントの大枠の構図だ。
ドローの結果日本代表の向翔一郎(ALSOK)はプールDの最下部に配され、4回戦で優勝候補のグヴィニアシヴィリとベスト8入りを賭けて戦う。グヴィニアシヴィリは強豪だが、それほど上背のあるタイプではなく、向の左背負投が効きやすい相手。事実、昨年2月のグランドスラム・パリでは向が左背負投「一本」で勝利している。幸いにしてこの試合までは有力選手との対戦はなく、向は十分体力を残してこの試合に臨めるはずだ。準々決勝の相手は昨年大会2位のシルバ=モラレスとなる可能性が高く、ここが決勝前最大の山場。7月のグランプリ・ブダペストではGS延長戦の末に左小外掛「技有」で勝利しているが、決して楽には勝たせてくれないはず。強敵、そしてあくまで格上と規定して挑む気持ちで臨みたい。
「有力選手紹介」でも触れたとおり、向の強さの本質は柔道やフィジカルではなく(もちろんどちらも素晴らしいが)、勝負という行為自体への性格的適性にある。しかしその勝負度胸のよさが裏目に出て自爆に近い形で敗れることも多く、今回もテーマはいつもと変わらず「緩急」だ。「概況×有力選手」でも書かせていただいたが、これまでを観察する限り、向は確実性重視の一種「つまらない」試合を志向したときの方が実は成績を残す傾向にある。ここぞの勝負、例えばシェラザディシヴィリら階級のトップ層とメダルを賭けて戦う場面や、相手にポイントをリードされて追う状況ではその博才を存分に生かすべく一か八かの勝負を仕掛けるべきだが、きょうのポイントはこういう切所以外の状況でいかに自らにブレーキを掛け、無駄なリスクを減らすことが出来るか。少なくともグヴィニアシヴィリと当たる4回戦まではこのモードは不要。まずは初戦(2回戦)の戦いぶりに注目だ。ここぞで肚を括った勝負が出来ることは当然の前提として、なによりのキーワードは自制、セルフコントロールである。
有力選手の配置、各プールのひとこと展望は下記。
【プールA】
第1シード:ニコロス・シェラザディシヴィリ(スペイン)
第8シード:ガク・ドンハン(韓国)
有力選手:アクセル・クレルジェ(フランス)、コルトン・ブラウン(アメリカ)、イスラム・ボズバエフ(カザフスタン)、エドゥアルド・トリッペル(ドイツ)、ノエル・ファンテンド(オランダ)
第1シード扱いを受けながらニコロス・シェラザディシヴィリ(スペイン)の配置はなかなか厳しいものとなっており、2回戦で昨年銅メダリストのアクセル・クレルジェ(フランス)、続く4回戦では階級屈指の担ぎ技の使い手イスラム・ボズバエフ(カザフスタン)の挑戦を受ける。いずれも現在の力ならばシェラザディシヴィリが勝利すると予想する。ただしシェラザディシヴィリ、実は巴投からの寝技を得意パターンとするクレルジェを苦手としており、過去に0勝3敗と1度も勝利したことがない。3回戦の段階でシェラザディシヴィリが敗れる可能性もあり、これは確実にチェックしたい序盤戦の注目カードだ。ここの勝者がシェラザディシヴィリだった場合にはそのままベスト8進出者、反対にクレルジェだった場合にはボズバエフがベスト8に勝ちあがると予想する。
一方、下側の山からはガク・ドンハン(韓国)の勝ち上がりが濃厚。この山ではエドゥアルド・トリッペル(ドイツ)とノエル・ファンテンド(オランダ)がガクへの挑戦権を賭けて2回戦でいきなり潰し合うこととなっており、この勝者とガクが4回戦で対戦する。面子からすると勿体ないが、どちらが勝ち上がってきてもガクの勝利と予想したい。
ベスト4への進出者は、上側の山の勝者がシェラザディシヴィリならばこの選手がそのまま、ボズバエフならばガクが勝ち上がると予想する。
【プールB】
第4シード:ママダリ・メディエフ(アゼルバイジャン)
第5シード:ネマニャ・マイドフ(セルビア)
有力選手:ミカイル・オゼルレル(トルコ)、ヤホル・ヴァラパエウ(ベラルーシ)、マテオ・マルコンチーニ(イタリア)、リ・コツマン(イスラエル)
上側の山のシード選手はママダリ・メディエフ(アゼルバイジャン)だが、この選手と4回戦で対戦する位置に2017年ブダペスト世界選手権2位で、今年のヨーロッパ選手権王者でもあるミカイル・オゼルレル(トルコ)が置かれた。両者の戦績はオゼルレルの2勝0敗、よってこちらがベスト8に勝ち上がると予想する。下側の山からはネマニャ・マイドフ(セルビア)が勝ち上がってくると思われるが、これはブダペスト世界選手権決勝カードの再現。その際はマイドフが押されながらもGS指導2(当時はGSでは指導差で決着のルール)している。今年のグランプリ・マラケシュでもマイドフが勝利しており、両者の戦績はマイドフの2勝1敗。ここは直近の2度の対戦で勝利しているマイドフの勝ち上がりと予想したい。
【プールC】
第2シード:クリスティアン・トート(ハンガリー)
第7シード:アレクサンダー・クコル(セルビア)
有力選手:ザッカリー・バート(カナダ)、ガンツルガ・アルタンバガナ(モンゴル)、ニコラス・ムンガイ(イタリア)、ヤキョー・イマモフ(ウズベキスタン)、マーカス・ナイマン(スウェーデン)、シリル・グロスクラウス(スイス)、ダヴィド・クラメルト(チェコ)
有力選手が多数配されているものの、勝ち上がりの中心はあくまでクリスティアン・トート(ハンガリー)とアレクサンダー・クコル(セルビア)の2名に絞られると予想する。クコルの側にはヤキョー・イマモフ(ウズベキスタン)、マーカス・ナイマン(スウェーデン)、ダヴィド・クラメルト(チェコ)といった実力者が置かれているが、いずれもクコルがそもそもの地力で勝っており敗れることはないはずだ。そしてこのトートとクコルの相性だが、過去トートが5勝2敗と勝ち越している。この成績だけを考えるとトートが優位に思えるが、両者の対戦は2016年が最後であり、クコルが上位に定着した2017年以降は1度も戦っていない。今回もトート有利と予想するが、接戦となることまでは間違いないだろう。
【プールD】
第3シード:イワン=フェリペ・シルバ=モラレス(キューバ)
第6シード:ベカ・グヴィニアシヴィリ(ジョージア)
有力選手:コムロンショフ・ウストピリヨン(タジキスタン)、マックス・スチュワート(イギリス)、ラファエル・マセド(ブラジル)、イェスパー・シュミンク(オランダ)、クエジョウ・ナーバリ(ウクライナ)
日本代表選手:向翔一郎(ALSOK)
上側の山はイワン=フェリペ・シルバ=モラレス(キューバ)が絶対の勝ち上がり候補。4回戦でコムロンショフ・ウストピリヨン(タジキスタン)とラファエル・マセド(ブラジル)の挑戦を受けるが、問題なく退けるはずだ。一方、下側の山では本文で述べたとおりベカ・グヴィニアシヴィリ(ジョージア)と向翔一郎(ALSOK)がベスト8を賭けて4回戦で激突することになる。グヴィニアシヴィリは初戦(2回戦)でイェスパー・シュミンク(オランダ)とクエジョウ・ナーバリ(ウクライナ)の勝者の挑戦を受ける組み合わせとなっており、ここが最初の山場。ここでその調子がどの程度なのかを見極めたい。向対グヴィニアシヴィリについては本文で触れているため割愛させていただく。ベスト4進出者の予想は実力からはシルバ=モラレスを推さざるを得ないが、前述のとおり向には「勝負」の強さがあり、これまでに何度も実力差を覆しての勝利を収めている。今回もその特性が発揮されれば勝ち上がりの可能性は十分。手堅さはもちろん、ここ一番での腹を括った勝負力、向の「博才」に期待したい。