eJudo版・平成31年全日本柔道選手権予想座談会「『平成最後の全日本』を語りつくす」

三回戦

原沢に対し、攻撃型・中村の柔道が「噛み合ってしまう」可能性高し

古田 それでは三回戦行きたいと思います。原沢久喜選手と、絶好調の中村剛教選手。

朝飛 楽しみではありますね。

西森 ほかの山と比較するとですが、原沢選手にとって、今年はあまり消耗せずに勝ち上がることが可能な組み合わせなんですね。

 体重が90キロ、100キロあれば原沢選手も体力を使うと思うのですが、81kgの選手であれば、そこまで体力を消耗せずにいけるのではないかと思います。

朝飛 ・・・先ほどお聞きしたところだと、中村選手、近畿予選の勝ち上がりを見たら、投げて勝っていますよね。田中選手と古田選手を投げているということは、組んでいるはずなんですよ

古田 なるほど!

朝飛 ですから原沢選手はやりやすいと思います。一種、「当たり合う」ような戦い方をしてくるのではないかと思うんですね。

西森 組んだら体の大きい原沢選手のほうが有利でしょうけど、中村選手には会場を1回でも2回でも沸かせるようなものを見せてほしいですね。

古田 そうですね。今の中村選手であれば、十分その可能性があるかと思います。

座談会初の「多数決」、飯田健太郎-太田彪雅戦は予測困難!

飯田健太郎は2回目の全日本柔道選手権出場

飯田健太郎は2回目の全日本柔道選手権出場

古田 飯田健太郎選手と、太田彪雅選手が戦います!

朝飛 これは面白い。

古田 右相四つですね。

西森 意外とこれまで戦っていないですかね。飯田選手的には、太田選手がそこまでフィジカルでガシガシ押してくるタイプではないので比較的戦い易いとは思います。お互いにある程度、間合いをとって駆け引きしながら。

朝飛 ・・・これは、わからないですね。

古田 太田選手は作戦を立てるのが上手い。飯田選手に対してどういった方針で臨んでくるのかは、ひとつ大きな見どころです。

朝飛 飯田選手は意外に転ぶときもあるんですよね。この間の東京予選もそうだでしたし、選抜の羽賀龍之介選手との試合もそうですし。

古田 グランドスラム大阪のシャディ・エルナハス戦もそうでした。

朝飛 安定力でいったら太田選手に分がありますかね?技数でいったら飯田選手だと思いますが。

西森 太田選手も去年、山口(貴也)選手に一本負けしているんですよね。

朝飛 あー!そうでした。

 きれいな内股でしたね。

朝飛 ものの見事に決まった一撃でした。あのときの太田選手、ちょっと様子が変でしたよね?

古田 飯田選手と太田選手。太田選手のほうが戦術は上手いですが、飯田選手には状況に応じた技があるとは言えます。出足払があって、担ぎがあって、奇襲の「やぐら投げ」があって。

西森 飯田選手としては内股もそうですけど、相四つだと背負投で勝負という筋書きがひとつありえます。あとは去年、上川選手との一番で見せた小外刈ですよね。

古田 相四つ相手の左の小外刈、左出足払もいいですよね。あの試合で決めた小外刈は右でしたか?

西森 決めは右ですけど、その前の左が効いていた、という形でした。

古田 なるほど。

西森 どうしましょう?

古田 意見が割れそうですね。どちらを推す根拠もそれなりに強い。

 多数決とります?(笑)

古田 では異例ですが、挙手をお願いします。飯田選手の方。太田選手の方。

 割れましたね!

古田 綺麗に票が分かれましたが、この会は便宜上にでも勝者は決めて進めねばなりません。では、仮に、司会の私が挙げた側ということで、飯田選手を推して話を進めたいと思います。どうも太田選手が飯田選手の力を出させないような状況を作り出して、競ったところが、それでも飯田選手がひとつ転がす気がします。

 ちょっと希望的観測も入ってしまうんですよね。

古田 私もです。ちなみに、初めてじゃないですか?多数決で決めたのは。

 面白いですね。

 4人で多数決っていうのもどうかと思いますけどね(笑)

前半戦のハイライトは最年少-最年長対決、加藤博剛vs斉藤立

古田 今大会のハイライトになるのではと予測されます、加藤博剛選手対、斉藤立選手の一番です。今大会最年長選手と、最年少選手の対決。皆さま、いかがでしょう?

西森 ひとつキーワードがあるとすれば寝技でしょうか。関係者の話ですと、斉藤選手の寝技技術はまだそこまで高くないので、この点で差はあるのかなと。ただ、あの体格の選手が腹這いになってぎゅっと耐えたときに、いかに加藤選手といえども簡単に取れるとは思えないんですよね。そう考えると立ち技からの流れですね。巴投、あるいはそれに類する技でどう寝技に持ち込むかという。

林 西山大希選手を絞めて「参った」させたような、立ち技から寝技の流れということですよね。

西森 そうですね。例えば巴投で崩して横についたときに、斉藤選手が守れないのではないかという予想は、ひとつありますね。

 立った状態で斉藤選手がどれだけ出来るか。皆さん加藤選手の巧さを買っておられると思うのですが、かつて、七戸選手が加藤選手を投げたときは、状況云々ではなく、まさに一瞬の技一撃で勝負が決まってしまいました。

古田 平成26年大会三回戦、居合い抜きの内股「一本」ですね。

 加藤選手が行こうとしたときに、そのまますぽーんとひっくり返されて「一本」。浅く入った内股だったんですけど、一瞬のうちに飛んでしまって、手足の長さの差と七戸選手の切れを感じた技でした。出会い頭でも何でも斉藤選手の技が決まれば、そこで試合が終わってしまいます。

古田 出会い頭を作らせるような進退を、これだけの注目ゲームで加藤選手がするかとなると、事前予測としてはなかなか難しいのではないでしょうか。

 まあ、スピードのあった七戸選手だったからできたのかもしれませんが。

古田 七戸選手は、平成23年大会の三回戦でも加藤選手をコンタクトの瞬間の大外刈で吹っ飛ばして「技有」を得ています。

 東京選手権のときの斉藤選手の大外刈の連発は、この「一発入ってしまえば」の観点から、非常に期待を抱かせるものでした。

古田 先ほど西森さんも仰っていましたが、実は釣り手の状況がそんなに良くなくてもいけるんですよね。

朝飛 ・・・私の勝手な意見なんですけど、加藤選手と斉藤選手は先輩、後輩の関係ですよね。加藤選手は、たまに練習に来て斉藤選手の前で稽古をしていると思うんですよ。だから斉藤選手は、加藤選手の入り方が少し見えてきているのではないかと思いますし、巴投で引き込んで来るときに腕を取ってくるのも想定済みだと思います。そうすると、斉藤選手が先に加藤選手の体幹に近いところを持ってしまって、止めてしまうということを考えてくる可能性があるのではないかと思っていて、これはかなり面白いのではないかと、いち柔道ファンとして思います。あとは去年の講道館杯、村尾三四郎選手が加藤選手に勝っていますので、斉藤選手としてもここは負けられないのではないかなと思いますね。いずれにしても大きな勝負どころですね。

古田 斉藤選手は、両襟なりで持って、圧がかかる状態で寄せていって一発、技をかけると。・・・もう少し先ほどの「止めてしまう」のあたりを詳しくお願いします。

朝飛 そうですね。袖を持ってしまうと横に振られながらどちら側かに巴投で入り込まれてしまうなと。だからこういう(襟)、体幹に近いところを持って脇を締めて、と、岩渕先生であればこういうアドバイスをするのではないかなと思います。

古田 なるほど。

 一発決まったときは斉藤選手ですが、決まらなかったときは…

古田 事前予測はどうしてもシナリオ分岐の数を考えねばならないのですが、そういう戦術的な筋書きを考えるとどうしても加藤選手に分が出て来ます。

朝飛 そうなんですよね。もう少しきめ細かさがあれば斉藤選手にも勝ちの目はあると思うんですけど…。東京予選の大外刈は林さん仰る通り本当に説得力のあるものでしたが、相手が皆、比較的きれいな柔道をする相手でしたよね。うーん、難しい。

古田 事前予測としては加藤選手を押すしかないのですが、そう割り切ってしまうにはあまりにも惜しいカードです。

朝飛 加藤選手の力が全盛期に比べて落ちてきているのは確かですよね。講道館杯を見てもそうですし、関東予選もそうですし。

古田 これまで関東を圧勝で3連覇してきたところに黒星が付いたということですからね。

朝飛 はい。それに実際に「あ、入れないんだな…」って思わせるのもあるので、それは…。

古田 ?

朝飛 以前だったら横移動して相手がついてくるところにポンと巴投に入っていたんですが、相手の圧に負けて横に移動できないんだろうなと思う場面が散見されるようになってきました。そういうところを斉藤選手がうまくやれればいいのですが。ただ、思った以上に斉藤選手、優しいんです。がーっと厳しくくるのかなと思うと、大人しかったりもするので。まだ柔道が綺麗で、戦い方が読めますよね。

古田 柔道が綺麗であるがゆえに「大物」と支持されてきたという経緯もあるのですが、いや、これはどうしましょうね(笑)

 斉藤選手が勝てば非常にこの先面白いのですが、まだ加藤選手ですかね。

古田 真摯に予想するのであれば、そうならざるを得ないと思います。

朝飛 まあ加藤選手にしておいて、裏切られることも楽しみだ、という見方をしましょうか。

西森 斉藤選手は、勝っても次も茨の道ですよね。次は影浦選手か垣田選手ですから(笑)

 どっちがきてもやりづらい!このブロックに入った斉藤選手、非常に貧乏くじというか。どうしたって斉藤選手にはみんな期待を持つわけですが、何せ身体が大きいですから。小さい選手を応援する雰囲気というのは、会場でどうしても出て来ますからね。

朝飛 斉藤(仁)先生が全日本選手権に初めて出たときに、遠藤(純男)先生にどーんって抑え込まれたんですよね。三角か何かに行こうとしたときに、くっと…。期待されていたんですが、やっぱり全日本選手権というのは厳しい世界なんだなと思いますね。

垣田恭兵の「罠」の全方位性を買う

古田 さあ、影浦心選手と垣田恭兵選手の戦いです。

朝飛 いやあ、もう、わからないですよ。面白いですね(笑)

西森 影浦選手が意外と自分より小さい選手が苦手なんですよね。それで言うと、垣田選手のほうがいいんじゃないかなと。最近のコンディションンの良さも含めて。

 最近ウルフ選手と話したのですが、彼が一番やりたくない相手として影浦選手を挙げていました。罠をいっぱい仕掛けてくると。

古田 なるほど。

 蜘蛛みたいな選手なんだと。「あ、空いている」と入っていくと、その仕掛けてくる罠にまんまと嵌ってしまう。

古田 かつて原沢選手が内股透を立て続けに食らいましたね。

 そう。あれも罠でしたね。原沢選手はその後内股に行かなくなりましたが、でも今度はそれを見込んで別の罠を仕掛けてくる。そういう頭の良い、クレバーな柔道をしてくると。

古田 でもそれを言ったら、相手は垣田選手ですよ。「罠」を仕掛ける選手ということでは、これはまさしく負けていない。

 (笑)まあ、そういう意味では面白い罠の仕掛け合いというか、素敵なやり取りが見られるんじゃないでしょうか。

古田 垣田選手、そういう駆け引き、「会話」にも応じないような組み立てをしてくる可能性があると思っています。

朝飛 今のお話はその通りで、影浦選手が罠に嵌める相手は、やっぱり自分よりも少し大きい選手なんですよね。影浦選手が自分よりも小さい相手に困っている場面は、結構見かけます。

古田 去年は西山大希選手に負けています。国際大会で強さを見せつけていた時期でしたから、やはり少々驚きました。

西森 さっき朝飛先生が指摘してくださいましたが、垣田選手の凄いところは、自分よりも小さい選手の吉永選手も担いでしまうところ。似たタイプですが、現段階では垣田選手が上かなとも。

古田 ここで垣田選手の勝利を予測するのは、この座談会らしい傾向ですね。垣田選手でよろしいでしょうか?

朝飛・西森 はい。

古田 ほぼ総意ですね。

 私は一応、影浦選手押しにしておこうかな。

古田 あ、わかりました。では、我々が押し切ったということでこの場はご了承ください。

これぞ「力勝負」、王子谷剛志と一色勇輝の大外刈対決に期待

古田 王子谷剛志選手と、一色勇輝選手。力勝負ですね。

西森 王子谷選手のほうが実力的には上なんでしょうが、これぞ全日本という真っ向勝負になるでしょうね。楽しみな一番です。

朝飛 一色選手がこの間の練習で一番言われていたのが、「奥襟を持ってきっちり抑えなさい」ということ。対王子谷選手にぴったり合うアドバイスですよね。

 本当の力勝負ですね。

古田 一色選手は右組みですよね?

朝飛 そうです。相四つのがっぷりになりますね。

古田 先輩の原沢選手が王子谷選手との決勝で演じた、大外刈の投げ合いをどうしても思い起こしてしまいます。

 原沢選手は柔らかいからあの受けが出来ましたけど、一色選手は、

古田 倒すか倒されるか、になるでしょうね。

 腹筋、背筋の強さで競い合うような面白い場面が出てくるのではと、期待します。

西森 面白いと思います。ここまで何試合か癖のある巧者の対決が続くので。このあたりでこれぞ重量対決という、全日本選手権もう1つの魅力を見せつけてくれるような戦いに期待します。

古田 これぞ重量対決、力で力を制する真っ向勝負と。ここは実績から、王子谷選手を押しておくということでよろしいでしょうか?

一同 はい。

インサイドワーカー対決、ウルフアロンの「方針」に注目

古田 ウルフアロン選手と、上田轄麻選手の戦いです。

西森 この2人、案外似たもの対決なんですよね。

古田 ほう!?。

西森 「組み手が手堅い」派です。

古田 なるほど!

朝飛 その通りですね。ただどちらも圧倒的なスタミナがありますね。

古田 ウルフ選手はこういう選手との組み手争いになったときに、我慢できるんですよね。上田選手はちょっと感情を揺らしてしまうところがあるところが見受けられます。

西森 仰る通り、ウルフ選手が我慢強く勝つと思います。

古田 「指導3」で勝ったりしたら、またウルフ選手の評価をかえって一段上げてしまいます。私。

朝飛 そういうところ、非常に頭が良いんですよ。

古田 タイのつば競り合いをやっているはずなのに、一個一個の細かい局面で、ウルフ選手がちょっとずつ、着実に勝っていくんですよね。そして大局的には物凄い差がついていく。結果としての投げの派手さとか、考え抜かれた独特の投げという見えやすいところで評価されがちな選手ですが、ウルフ選手の本質は間違いなくインサイドワーカーですからね。

 ウルフ選手はすごく頭がよくて、非常に研究している。柔道大好きなんですよね。

古田 ここは、ウルフ選手を推して次の試合に進みたいと思います。

大器尾原、小川を相手に自分を高く「値踏める」か

古田 次は、小川雄勢選手対尾原琢仁選手です。

西森 おお、大型対決。

 こちらのブロックは、癖のある選手が揃ったBブロックとは一転、大型の対戦が多いですね。

古田 小川選手は身長191センチで、尾原選手が、

 193センチですね。

古田 尾原選手のほうが大きいのですね!

西森 ひとつ言えるのは、尾原選手が自分のことをどれだけ高く買っているかだと思います。小川選手を自分よりも格上だと認識して「ここで負けてもしょうがないか」と認識するのか、「俺は小川を十分食える。もっと上にあがるぞ」と思っているかでだいぶ違ってくると思います。

朝飛 まさにそうですね。その一言に集約されていると思います。小川選手は学生体重別選手権を連覇していますが、その時にもこの2人が戦って。なぜそこで押し出されてしまうんだ、もったいないな、と思った覚えがあります。

古田 小川選手が連覇した2016年度大会の準決勝で対戦して、「指導2」の優勢で小川選手が勝っていますね。その試合のことかと思われます。

朝飛 尾原選手は、もっと出来る、もっと強くなれるのに、と少々歯痒い思いをした試合でした。

西森 常勝軍団・旭化成の中でそういう強者のメンタリティを植えつけられているとしたら、これは楽しみですよね。

朝飛 そうですね。垣田選手などはまさにそれをテコに勝っていますからね。

 旭化成は宮崎での練習環境が良くなっているんでしょうね。

朝飛 はい。みんな強くなっていますよね

古田 仮に、勝ち上がり的には小川選手ということで大丈夫ですか?小川選手の勝ち上がりを予測も、尾原選手には十分なポテンシャルあり、という見立てを示しておきたいと思います。

巧者対決は佐藤優位、熊代は遠間からの一撃に期待

古田 佐藤和哉選手と、熊代佑輔選手の対戦です。

西森 これは楽しみです。

古田 良い試合が続きますね!

 熊代選手を押したい気持ちがありますが、ここは佐藤選手ですかね。

朝飛 ですよね。佐藤選手は飯田健太郎選手も投げたのですよね。あらためてたいしたものです。

 ただ、熊代選手は左右両方掛けれますから、何かを起こす可能性も相応にあります。

西森 (熊代選手が)勝つとしたらそういう「一発」ですよね。奇襲的な

古田 佐藤選手は足技も利くし、遠間でも近くでも仕掛けられる。そういう大枠の構図は佐藤選手が有利、しかし遠間から袖を掴んで一発入り込むような、佐藤選手の想定を超える「不測の事態」があれば熊代選手にも勝機あり。皆さんの発言をまとめるとこんな感じですが、そうなると、事前予測としては佐藤選手を推しておくということになります。

朝飛西森 大丈夫です。

 いたしかたありません…!

古田 いやいや、私も大好きですよ、熊代選手。

朝飛 僕も大好きですよ!

西森 私もです。

 (笑)

 大好きですけど、この座談会では仕方がありません。では、進めさせて頂きます。

準々決勝

背負投狙う飯田、緻密な組み手で隙作らぬ原沢

古田 四回戦まで来ました。全日本で最も面白いと言われている準々決勝ステージです。

朝飛 うー、楽しみです(笑)。

古田 まずはいきなり原沢久喜選手対、対するは飯田健太郎選手というカードが組まれました。

朝飛 飯田選手は背負投を狙いますかね。大外刈、内股では厳しいでしょうから。ただし、この前の選抜体重別の決勝での原沢選手を見ていると、組み合ってちょっとでも相手が釣り手を何かしてくると、全部一からやり直す。緻密だなと思いました。

 全日本だとその緻密さは存分に生かせるでしょうね。

朝飛 危ない瞬間を決して作らない。

 海外の試合、国際ルールの試合だとどうしても反則を取られる可能性がつきまといますが、日本だとある程度しっかり組むまで見てくれますからね。

古田 原沢選手の力と身体でそこまで緻密に組み手を作られると、相手としては厳しいですよね。

朝飛 そうですね。あと飯田選手が背負投に入る瞬間って、ちょこっと横移動するので。

古田 !わかります!

朝飛 左足と右肩の向きで、これは来るんだなという判断がしやすいと思うんですよね。

西森 この2人だと原沢選手のほうが圧倒的に我慢比べに対する自信があると思うんです。両者とも練習はしていると思うんですけど、精神的な粘り強さということでは、揺るがないですよね、原沢選手では。

古田 乗り越えて来た修羅場の数が違う。

西森 そうですね。それに去年の大会は自信になっていると思うんですね。あれだけGS延長戦を繰り返したあげく、最後はライバルの王子谷選手に勝てたという。それは原沢選手にとって内なる、大きな支えになると思います。まだ飯田選手にはそういう経験がないですよね。

古田 同感です。では、これを根拠として、ここは原沢選手を推させて頂きます。

究極の“曲者対決”、加藤博剛対垣田恭兵はいかなる様相に?

古田 加藤博剛選手垣田恭兵選手。これは…もはや私なぞの言語化能力ではなかなか事前予測がし難いカードです

朝飛 このカードが見られたら最高ですね。

古田 加藤選手は、垣田選手と戦うときに何を主戦武器にしていくのでしょうか。垣田選手は巴投に引っ掛かるような進退はあまりしないと思うのですが。

朝飛 そうですね。でも、それでも巴投でしょうね。

 加藤選手は、色々な種類の巴投を使いますからね。

古田 世界の巴投トレンドの発信源ですよね。特に海外の女子の試合を見ていると、どんどん加藤選手の技術を取り入れているなと感じます。しかし、垣田選手はあまり前のめりにならずに戦うのではないかと。巴投は仕掛けにくいのでは。

西森 体型的にも巴投は食らい辛いですよね。重心低いですからね。

古田 対戦相手が巴投に来たらこうやって(胸を張るような感じのポーズを取りながら)、顎をちょっと上げて立っている垣田選手の姿が目に浮かびます。

 肩車かな…

西森 長引くと垣田選手のほうが良くなりそうですけどね。例えば加藤選手の巴投が引き込みを取られるとか。垣田選手の勝ち上がりもあるかなと。

林 そうですね。体力的に見ても、長引けば疲労度は加藤選手のほうがありそうですね。前の試合で斉藤選手と戦っているわけですし。

古田 疲れたときに、垣田選手の方から、膝を固定するような背負投崩れの足車や、後隅への大外落とか、そういう有無を言わせず転ばすような技が出るような気がします。

朝飛 私は垣田選手が投げると思いますよ。

古田 !!

西森 関東大会で加藤選手が佐藤正大選手の背負投に引っ掛かっているところも気になりますね。最後、我慢が利かなくなるような気がするんですよね。斉藤選手には絶対に負けたくないとは思うだろうけど、垣田選手には、ホッとするというか、山場の後の試合というエアポケットが来る可能性もありそうです。

古田 それでは垣田選手に分があるということで。非常にこの座談会っぽい予想が出つつあります。垣田恭兵選手がベスト4入りです。

平成29年全日本柔道選手権大会決勝、王子谷剛志対ウルフアロン。
平成29年大会決勝、王子谷剛志対ウルフアロン。

あの決勝から2年、この間の“上積み”が勝敗を分ける

古田 それでは王子谷剛志選手と、ウルフアロン選手の戦いです。

朝飛 これは、面白い!

 早くもこんな豪華カードが。・・・ここはウルフ選手有利の気がします。

西森 ウルフ選手は王子谷選手に対しても、何か秘策を呑んできますかね?

朝飛 前の決勝のときも、最後は技数で勝負が決まったんですよね。しかも王子谷選手が、ちょっと雑な組み手のなかでも手数を稼いだ感じでしたので、

西森 それほど差がない、と。

朝飛 そうなんです。それに今はウルフ選手のほうが体力があるでしょうから、場外で「待て」を掛けさせないで、ウルフ選手のほうが常に中にいる気がするんですよね。

古田 なるほど。

朝飛 前まではウルフ選手が圧力に負けて外に掛けて、「待て」の前に技を掛けたのは王子谷選手のほうになってしまった感じで、印象上リード、最後は場外際の片手内股みたいな技も掛けて手数で上回ったのではないかと思いますが、今回はウルフ選手が中で勝負する気がするんですね。ただ、王子谷選手は大内刈を返すという勝負の手立てがありますね。王子谷選手のほうが、こっち側をこう(釣り手をぐっと引き込むような動作をしながら)挟んでくると思うんですよ。そこにウルフ選手が左大内刈に入ってきて、王子谷選手はその瞬間の右小外刈を狙っているのではと。

西森 去年、王子谷選手が小川雄勢選手を出足払で投げた場面がありました。あれは一発の威力がありましたからね。この武器を懐に呑んでくる可能性はありますね。

 ウルフ選手は前半勝負というか、早い勝負を狙ってくるのではないでしょうか。

西森 うーん、どうでしょう、そこは。

 圧力で上からぐっと押さえ込まれていると、消耗が激しくなりますから、早い勝負を狙っていくような気がします。ウルフ選手は勝つ気ですから。。

古田 次を考えると、ここで王子谷の圧を受け過ぎて消耗するわけにはいかないと?

 次は小川雄勢選手との試合ですから、再び消耗戦になる可能性がある。後ろのブロックは決勝までのペースが早くなりますから、なるべく時間を使いたくないというところはあると思います。彼は先のことも見据えた戦いをすると思うので。

西森 ただ、王子谷選手もそんなに軽い相手じゃないですよ。先のことを見据えて、と考えるとそもそも上がれない可能性があります。

古田 王子谷選手はケンカ四つの相手に対して、効く技の種類が限定されます。このあたりはいかがですか?

平成30年全日本柔道選手権準決勝。王子谷剛志が小川雄勢から出足払「技有」

昨年度大会準決勝、王子谷剛志が小川雄勢から出足払「技有」

西森 そこは、まさに朝飛先生が言われていた大内返だと思います。去年の小川選手戦もそこまでの対戦成績は不利で、ケンカ四つ相手は厳しいという観測の中、出足払で取り切ったわけです。ウルフ選手が王子谷選手に対して攻めるのであれば、やはり左大内刈を起点にするしかない。そうすると、そこに一発罠を仕掛ける可能性はそれなりに高いと思います。

朝飛 でもウルフ選手は左手が非常に良く動く。だから王子谷選手がこっち(釣り手)まで完璧に抑えるっていうのはちょっと難しいかなと。待ちすぎると先に掛けられて「指導」が溜まっていってしまうと思います。

古田 出し投げ的に前隅に回し崩す、ウルフ選手の内股は効かないですかね?

朝飛 多分、密着しての技はあまり使わないのではないでしょうか。

西森 王子谷選手も極めて投げられにくい選手ですからね。

古田 今、自分で言いながら、ウルフ選手が先に掛ける展開で逆に消耗していく可能性もありえるかなと思いました。

西森 王子谷選手、国内では投げられている印象がありませんからね。

 逆に考えればウルフ選手は投げずに勝とうとしているかもしれませんよね。

西森 僕も、勝ち上がり自体はウルフ選手だと思っていますが…

古田 私もそうなんですが、どう勝つかというディテールとなると。

西森 「指導」差だと思いますね。やはり投げるのは難しいとは思います。

 先に仕掛けてという感じでしょうかね。

古田 それではウルフ選手の先手攻撃と、状況で追い込んでいくという見立てを以て。

西森 2年前の決勝よりもウルフ選手のほうが強くなっているということも織り込むべきでしょう。

古田 確かに。2年前にほぼタイで、以後2年間の上積みを比べるという観点からすれば、ウルフ選手を推すべきでしょうね。

佐藤の勢いと巧さを買う

古田 小川雄勢選手対、佐藤和哉選手の一番です。

 これも面白い試合ですね。

西森 また何回も戦っていますしね。

林 やっぱり佐藤選手が大学時代と大きく変わっていますからね。

古田 確実に強くなっています。

 今の両者の勢いを考えると、軍配は佐藤選手でしょうか。

朝飛 その、勢い、という点から考えると、確かに小川選手はこのところ勝ってないですね。選抜の前は、ロシアの選手に投げられましたね。

古田 バシャエフに小外掛「一本」で敗れ、その前はデューレンバヤルに掛け逃げの「指導」、その前はこれもロシアのタソエフに谷落「技有」。

朝飛 グランドスラム大阪も取られましたものね。

古田 ルーカス・クルパレクに隅返「一本」で敗れています。世界選手権以降あまりはかばかしくありません。選抜体重別で太田選手に投げられたときには頭を下げられていましたが、ああいいう頭の下げられ方をする選手ではなかった。ああやって頭が下がるようだと、佐藤選手の技も効きそうな気がします

朝飛 佐藤選手は足を上げないで、相手の頭がぐーっと下がって来て、自分が倒れないような状態を作ってからトンっと入る。頭良いですよね。私は佐藤選手を推します。

古田 私も佐藤選手です。

 佐藤選手は、高校生以来の出場なんですね。

朝飛 あ、大学時代出てなかったんですね?言われてみれば。

西森 「東京の壁」ですね。

古田 東京予選のとき、自らその語彙で語っていました。長年の雌伏という思いの強さもありますし、今回は相当やるのではないかと思います。では佐藤選手を押して、これでベスト4が出揃いました。

準決勝

原沢の「我慢」に高評価、注目は引き手の持ちどころ

古田 準決勝第1試合、我々の予想カードは原沢久喜選手対、垣田恭兵選手

 前回の対戦は平成25年大会ですかね。

古田 もうそんなになりますか。

 はい。この大会の準決勝ですね。

朝飛 最後内股で投げたときですね。最後、ぐーっと粘って頭を下げさせて。

西森 去年と原沢選手が違うのは、第1シードで、ここまでスタミナが温存出来ているであろうこと。春の一連の試合を見る限り、今の原沢選手であれば、組めば、そんなに垣田選手に食い下がらせずにしっかり勝つ気がします。

 原沢選手は色々な経験をしたことによって精神的にも強くなっているし。スタミナもあり、柔らかさもあり、選手として非常に良い状態にあると思います。百五銀行という所属も出来て、思い切って戦える環境があります。ここは力を出せるのではないかと思います。

朝飛 ・・・原沢選手が引き手ではないところで勝負すると思うんですよね。以前内股を透かさていたときには引き手をちゃんと(袖、あるいは袖に近いところを)持っていたんですけど、最近の試合をみると襟の高い位置とか脇の深い位置、透かす肩のラインが回らないようなところを持って勝負しています。ここからステップを切って大外刈を入れながら、払腰、体落を軸に試合を進める。これは強いです。割合安全に、手堅く勝つのではないかと思います。

古田 垣田選手はどのように戦うのでしょうか?袖を折り込んで横についたり、後を取ったりするような?

西森 古田さんの今のお話は一昨年大会の小川選手との試合をイメージしていると思うのですが、小川選手と違ってなかなかそこには入らせないのではと思います。

朝飛 「背負い小内」は仕掛けると思いますよ。わざとこう顔を振って、背負投と小内刈を組み合わせて。ただ、なにせ原沢選手が我慢強いですからね。この前の選抜をみて、佐藤選手とだったらがっぷりの相四つだからもう少し仕掛けていくのかなと思ったら、危ないところは絶対に我慢するんですよね。垣田選手が仕掛けられるような形を作らせないかもしれません。

古田 組み手をやりすぎると垣田選手が「罠」を張れそうな気がしますが、先ほど仰った、体幹に近いところを持って大外刈を入れながらという展開だと、ちょっと垣田選手の勝ち上がりを予想するのは難しいですね。ここは原沢選手を推します。

「修羅場の数」根拠にウルフ優位を予想

古田 第2試合のカード予測は、ウルフアロン選手佐藤和哉選手

朝飛 これも面白い!

古田 ケンカ四つですね。

林 同い年?。

古田 高校選手権でもインターハイでも対戦しています。同学年です。

林 ちなみにそのときは佐藤選手の勝ちですか?

古田 最終学年の対戦では、3月の高校選手権で佐藤選手が大内返で勝って、8月のインターハイではウルフ選手がちょっと組み立てを変えた大内刈で投げて、リベンジしています。

朝飛 あのときの佐藤選手の出足払は印象的でした。

古田 足技は相変わらず切れますが、ここのところは大技一発の上積みも素晴らしいですね。

朝飛 このウルフ選手の左手対、佐藤選手の足払い。これは面白い。

古田 足払い対、ウルフ選手の「左手」というのがいいですね(笑)

朝飛 いや、上手いと思いません!? 

西森 甲乙つけ難いですが、4年間の修羅場のくぐってきた数からウルフ選手を押します。

朝飛 私もそう思います。

西森 佐藤選手にとってはここからは未知の世界ですが、ウルフ選手は決勝まで進んだ経験がありますから。先を見据えた差というのも出てくると思います。

朝飛 同じように計算も出来て、考えながら戦える選手ですが、世界選手権を勝った選手の経験は大きい。ちょっとした場内外の駆け引きとかもかなりわかっていると思います。

古田 すごく説得力のある話だと思います。では、この4年間で潜り抜けた修羅場の数という観点から、ウルフ選手に利ありと。

 減量がないというのも大きいと思いますよ。普段は8キロ落としているそうですから、無差別のこの大会は良いパフォーマンスが期待できるのではないでしょうか。

古田 では、意見が揃ったようですので、ここはウルフ選手を推します。

平成30年全日本柔道選手権決勝、原沢久喜が王子谷剛志を大外刈で攻める
昨年度大会決勝、体力の限界を超えた原沢だが突如一段回復、憑かれたように右大外刈の刀をふるい続ける。

決勝

「原沢の大外刈」対「ウルフの左手」極限状況で何が起こるのか?

古田 さあ決勝です。当座談会の予想は、原沢久喜選手対、ウルフアロン選手

 良い試合になりそうな気がします。

西森 実は数年前、ある指導者が「リネールと一番やらせたい選手はウルフなんだ」という話をしていまして。馬力もあるし、離れてもくっついても戦えますし、戦術面でもクレバーですし。原沢選手と戦う際に、そのウルフ選手がどういう風に、原沢選手にプレッシャーを掛けようとするかは非常に興味がありますね。

朝飛 良い勝負になるでしょうね。原沢選手の対左に対しての内股への入り方。うまくなっていますよね。警戒した上で、しっかり入っていく。昔のただ思い切り内股で跳ね上げる入り方ではなく、相手の様子、動きを必ず見てから入っていますよね。

古田 影浦選手と戦って得た、教訓ですね。

朝飛 それですね。絶対に頭をこう(顔を振る)やるんですよね。それで相手の切り方を見て、察知して、それに応じた方法で仕掛けるんです。

古田 ウルフ選手は無差別で大型のケンカ四つと戦うときはどうでしょう?同階級のケンカ四つでは、出し投げ風に崩したり、横抱きに接近したり、奥襟を持ってぶらさがったり、引き出しはかなり豊富な印象です。

 本人は、上から圧力をかけられるのは間違いない。それを受けないためにも先に技を仕掛けていく、とまでは言っていますね。

朝飛 2人とも、我慢できる選手ですよね。うまくいかない時間を、実はうまく使うことが出来る選手です。

古田 それは1つ、大きなポイントですね。

朝飛 ただ、ウルフ選手がこの前、羽賀龍之介選手に投げられた場面とか、世界選手権で小外掛で投げられた場面、続いて敗者復活戦で投げられたシーンをみると、負傷から復帰して以降、ウルフ選手らしさはだいぶ戻ってきてはいるけど、まだ完璧ではないのかなと。

古田 グランドスラム・パリでヴァーラム・リパルテリアニ選手に巻き込まれたときは驚きましたね。やり口を熟知している相手に、あのクレバーなウルフ選手が投げられてしまう。選抜体重別の羽賀選手戦に対しても同じことが言えます。

西森 減量幅が大きいと、自分が思っているより受けが弱くなっていることがありますよね。ウルフ選手の「意外と投げられてしまう」ここ数回の現象は、減量によるイメージのズレもあるのかもしれないですね。だから今回、減量なしで挑んでくるのはちょっと面白いかもしれません。

古田 林さんは二人の選手にいずれも話を聞かれています。どう思いますか?

 うーん…両者、精神的にも肉体的にも良い調整が出来ているというのは感じました。で、ウルフ選手は新しい時代を築いてやろうという思いが凄く強いですね。もともと、井上康生さん、鈴木桂治さん、穴井隆将さんと100kg級の選手が全日本を取っていた時代が続いて、その後はずっと超級選手がタイトルを取っている。だからもう一度100kg級が取ってやる、と言っていました。「俺が、それをやる」と。

西森 最初のところで言い忘れたのですが、井上康生さんが篠原信一さんに勝って、それ以降は9年間100kg級の選手が勝ち続けたんですね。井上康生さんが3連覇、そのあと鈴木桂治さんが2連覇、以降は石井慧さん、鈴木さん、石井さん、穴井隆将さんと続きましたから、そういう意味であの井上さんの勝利は、一時代ができるきっかけだったんですよね。ウルフ選手はこのきっかけとなりたいと言っているわけですね。

 そのあとは、最重量級の強化によって超級時代がやってきましたね。

古田 そうか、全日本チームの最重量級再建策と全日本柔道選手権の勢力図は、歴史的に、足並みが揃っているわけですね。

林 まあ超級は超級で、数年前の超級が凄く良い時代に比べると若干落ちて来てはいます。以前は3、4人、誰が優勝してもおかしくないという状況が続いていましたから。七戸選手に上川選手がいて、西潟健太選手がいて、原沢選手、王子谷選手がいて。

古田 巨人の時代ですね(笑)

 そうそう。本当に重量級の良さを見せてくれていた時代がありました。

古田 「ロンドン以降」は確かに全日本柔道選手権史においても、大型選手がその魅力を見せた時代と総括されるかもしれないですね。

西森 平成26年大会の、上川選手と西潟選手の準決勝なんてすごく良かった。残り数秒で出足払どーん、と。西潟選手が水平に飛びました(笑)

林 あれは痺れましたね。

古田 内股を仕掛けて引き手が切れて自分の体勢も崩れたけれど、そのまま立ち上がるなり片手のまま走って追い掛けて斬り落とした。これも平成思い出の「一本」に入りますよね。

西森 上川選手があそこまで執念を燃やしたっていうことと、それでも決勝で負けてしまうというドラマがまた、痺れました。

古田 この決勝、朝飛先生はいかがですか?

朝飛 去年の準決勝、原沢選手を見ていると、これはもう厳しいなと思っていたのですが、最後の試合になるもう一段上がる。精神的なタフさが凄いんですよね。ウルフ選手も精神的なタフさが十分あると思うんですが、最後の試合になると原沢選手が内股じゃなくて、引っ掛けにいくと思うんですよ。

古田 「引っ掛けにいく」とは?大外刈ですか?

朝飛 はい。日大特有の、胸をしっかり着けて仕掛ける大外刈です。大外刈は常に返されるリスクがある技ですが、原沢選手は、競り合う場面、スタミナを消耗し切っているはずの場面でも、この胸をしっかり着けて掛ける大外刈が出てくるんですね。

古田 なるほど!

朝飛 去年、王子谷選手と戦った決勝が、まさにそういう試合になりましたよね。本当に格好いい。そういうところの強さはあると思うんですよね。そして、ウルフ選手の左手。

一同 (笑)

朝飛 何度も言いますが、ウルフ選手の左手の上手さが原沢選手のこの引っ掛ける攻めを上回るかどうか。原沢選手にとっては、もっとも消耗した時に出てくるこれが、実はこれが一番自信のある攻め方だと思うんですね。

古田 いずれにしても、死力を尽くす試合になることは間違いないですね。

 去年、原沢選手もそうでしたが、王子谷選手も完璧な脱水症状でした。原沢選手は準決勝が終わった後、決勝まで一回も座らなかったんですよね。座ったら「力が全部抜けちゃうような気がした」と。だから座らずにずっと仁王立ち状態で決勝に臨んだ。

西森 去年この「予想座談会」だけではなくて、振り返りの反省座談会をしたいなと思ったのは、このあたりの話をしたかったからなんですよね。途中で「待て」が掛かった後に、王子谷選手が場外で投げたんですよ。あのあと、原沢選手は急に超回復というか、体力が戻ったと言うんですよね。そのあと確かに攻勢に出て「指導」を取るんです。

古田 「仁王立ちじゃないと力が抜ける」ことも、「投げられたあとの回復」もスポーツコンディショニングの範疇ではなかなか説明しがたい。

 王子谷選手も、脱水症状で力が出ないはずなのに、それでも大外刈を掛け続けていました。明らかに「一本」取りに行っているので一回一回の消耗も凄い。受けながら原沢選手は力が落ちてきたな、と感じたそうです。あの状況の中、そのくらい冷静でもあったんですよね。

古田 実力的には甲乙つけ難いですし、何度も言って来たとおり、勝敗を予想するのがこの座談会の目的ではまったくありませんが、誰も見たことがない、奥深いところを見たという経験を買って…。ここは原沢選手を推しておきましょうか。その上で、どうなるかを見届けようということで。

 ちなみに原沢選手は、王子谷選手とやるより、ウルフ選手と戦うほうが面白い試合になるでしょうね、と。

朝飛 え!…そう言ったんですか?

古田 あの凄まじい決勝を越える面白い試合ってありえるのでしょうか?

 手の内を知り尽くしている2人がやるよりも、面白いという意味もあるとは思いますけどね。

朝飛 いや、色々な経験がそれを言わせているんでしょうね。いいですね。興味深いですね。

平成最後の「全日本」に掛ける期待

平成30年度全日本柔道選手権、閉会式。
昨年度大会閉会式。稀に見る素晴らしい「全日本」だった。

古田 というわけで、決勝まで掛け足で追いかけて頂きました。皆さまがたそれぞれから、大会への期待の言葉をいただいて終わりにしたいと思います。西森さんからお願いします。

西森 全日本選手権らしい大会を見たいですね。あの舞台に対するそれぞれの選手のリスペクトといいますか。出て、あの畳に上がるっていうことが最初の目標である選手もいれば、なんとか一勝をあげる、優勝する、とそれぞれの思いは違えど、ただひとつ、あの大舞台で恥ずかしくない試合をしたいというのは全員共通だと思うんですね。それを一試合、一試合、見ている人にも感じてほしいですね。

 平成最後の全日本ということで、歴史に残る試合になると思います。書籍「激闘の轍」は平成20年大会までの収録。今年もおそらく、この書籍に載っているような、「語り尽くす」に足る、素晴らしい大会になるのではないかと思います。今大会が、今まで見た中で一番良い試合だったと言えるくらいの良い大会になって欲しいなと思います。そしていつか作られるであろう、次の「激闘の轍」にそのストーリーを書かせてもらいたいですね。

朝飛 全日本に出られるということは柔道家にとっては憧れです。そして全日本には皆に憧れられるスター選手がたくさん出てきます。スター選手は、ファンの期待通りに勝ってくれる存在。そして、私達の期待の上を行く試合をしてくれるのが「スーパースター」です。私たちの期待を上回ってくれるようなスーパースターの試合を見られるといいなと思います。

古田 ありがとうございます。去年の大会がまさに、この座談会の予想を超える、本当に素晴らしい大会でした。今年も平成最後にふさわしい、朝飛先生がおっしゃられたような、我々の期待を超えるような、良い意味で裏切るような、素晴らしい大会に期待したいと思います。本日はありがとうございました。

朝飛西森 ありがとうございました。

 

※この座談会は4月17日に行われました

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